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【特集】100周年ツアー中?! 大人の男の自信と余裕 奥田民生まとめ

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現在、所属するバンド「ユニコーン」の100周年ツアー中の奥田民生。バンドやソロだけでなく、様々なアーティストへの楽曲提供やプロデュース、宅録レコーディングの様子を映像配信するなど、多彩な活動で高い音楽性を表す奥田民生を紹介します。

公開日:2019年6月28日 更新日:2019年7月18日


この記事の目次 []
  1. ・デビュー当時はアイドルだった?!
  2. ・世の中、理不尽なことだらけで「大迷惑」
  3. ・リーダーの脱退と「ユニコーン」の解散
  4. ・一年間の休養からソロ・デビューへ
  5. ・戦う父から幼い我が子への応援歌「息子」
  6. ・様々なアーティストとのコラボレーション
  7. ・大人の男たちの人生への賛歌「ありがとう」
  8. ・100年音楽やりたい?!

デビュー当時はアイドルだった?!

 
奥田民生は1965年に広島で生まれたアーティストです。1987年にバンド「ユニコーン」でデビューしました。



デビュー当時から高い音楽性を表していましたが、そのイケメンぶりでも話題になっていました。

アルバム「パニックアタック」の右側の男性が民生なのですが、面影があるような、ないような(笑)

デビュー当時は完全なアイドル扱いでした。

その後のテレビ出演やライブでの様子を見る限り、飾らない性格のようですし、もしかしたら、ご本人としては、アイドル扱いは居心地が悪かったのかもしれませんね。

ユニコーン時代の楽曲「大迷惑」の歌詞を見てみましょう。

世の中、理不尽なことだらけで「大迷惑」

----------------
夢にまで見たマイホーム
青い空
エプロン姿の
おねだりワイフ
日なたぼっこはバルコニー
Hey it's a beautiful day
≪大迷惑 歌詞より抜粋≫
----------------

こんなに素晴らしい日々なのに、主人公は突然3年2か月の単身赴任を命じられます。

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この悲しみを
どうすりゃいいの
誰が僕を救ってくれるの
僕がロミオ
君がジュリエット
こいつは正に大迷惑
≪大迷惑 歌詞より抜粋≫
----------------

主人公は大いに嘆くのですが、その後の歌詞を見ると、誘惑に負けて浮気したりして、なんだかちょっぴり楽しそう(笑)

このように、歌詞は「大迷惑」な出来事をユーモラスに綴っていきます。



「大迷惑」な出来事は、残念ながら度々おこりますよね。

そんなときには、この曲を聴きながら「大迷惑!」と心の中で叫ぶと、いつの間にか、ちょっぴり笑える気持ちになるかも。

大迷惑な出来事がおこらないに越したことはないんですけどね(笑)

リーダーの脱退と「ユニコーン」の解散

楽曲「大迷惑」からも伝わってきますが、ユニコーンは音楽を思いっきり楽しんでいるバンドでした。

現在の民生はアコースティックギターの弾き語りの印象が強いですよね。ですが、当時のユニコーンではボーカルを取らないことも多く、ドラムを叩いたり、ピアノを弾いたり、激しいヘッドバッキングでエレキギターを弾いたりなど、楽器はなんでも出来て、とても楽しそうにしていました。

しかし、デビュー6年後、アルバム制作中にリーダーである川西幸一(Dr)が音楽性の違いから脱退。その後の全国ツアーでは、中学時代からプロとして活躍していた古田たかしがドラムを叩きました。

全国ツアー終了後、ユニコーンは解散を表明。

解散は残ったメンバー全員で話し合って決めて、民生にも解散する意志はありました。それでも、民生は大きなショックを受けていて、意気消沈した様子で解散の経緯を語っていました。

当時のマネージャーで後に(株)ソニー・ミュージックアーティスツ代表取締役会長を務められた原田公一氏も「(民生はバンドの解散で)がっくりきたから、一年間休んだんだよね。すぐには動けなかった」と後年、インタビューで語っています。

民生はユニコーン解散後、一年間休養しました。

一年間の休養からソロ・デビューへ

あんなに楽しそうに音楽をやっていたのに、音楽から離れて休養期間に入った民生。すぐには動けないほどのショックを受けていたと聞くと、ファンとしては辛いですよね。

しかし、それほどのショックを受ける、民生の感受性の豊かさはやはり一流のアーティストならではのもの。

また、単に音楽を楽しんでいただけではなく、たぐいまれな努力をしてきたからこそ、受けた傷も大きかったのですよね。

休養期間中にも次々と楽曲ができたことと、仕事の依頼が絶えなかったことで、満を持して、1994年に本格的なソロ・デビューを果たします。

ソロとしての名曲「息子」の歌詞を見てみましょう。

戦う父から幼い我が子への応援歌「息子」

----------------
いじめっこには
言ってやりな
そればっかりは
やってられないよ
き 君たちも
お 大人になりな
≪息子 歌詞より抜粋≫
----------------

元気のない息子に父は語り掛けます。

「そればっかりはやってられないよ」が、強烈に心に響きますよね。



「いじめは悪だ」と、どんなに言っても、いじめはなくなりません。それは、いじめをする人が、「いじめを続けた結果、自分がどうなるか」を全く考えることができないことも一因でしょう。

いじめを続けた結果、相手が大きなダメージを受けることはわかっている。わかっていながら、敢えてやっているのでしょう。

しかし、「いじめを続けた自分がどうなるか」については全く考えていない。自分の将来を長期的な視点でみることができないのでしょうね。

誰にとっても有限な時間を、「いじめ」という生産性のないことに使うことが、いかに自分の人生にとってマイナスか。

同じ時間を、小学生なら友達と遊ぶことや家族と過ごすこと、中高生なら、部活や勉強に打ち込むこと。それをやっていた人と、その時間を「いじめ」に使っていた人とでは10年後は驚くほど環境が違う。

そういったことを「そればっかりはやってられないよ」と一言で表現した民生はさすがですね。

その後の歌詞から、「息子」は「お腹がすいたらすぐに忘れる」くらい、幼い年であることがわかります。

----------------
ほうら 君の手は
この地球の宝物だ
まだ誰も
とどかない明日へ
ほうら 目の前は
透明の広い海だ
その腕と その足で
戦え
≪息子 歌詞より抜粋≫
----------------

小さな手を精一杯のばして、明日をつかみ取ろうとする姿が想像できますね。

こんなに愛情いっぱいの表現をする父ですが、息子の代わりに戦ったり、息子が戦うのを手伝ったりはしません。

自分自身で戦うよう促します。深い愛情ゆえに。戦ってきた父ならではの視点ですね。

----------------
ほうら 目の前は
紺碧の青い空だ
翼などないけれど
進め
≪息子 歌詞より抜粋≫
----------------

泥臭く戦うことを勧めます。

「息子」は父からの愛情を胸に戦って、輝かしい明日をつかみ取ることでしょう。

様々なアーティストとのコラボレーション

民生は、ソロデビュー後、様々なアーティストに楽曲を提供したり、レコーディングにベースなどで参加したり、プロデュースをしたりします。

ユニコーン時代の「音楽が楽しくて楽しくてたまらない」感覚を取り戻し、イキイキと音楽をやっていますね。

様々なアーティストのコラボレーションの中で、最も有名なものの一つが、井上陽水と「井上陽水奥田民生」で発表した楽曲の数々でしょう。

次に「井上陽水奥田民生」の楽曲、「ありがとう」の歌詞を紹介します。

大人の男たちの人生への賛歌「ありがとう」

----------------
ありがとう
ありがとう 感謝しよう
≪ありがとう 歌詞より抜粋≫
----------------

この後、「ありがとう」と言いたいことについて、具体的にいくつも挙げられていきます。



それは「微笑んでくれたこと」だったり「楽しんでくれたこと」などの、日常の些細なことで、小さなことにも「ありがとう」と感謝する明るくて幸せなオーラにあふれています。

----------------
近い人 遠い人
やさしい人 つめたい人
好きな人 イヤな人
みんな (みんな)
みんな (みんな)
ありがとう Yeah!
≪ありがとう 歌詞より抜粋≫
----------------

「遠い人」や「つめたい人」、「イヤな人」も含めた「みんな」に「ありがとう」と感謝する。

これが、この歌に癒される一番大きな理由ではないでしょうか。

成熟した大人の男たちの人生への賛歌。全てを肯定したときに生まれる安心感を感じますね。

100年音楽やりたい?!

ユニコーンは解散後、16年の年月を経て、再結成されます。

現在、ユニコーン100周年ツアーの最中の奥田民生。この「100周年」は、「バンド再始動から10年」、「ドラムの川西幸一の生誕60年」「ABEDONが加入して、現在のメンバーになってから30年」の全ての年月を足すと100年になるから付けられたもの。

(デビュー当時のユニコーンのキーボードはABEDONではなく、向井美音里だった。)

でも、なんだか意味深ですよね?

もしかしたら、民生は100年音楽をやりたいのかもしれない。その気持ちが「100周年」と言わせているのかもしれない。

そんな気がします。

そして、もし民生が100年音楽をやることができたなら、100年をフルに使って、常に新しいことに挑戦して、音楽性をより幅広くし、より高めていきながら、思いっきり音楽を楽しみ続けるでしょう。

ひとりでステージに立ち、ギターの弾き語りをする「ひとり股旅」や、全ての楽器、ボーカルを自分自身で担当して多重に録音していき、それを映像配信するプロジェクト「カンタンカンタビレ」を観るたびに、そう感じます。

音楽の楽しさ、人生の楽しさを伝え続ける奥田民生。

多彩なその活躍は、これからも見るものを惹きつけて離さないでしょう。

TEXT 三田綾子

奥田民生(おくだ たみお) 1965年広島生まれ。’87年に、ユニコーンでメジャーデビュー。’94年からソロ活動を本格的にスタート。 バンド編成の「MTR&Y」、 弾き語りスタイルの「ひとり股旅」、 ひとりレコーディングライヴ「ひとりカンタビレ」 など活動形態は様々。 数多くのセッションや、楽···

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