新たな出発の曲
『グッドバイ』は『ユリイカ』との両A面シングルとして、2014年1月にリリースされました。その前年、2013年のサカナクションはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。
2013年3月リリースの6thアルバム『sakanaction』で初のオリコンアルバムチャート1位を獲得。収録曲『Aoi』はNHKサッカー中継のテーマ曲となり、年末には紅白歌合戦にも初出場します。デビュー以降、着実にファンを増やしてきたサカナクションにとってひとつのピークとなった年でした。
その直後にリリースされたのが『グッドバイ』なのです。バンドとしてひとつの頂点に達した後、彼らがどこに向かうのか。
新たな一歩を踏み出す出発の曲と言っていいものでした。しかし、『グッドバイ』は頂点を極めた彼らの勝利宣言ではなく、迷いと決別の曲だったのです。歌詞に込められた想いを読み解いていきましょう。
ヒットした先に見えた景色
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探してた答えはない
此処には多分ないな
だけど僕は敢えて歌うんだ
わかるだろう?
グッドバイ 世界から知ることもできない
不確かな未来へ舵を切る
グッドバイ 世界には見ることもできない
不確かな果実の皮を剥く
≪グッドバイ 歌詞より抜粋≫
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サカナクションはクラブミュージックやダンスミュージックの要素を持ちつつ、ポップでキャッチーな曲作りを行ってきたバンドです。
山口一郎も、自分たちの音楽はアンダーグラウンドなクラブミュージックと広く大衆に受け入れられるポップミュージックを繋ぐものだと語っていました。
そういう意味では、アルバムが1位を獲得し、テレビでも自分たちの曲が流れる状況というのはサカナクションにとって目指していた場所だったはずなのです。
しかし、冒頭の一節から意外な言葉が飛び込んできます。
「探してた答えはない 此処には多分ないな」
「此処」というのは何処を指しているのでしょう。オリコン1位のことか、紅白歌合戦の舞台なのか、テレビの音楽番組で演奏したスタジオなのか。
いずれにしろ、2013年のサカナクションが経験した諸々のことすべてを含んでいるのではないかと思うのです。
アンダーグラウンドな音楽をメジャーな場所に繋げたい。そのために自分たちはメジャーな場所に行く。
売れる必要がある。そしていざ実際にその場所に立ってみたら…。
「探してた答えは此処にはない」
そんな虚無感のようなものが『グッドバイ』からは感じられます。しかし、それでも自分は歌うんだ、不確かな未来へ舵を切るんだという決意が歌われているのです。
信じる道を行くという決意
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どうだろう
僕には見ることができないありふれた幸せいくつあるだろう
どうだろう
僕らが知ることのできないありふれた別れもいくつあるだろう
グッドバイ世界から何を歌うだろう
≪グッドバイ 歌詞より抜粋≫
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2007年のデビュー以来、正確には2009年に東京に本格進出して以来、サカナクションは日本のミュージックシーンで「売れる」ことを目標のひとつにしていました。
色々な曲を分析し、シングルヒットを狙って曲を作ったこともあります。
しかしその結果見えてきたものは「ここは自分たちがいる場所ではない」という思いだったのではないでしょうか。
サカナクションがやりたくないことをやってきたとは思いません。彼らの音楽はいつでも真摯なものだったと思います。
しかし、その中でも犠牲にしてきたものはあったのだと思います。
『グッドバイ』は今まで自分たちが進んできた道から解き放たれ、本当に自分たちの信じる道を進んでいくのだという決別の歌なのだと思います。
ただ、この曲ではまだ方向ははっきりと見えていません。
「何を歌うだろう」と、自分でも確信を持てていないことを正直に歌詞にしています。
だからこそ『グッドバイ』は山口一郎の2014年1月時点でのリアルな思いを表現していると思えるのです。
6年ぶりの新作でも重要な曲
サカナクションは2019年6月、実に6年ぶりの新作『834.194』をリリースしました。『グッドバイ』も収録されています。
サカナクションは2018年に初のベスト盤『魚図鑑』をリリースしましたが、『グッドバイ』はシングル曲でありながら完全限定プレミアムBOXに別バージョンが収録されたのみで、他の通常盤や初回限定盤には収録されませんでした。
前作からの流れで見た時に、新しい一歩を踏み出す決意の曲である『グッドバイ』は間違いなく新作の中でも核になる曲のひとつで、安易にベスト盤に収録することを避けたのかもしれません。
ぜひ、6年ぶりの新作を通して聞いていただきたいと思います。
TEXT まぐろ