「夏祭り」という異空間
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君の髪の香りはじけた
浴衣姿がまぶしすぎて
お祭りの夜は
胸が騒いだよ
≪夏祭り 歌詞より抜粋≫
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「君」は学校の同級生なのか、友だちなのか、従兄弟なのか、関係は定かではありません。しかし、浴衣姿は女性をいつもとはまったく違う雰囲気にさせるものですから、急に大人びた姿を見て、思わず見とれてしまったのでしょう。
「髪の香りはじけた」という歌詞が、2人の距離の近さを感じさせます。手が触れ合う程の距離で、普段とは違う表情を見たら、思わず胸がときめいてしまいます。
触れそうで、触れない距離感
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はぐれそうな人ごみの中
「はなれないで」
出しかけた手を
ポケットに入れて
握りしめていた
≪夏祭り 歌詞より抜粋≫
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祭りの人ごみは、好きな子と手をつなぐチャンスです。絶対に見逃せないタイミングなのに、勇気を出せずにポケットの中で拳を握りしめるしかない自分。そんな歯がゆい思いをするのも、まさに青春ならでは。10代の男女を思わせる瑞々しい歌詞に、遠い日の初恋や片思いを思い返す人も多いことでしょう。
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君がいた夏は
遠い夢の中
空に消えてった
打ち上げ花火
≪夏祭り 歌詞より抜粋≫
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夏祭りといったら、やはり目玉は夜空に咲く大輪の花、打ち上げ花火です。花火に目を奪われるふりをして、そっと好きな子を盗み見るものの、「君」はその視線にまったく気付かないのです。
花火が空に消えていくように、恋い焦がれる気持ちもそっと儚く消えてしまうことを予感させます。
花火の音や華やかな色と対照的に、花火が消えた空はどこか虚しく、好きな子の隣でそっと黙る少年の姿がありありと思い浮かびます。隣にいるのに、切ない。そんな、夏の日の一場面です。
好きなのに、言えないもどかしさ
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子供みたい金魚すくいに
夢中になって
袖がぬれてる
無邪気な横顔が
とても可愛いくて
君は好きな綿菓子買って
ご機嫌だけど 少し向うに
友だち見つけて
離れて歩いた
≪夏祭り 歌詞より抜粋≫
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夏祭りは屋台も見所の1つです。にぎやかな屋台を見てご機嫌になった「君」は、子供のように無邪気で無防備。そんな姿にも心奪われてしまう夏祭りの夜、「友だち」という存在が2人の距離を邪魔してしまいます。
何となく気恥ずかしくて手がつなげず、わざと離れて歩いてしまう、そんな子供っぽさが、2人の若さを感じさせます。
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神社の中 石段に座り
ボヤーッとした闇の中で
ざわめきが少し
遠く聞こえた
線香花火マッチをつけて
色んな事話したけれど
好きだって事が
言えなかった
≪夏祭り 歌詞より抜粋≫
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喧噪から離れて2人きり。これが大人のカップルなら、2人きりの時間を楽しむことができるのに、この2人はそんなことはできません。せっかく邪魔者のいない空間なのに、無駄に時間を過ごすばかりで、互いの気持ちを伝えることもできないまま終わってしまいます。
「好き」という言葉はシンプルな愛の言葉なのに、シンプルであるが故に口に出すことはとてつもなく難しい、不思議な言葉です。たった一言で2人は両思いになれるかもしれないのに、その距離は縮まらないまま、祭りは終わりを迎えるのです。
打ち上げ花火が意味するもの
だから、「君がいた夏は遠い夢の中」なのです。夢にまで見た「君」を手に入れることは叶わず、互いにすれ違ったまま青春時代を過ごしてしまった後悔。
あの時に戻れるなら、きっと思いを伝えることができるだろうに。いくら後悔してもしきれない、苦く、どこか甘い夏の記憶です。
「空に消えてった打ち上げ花火」とは、すなわち、あの夏に儚く散った恋を象徴しているのです。
夏になると聴きたくなる『夏祭り』は、テンポのよさと相反して、曲全体を通して漂うものは切なさや儚さです。届かなかった思い、言えなかった言葉。そうしたものが、夏という季節感とマッチして、長年愛される名曲になったといえます。
TEXT 岡野ケイ
Whiteberryは1994年に北海道北見市で結成されたバンド。 メンバーはボーカルの前田由紀(まえだゆき)1985年10月12日生まれ 、ギターの稲月彩(いなつき あや)1985年12月16日生まれ、ベースの長谷川ゆかり(はせがわ ゆかり)1985年10月25日生まれ、キーボードの水沢里美(みずさわ りみ)1984···