朝ドラの世界を優しく歌った楽曲
『優しいあの子』は、スピッツが手がけた朝ドラ「なつぞら」の主題歌だ。北の大地から、アニメーターになる夢を叶えるべく東京へ飛び出し、困難に立ち向かいながら前進するヒロインにぴったりの楽曲となっている。これまでにも著名なアーティストが朝ドラの主題歌を務めてきたが、スピッツにしかできない、彼らなりの応援ソングになっているところがさすがだ。
それでは、作品との絡みを交えながら、『優しいあの子』について解釈していこう。
未知の世界へ飛び出していく期待と不安
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重い扉を押し開けたら 暗い道が続いてて
めげずに歩いたその先に 知らなかった世界
≪優しいあの子 歌詞より抜粋≫
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歌い出しの歌詞では、知らない世界=夢へと突き進む不安や期待を歌っている。
「重い扉」「暗い道」というのは、夢に手が届かず、もがく苦しみと重なる。
居心地の良い場所から飛び出し、自分の道を進むことは、決して簡単なことではない。
挫折や不安、焦りなど、負の感情に苛まれるものだ。それでも諦めずに進んだ人だけに道は開けるという、人生を上手く言い得た歌詞でもある。
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氷を散らす風すら 味方にもできるんだなあ
切り取られることのない 丸い大空の色を
優しいあの子にも教えたい ルルル…
≪優しいあの子 歌詞より抜粋≫
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北の大地を思わせる、冷たい風の描写も見事だ。その身を凍えさせるほどの風の冷たさはそのまま、世間の冷たさでもあるだろう。
見知らぬ土地へ飛び出し、知らない人の間で傷ついたり、挫折したりする。そんな時、心を吹き抜けるのは冷たい都会の風だ。しかし、自分の夢を諦めず、信じた道をまっすぐに歩み続ければ、そんな風さえもいつしか味方にできる。追い風にできるのだ。
見知らぬ世界へ飛び出していった「あの子」
ここまできて、知らない世界に飛び出したのは「僕」ではなく「優しいあの子」だということが分かる。自分は広い北の大地に相変わらず暮らしていて、「切り取られることのない」田舎の広い空を眺めているのだ。そして、遠く離れた「あの子」を思う。もしも彼女が都会の冷たさに戸惑っても、夢を見失いそうになっても、生まれ育った土地の広い空を思いだして踏ん張れ!そう言っているような歌詞だ。
幸せを祈る仲間たち
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口にする度に泣けるほど 憧れて砕かれて
消えかけた火を胸に抱き たどり着いたコタン
芽吹きを待つ仲間が 麓にも生きていたんだなあ
寂しい夜温める 古い許しの歌を
優しいあの子にも聴かせたい ルルル…
≪優しいあの子 歌詞より抜粋≫
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彼女の幸せを、成功を夢見るのは「僕」一人でもなければ、彼女一人でもない。故郷にいる、彼女を知る誰もが、彼女の幸せを願っているのだ。
自分だけじゃなかった、こんなにもたくさんの人に、彼女は愛されていたことを、「優しいあの子」にも教えてあげたい。
それは、北の大地に残ったからこそ見える、地元の温かさであり、彼女という人の魅力であるのだ。
本人だけが知らない彼女の魅力を、自分は知っているよという、どこか得意げな雰囲気がかわいらしい。
その根底には、彼女に対する深い愛情と、淡い恋心が隠れている。
本音を言えない強がりがスピッツらしい
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怖がりで言いそびれた ありがとうの一言と
日なたでまた会えるなら 丸い大空の色を
優しいあの子にも教えたい ルルル…
≪優しいあの子 歌詞より抜粋≫
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最後の歌詞では、大切な「あの子」に、たった一言のありがとうが言えないことを悔やんでいる。
スピッツの楽曲には、どこか勝ち気であったり独創的であったりして、男の子を振り回す女の子がよく登場する。
『優しいあの子』もまさにそれで、彼女は自分の夢をまっすぐに追いかけて行ける、強い女性なのだ。
それを「僕」は後ろから見つめている。追いかけたいのに、追いかけるほどの勇気はないのだ。好きな気持ちの照れ隠しで「ありがとう」さえ言えない、どこか素直ではなく、かつかわいらしい男の子像がスピッツらしい。
いつ会えるかも分からない彼女を遠い北の大地で思いながら、「いつかは」と自分に言い聞かせている内は、きっと素直になれないのだろう。それでも、そんな「僕」が思いを寄せる「優しいあの子」は、きっと素敵な女性なのだろうと聴く人に思わせる、草野マサムネらしい歌詞は健在だ。
朝ドラの世界と重ね合わせながら聴くと、より一層楽曲の世界観と作品がリンクして心地よい。
一体「優しいあの子」はどんな女性なのか?想像しながら聴いてみるのも楽しい楽曲だ。
スピッツ『優しいあの子』MV
TEXT 岡野ケイ