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井上陽水「氷の世界」、歌詞の意味に隠されたコドクなセカイ

「夢の中へ」、「氷の世界」など独自の世界観を持ち、叙情的な歌詞が特徴的な作品でヒット曲を量産するシンガーソングライター井上陽水。今回は難解な井上陽水ワールドの最高峰と言える「氷の世界」の歌詞を解釈する。
TOP画像引用元 (Amazon)


■井上陽水 - 氷の世界(ライブ) NHKホール 2014/5/22


この「氷の世界」は、もちろん作詞:井上陽水、作曲:井上陽水の楽曲だ。

そして、本人さえも「なぜ(そんな歌詞・フレーズを)書いたか分からない」と語ったことがある。

紐解いてみるとそこには、リリースから半世紀近く経った現在にも通ずる…むしろこんな時代だからこそ理解できてしまう、ひとりの男の孤独が隠されていた。

井上陽水とは?

福岡県出身の71歳、現役シンガーソングライター。

1969年に「アンドレ・カンドレ」の名でレコードデビュー。

1972年「井上陽水」と名を改め再デビューしたのちに発表した1stアルバム「断絶」、シングル「傘がない」はともに高い評価を得る。

さらに、1990年に発表され、夏の日の想い出を描いた曲「少年時代」は、ミリオンセラーを記録し、カラオケ各社が発表している井上陽水のカラオケランキングでも第1位、歌詞検索サイトUtaTenの井上陽水の歌詞ランキングでも1位となっている。

"風あざみ"というキャッチーなフレーズや、作曲を井上陽水と共に担当した平井夏美が作り上げたイントロが印象的だ。

自身の作詞・作曲を手掛けるだけでなく、他のアーティストへの歌詞提供・楽曲提供も多い。

2019年現在、デビュー50周年記念ライブツアー「光陰矢の如し 少年老いやすく学成り難し」が大盛況を博している。

井上陽水が描く独自の世界

井上陽水の作品の魅力は、フォーク、ロック、ブルース、歌謡曲…いずれとも定義されない独自の世界観。

形にとらわれない、彼にしか生み出せない音楽が同年代の若者たちに支持され、ヒット曲となりました。

歌詞には比喩表現や造語が度々用いられ、一見すれば難解なもの。

しかしひとたび紐解いてみれば、彼の楽曲や歌詞の世界には誰もが共感を抱くような普遍的な感情や、身近な出来事が溢れていたりします。

着眼点や表現こそ独特ながら、井上陽水も我々と同じ世界を生き、同じことを考えている。

そう感じられるのも、井上陽水の楽曲が愛される理由のひとつです。

リスナーも迷い込む「氷の世界」

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窓の外ではリンゴ売り
声をからしてリンゴ売り
きっと 誰かがふざけて
リンゴ売りのまねを
しているだけなんだろう
≪氷の世界 歌詞より抜粋≫
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リスナーをつかむ大切な歌い出しで「リンゴ売り」という歌詞。

正直に言ってワケがわかりませんよね。

だからこそ続きが知りたくなる。

この時点で、まんまとリスナーを「氷の世界」に迷い込ませています。

そしてのちほどこの曲の全貌が見えてきたとき、このフレーズが持つ意味に気付くはずです。

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僕のTVは寒さで
画期的な色になり
とても醜いあの娘を
グッと魅力的な
娘にしてすぐ消えた
≪氷の世界 歌詞より抜粋≫
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これについては、カラーテレビのことを指した歌詞と推測。

東京オリンピック以降、 各家庭のテレビのカラー化は進みましたが、実際に定着したのはこの楽曲が制作された1970年前後のこと。

「寒さで画期的な色になる」という言い回しに、井上陽水らしいセンスを感じますね。

見えてくる「孤独な男の輪郭」

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誰か指切りしようよ
僕と指切りしようよ
軽い嘘でもいいから
今日は一日
はりつめた気持でいたい
小指が僕にからんで
動きがとれなくなれば
みんな笑ってくれるし
僕もそんなに
悪い気はしないはずだよ
≪氷の世界 歌詞より抜粋≫
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2番の歌詞から少しずつ主人公の輪郭が見えてきます。

指切りは、相手がいなければできないもの。

「今日は一日はりつめた気持ちでいたい」という主人公は、常日頃「はりつめた気持ち」とは縁のない、自堕落な生活を送っていることが想像できます。

指切り、約束、予定…そういったものがない生活というのは、自由なようであり、虚無感漂うとても孤独なもの。

「軽い嘘でもいいから」
「みんな笑ってくれるし」

自分を卑下するような表現をしてでも、誰かとつながっていたいという強い想いが読み取れます。

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流れてゆくのは
時間だけなのか
涙だけなのか
≪氷の世界 歌詞より抜粋≫
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彼はひとり、TVしかない狭い部屋でただただ時間が過ぎ去るのを待つ、そんな生活を送っているのかもしれません。

歌詞を読めば読むほど、そんな孤独な男の姿が浮かんできます。

井上陽水をそうさせた理由はなんなのか…

冒頭で「今年の寒さは記録的なもの」とありますが、では去年の冬は違ったのだろうかと、想像をかきたてられます。

ギクリとさせられる「人間の本質」

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人を傷つけたいな
誰か傷つけたいな
だけど出来ない理由は
やっぱり ただ自分が
恐いだけなんだな
≪氷の世界 歌詞より抜粋≫
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「人を傷つけたい」
この言葉は、彼だけではなく人間だれしも心の奥底の抱えている、あるいは抱いたことのある感情といえます。

こんなこと、言いたいけど言えない、言わない。

みんなそうして生きているのに、井上陽水はさらっと歌にしてしまう。

一見、なんの脈絡もないような難解な世界で。

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そのやさしさを秘かに
胸にいだいてる人は
いつか ノーベル賞でも
もらうつもりで
ガンバッてるんじゃ
ないのか
≪氷の世界 歌詞より抜粋≫
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人を傷つけたいだとか思わないような人間は「ノーベル賞“でも"もらうつもりでガンバッているんじゃないのか」と、自分自身とはまるで別の世界の人間のように考えているのがおもしろいところ。

語尾にクエスチョンをつけ、純粋な驚きとともに「エライヒト」に問いかけるような台詞。

敬意を込めているようで静かに皮肉っている。

「やさしさ」を「ガンバッている」と言ってしまうあたりに、悪いことを考えない人間や根っから優しい人間などそもそもいないだろうという、主人公の寂しい心が読み取れます。

“寒さ"が指すものとは?

ここまで解説してきたように、この曲の主人公は孤独であり「なぜそれほどまでに?」というほど人間に対して疑心暗鬼になっています。

窓の外のリンゴ売り(果たしてリンゴ売りなど存在するのかも不明ですが)を「リンゴ売りのまねをしているだけなんだろう」と些細なことまで疑い、外の世界を確認しようとさえしない、いや、できない男。

井上陽水の感じている寒さの正体、その1つは「外の世界」という、恐ろしく冷たい(と思い込んでいる)もの。

人はみな誰かを傷つけたいと思い、そう思わないものはその心を隠しているだけ。そんな世界。

そして、井上陽水が感じているもう1つの寒さは「孤独」。

彼には指切りをする相手も、まして傷つける相手さえもいない。

ただ流れていく時間と、流れていく涙。それだけの毎日。

そこにぬくもりはありません。
寒く寒くこごえてしまう、そんな世界です。

「氷の世界」の正体

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ふるえているのは
寒さのせいだろ
恐いんじゃないネ
≪氷の世界 歌詞より抜粋≫
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曲の最後、彼は自身に言い聞かせるようにそう言っています。

しかし「寒さのせい」と言い聞かせなければならないほどには、彼は気づいている。
信じられないほどの寒さの正体に。

井上陽水は誰よりも「人」が怖く、誰よりも「人」を欲している。

「ぬくもり」「愛情」「居場所」そんな言葉にも置き換えられるかもしれません。

ひとりの男のアンビバレンツな感情が、歌詞を通して寂しさと狂気をもって語られるストーリー。

井上陽水と世界を隔てる幻。

それが「氷の世界」の正体です。


TEXT シンアキコ

▷井上陽水 公式サイト ▷井上陽水 Facebook ページ ▷Apple Musicプレビューページ

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