夜明けの空気感まで感じさせる繊細な描写
----------------
時計が鳴ったからやっと眼を覚ました
昨日の風邪がちょっと嘘みたいだ
出かけようにも、あぁ、予報が雨模様だ
どうせ出ないのは夜が明けないから
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
目を覚まさせる時計の音、風邪、雨と、冒頭から一篇の詩を読んでいるかのように、情景が浮かんでくる歌詞が並ぶ。
「風邪」という言葉1つで、体温や体のだるさ、朝の空気感などを表現するセンスは見事だ。
しかし、せっかく目を覚まして出かけようと思っても、雨模様の1日では、出かけるのも億劫だ。
「夜が明けない」というのは、心の夜明けでしょう。
悲しみの雨が降り、気分が塞いで、どうにもこうにも動き出すことができない気だるさを感じさせる。
----------------
喉が渇くとか、心が痛いとか、人間の全部が邪魔してるんだよ
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
せっかく深い眠りから目覚めても、そこには紛れもない現実があり、自分を苦しめる。
夢の中なら忘れられた様々な感情が押し寄せてきて、身動きが取れない歯がゆさや苛立ちが滲んでいる箇所だ。
「さよなら」したのは誰?
----------------
さよならの速さで顔を上げて
いつかやっと夜が明けたら
もう目を覚まして。見て。
寝ぼけまなこの君を何度だって描いているから
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
冒頭から漂っている気だるさや虚しさ、苛立ちといった負の感情は、この「さよなら」に繋がっている。
おそらく、大切な人と何らかの形で別れを迎えたのだろう。今はまだ悲しみの最中で立ち止まっている状況だ。
しかし、時を経て、いつか前を向ける時が来たら、その時にはちゃんと見つめてほしい。
ここへ来て、始めて「さよなら」したのは自分ではなくて「君」であることが分かる。
大切な何かとの別れを経て、まだ闇の中にいる「君」はまだ、こっちを見てくれない。
だからずっと夜明けを待っているのだ。いつかこっちを向いてくれる日を夢見ながら。
その日を何度も思い描く心が、どこまでも純粋でけなげである。
どこにも行けない日々
----------------
傘を出してやっと外に出てみようと決めたはいいけど、靴を捨てたんだっけ
裸足のままなんて度胸もある訳がないや
どうでもいいかな
何がしたいんだろう
夕飯はどうしよう
晴れたら外に出よう
人間なんてさ見たくもないけど
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
2番では、雨の中出かける気持ちにようやくなったものの、肝心の靴がないことに気付いて呆然としている。
靴は自分を守る防具で、心に吹く隙間風や切なさ、虚しさを遮ってくれるもの。
そんな防具もなくしてしまった丸裸の心で、外に出て行くことはできない。
せっかく決意を決めたのに、外へ行くための用意がない。結局また、どこへも行けない自分に逆戻りだ。
「晴れたら外に出よう」というのは、心に降る雨が止み、外へ出て行ける準備が整ったら、という意味にも取れる。
しかし、雨だから出かけられないと言い、次は靴がないから外へ行けないと言っている。
晴れ間を待っているというのは、ただ言い訳を繰り返しているようにも見えるのだ。
外に出て人と触れ合うのが怖い。安全な場所に引きこもっていたいという負の感情は、ずっと漂ったままだ。
2人でまた会えるという幻想
----------------
このままの速さで今日を泳いで
君にやっと手が触れたら
もう目を覚まして。見て。
寝ぼけまなこの君を忘れたって覚えているから
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
“憂鬱な気持ちを抱えながら、それでも自分なりにまっすぐ進んだら、その先で君に会える。
その時には、君は自分を見てくれるんじゃないか”そんな幻想を抱いて、今日を生きていくのでしょう。
----------------
丘の前には君がいて随分久しいねって、笑いながら顔を寄せて
さぁ、二人で行こうって言うんだ
ラップランドの納屋の下
ガムラスタンの古通り
夏草が邪魔をする
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
久しぶりの君に会える日を心待ちにしながら、会えた時にはどんな会話をするのか、どんな風景が広がっているのか、胸に描きます。
そうすることで、暗く冷たい、億劫で憂鬱な日々を、何とかやりすごそうとしているのです。
「ノーチラス」に込められた思い
----------------
このままの速さで今日を泳いで
君にやっと手が触れたら
もう目を覚まして。見て。
君を忘れた僕を
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
「君を忘れた」と言いながら、ずっと「見て」と語りかけ、「寝ぼけまなこ」の姿を思い描くのは、忘れようとしても忘れられないからです。
----------------
さよならの速さで顔を上げて
いつかやっと夜が明けたら
もう目を覚まして。見て。
寝ぼけまなこの君を何度だって描いているから
≪ノーチラス 歌詞より抜粋≫
----------------
どんなに時間がかかっても、ここで待っている。いつか君が目を開けて、しっかりと自分を見つめてくれるその日まで。
「ノーチラス」にはギリシャ語で水夫や船舶という意味があります。
いつ目覚めるかもしれない人を、じっと待ち続ける姿は、自然に左右されながらもじっと耐え忍び、恩恵を手にする水夫の姿に似ています。
魚がかかるまで、ずっと待ち続けるように、「君」がこっちを見てくれる、他でもない自分を見つめてくれる日を待ち焦がれる。
そんな切なく、淡い思いが漂う、美しい楽曲です。
TEXT 岡野ケイ