実は実体験が元になった歌だった!?
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昨日はクルマの中で
寝た
あの娘と
手をつないで
市営グランドの
駐車場
二人で毛布に
くるまって
≪スローバラード 歌詞より抜粋≫
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『スローバラード』の歌詞は情景描写から始まる、車の中で一夜を過ごすカップルの話である。
なぜ彼らが車の中で寝ることになったのかはわからない。途中でガス欠になったのかもしれないし、家に帰れない事情ができたのかもしれない。
しかし、この冒頭の歌詞はいつ見ても秀逸だと思う。なぜなら、使われている言葉は簡単な言葉のみ。
それなのに彼と彼女がお互いをどう思い合っているのか。その日の気温や湿度、お互いの体温といった微細な感覚が伝わってくるようだ。
「市営グラウンドの駐車場」などという単語は日本のロックで使われたことは無かっただろう。詩人としての忌野清志郎の才能は冒頭の数行だけにも溢れている。
「車の中で女の子と一夜を過ごす」というのは、実際に当時の忌野清志郎が体験した出来事だったそうだ。それをそのまま歌詞に書き起こしたのがこの曲だという。
実際はこんなにロマンチックな出来事ではなかったそうだが、いずれにしても素晴らしい歌詞だと思う。
「メタ構造」が持つ魅力
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カーラジオから
スローバラード
夜露が窓をつつんで
悪い予感の
かけらもないさ
あの娘のねごとを
聞いたよ
ほんとさ
確かに聞いたんだ
≪スローバラード 歌詞より抜粋≫
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車のラジオから流れてくる「スローバラード」。
それはもちろん、RCサクセションの曲ではない。
この曲の主人公たちは誰か別の歌手が歌った「スローバラード」を聞いている。しかしそういう状況を歌ったRCサクセションのこの曲は、まぎれもなく「スローバラード」の名曲なのだ。
この一種のメタ構造のようなものが、この曲を普遍的なものにしたひとつの要因かもしれない。
今に至るまで、RCサクセションの『スローバラード』をカーラジオから聞いたカップルは、日本中にたくさんいるはずなのだ。
当時の清志郎のように。
色あせない純粋さ
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カーラジオから
スローバラード
夜露が窓をつつんで
悪い予感の
かけらもないさ
ぼくら夢を
見たのさ
とっても
よく似た夢を
≪スローバラード 歌詞より抜粋≫
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あの子の寝言を聞いて、同じ夢を見る。
若い二人が互いの距離を縮め、未来に希望を持つ姿が想像できる。しかし、先にも書いたように当時のRCサクセションはロクに仕事もなく、レコードもまともに出せないような状況だった。
そんなどうしようもない状況の中で、それでもささやかな希望を持つしかなかった忌野清志郎の感情が『スローバラード』にはあると思う。
1980年代にRCサクセションが爆発的に売れ、彼らを取り巻く状況が一変しても『スローバラード』が持つ純粋さは失われることがなかった。
それはこの曲がもはや清志郎の実体験だけではなく、まだ何者でもない若者の青春そのものを時代を超えて描くスケールを持っていたからなのだと思う。
日本のロック史に輝く名曲『スローバラード』。ぜひ、車の中で聞いていただきたい。
TEXT まぐろ