ヒロトとマーシーが生み出すやさしいパンク
THE BLUE HEARTS登場以前にも、パンクロックの影響を受けた日本のロックバンドは存在しました。しかし、それらのバンドはあまりにもアンダーグラウンド的要素が強過ぎたため、メジャーな活躍とは縁がありませんでした。
その流れを一気にメインストリームへと変えたのが、THE BLUE HEARTSです。
彼らは、これまでのパンクバンドと何が違っていたのでしょうか。
それは、彼らの音楽の「わかりやすさ」です。
シンプルな楽曲、平易な言葉、ストレートな歌い方、そして全力のパフォーマンス。
社会への矛盾に対する抵抗を代弁するような彼らのスタイルは、若者の心に刺さります。
また、ヒロトのシュールな縦ノリと、マーシーのメランコリックな横ノリが織りなすTHE BLUE HEARTSの楽曲は、これまでのパンクロック=攻撃的というイメージを覆します。
ルックス的にはかなり個性的で、テレビに出始めた頃は世間を驚かせたTHE BLUE HEARTS。
しかし、人々は次第に彼らの激しさの中にあるピュアな優しさに気付き、THE BLUE HEARTSは、誰からも愛される日本のパンクバンドとなりました。
人が人にやさしく出来ない理由と解決法
THE BLUE HEARTSのセカンドシングル『人にやさしく』は、彼らの優しいパンクロックを代表する一曲です。彼らが叫ぶ、本当の優しさとは何なのか、その歌詞に込められたメッセージを聴いてみましょう。
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気が狂いそう
≪人にやさしく 歌詞より抜粋≫
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強烈な出だしです。この曲以前にも以後にも「気が狂いそう」から始まる歌詞を聴いた事がありません。
これは、「途に倒れて だれかの名を 呼び続けたことが ありますか」で始まる中島みゆきの『わかれうた』に匹敵する出だしです。
ところで「気が狂いそう」な場面には、日常生活でもしばしば出くわします。例えば、職場の「無能な上司」や「非常識な部下」など、関わりたくないのに関わらなければならない人間関係に悩んでいる時です。
ただでさえ忙しいのに、そんな人たちのフォローまでしなければならないとなると、まさに「気が狂いそう」になってしまいます。
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やり切れない思いを
ああ 大切に
捨てないで
≪人にやさしく 歌詞より抜粋≫
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自分を苦しめる存在について考える時、人の心は負のパワーに支配され、マイナス思考が止まらない負のスパイラルに陥ります。そして、しまいには他人の事を悪く考える自分自身が嫌になり、やりきれなくなります。
普通なら“そんな負の感情は今すぐ捨ててポジティブになろう”と言いたくなるところを、“そんなネガティブな感情もあなたの一部なのだから大事にして”と歌うヒロト。視点の高さに驚かされる歌詞です。
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人にやさしく
してもらえないんだね
≪人にやさしく 歌詞より抜粋≫
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子供の頃、親から“人に優しくしなさい”と教えられて成長した多くの日本人にとって、
『人にやさしく』というタイトルのこの曲は、“人に優しくすべき”という内容をイメージさせます。
しかし、実際には、“人に優しくされていない人たち”を想った曲。
人に優しくしてもらえないとどうなるでしょう。“どうして自分だけがこんな目に”と、自分の事ばかり考えて、その結果、他人に優しくする心の余裕を失います。
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僕が言ってやる
でっかい声で言ってやる
ガンバレって
言ってやる
≪人にやさしく 歌詞より抜粋≫
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ヒロトの「ガンバレ」には、僕が応援するから、どうか人に優しく出来るようになってほしい、という願いが込められているのです。
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やさしさだけじゃ
(No No No No
No No No -)
人は 愛せないから
ああ なぐさめて
あげられない
≪人にやさしく 歌詞より抜粋≫
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ここから、ヒロトはもう一つの優しさについて歌います。それは、厳しさと言う名の優しさ。この曲で、ヒロトが最も伝えたいメッセージです。
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期待はずれの
言葉を言う時に
心の中では
ガンバレって言っている
≪人にやさしく 歌詞より抜粋≫
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誰かに悩みを相談する時、人は共感を求めています。
しかし、“そうだね。かわいそうに”と、期待通りに共感されると、その人にとって悩みの泥沼は居心地のいい場所となり、そこから抜け出せなくなります。
逆に、“それは違う”と否定されたらどうでしょう。人は“なんでそんな事言うの?”と怒り、その怒りのパワーをバネにして泥沼から自力で這い上がって行きます。
長い人生の中で、人は必ず、“あの時あの人が厳しく言ってくれて良かった”と感謝する日が訪れます。そしてその時、当時は「期待はずれ」だと思った言葉にこそ、真の優しさがあったのだと気がつくのです。
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聞こえてほしい
あなたにも ガンバレ!
≪人にやさしく 歌詞より抜粋≫
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ラストの「ガンバレ!」に込められた、厳しい言葉にこそ耳を傾けて欲しいと願うヒロトの優しさ。その挺身のシャウトが、今、人に優しく出来ずに悩んでいる人たちの心に、どうか届きますように。
THE BLUE HEARTSのパンクスピリッツ
パンクと言えば、思い浮かぶのは1970年代にイギリスで起こったパンクムーブメント。「パンク」とは、音楽やファッションを含む、それまでの既成概念をブチ壊したサブカルチャーの総称です。
そのムーブメントの中心だったパンクロックは、遠い海の向こうの日本に住む、10代の甲本ヒロトと真島昌利にも影響を与え、THE BLUE HEARTSは誕生しました。
パンクロックの象徴的バンド、セックス・ピストルズを彷彿とさせるTHE BLUE HEARTSは、ヒロトの独特過ぎる動きとマーシーの幅が広過ぎるバンダナで、鮮烈にデビューを果たします。
そらから32年、THE HIGH-LOWS、ザ・クロマニヨンズと形を変えながらも現在まで活動を続けて来たヒロトとマーシー。
その間、特筆すべき点は、2人の基本的なスタイルが全く変わっていない事です。ヒロトのステージでの独特過ぎる動きとマーシーの幅が広過ぎるバンダナ、なにもかもそのまま。
流行の仕掛人マルコム・マクラーレンの手によって誕生し、たったの3年間の活動後、麻薬づけのシド・ヴィシャスの死をもってその幕を閉じたピストルズ。
パンクの洗礼を受けた後、独自のスタイルを確立し、32年前のブルハファンがアラフィフになった今も、変わらぬ姿で歌い続けてくれるヒロトとマーシー。
2人の和製パンク少年には、本家以上のパンクスピリッツが、今も生き続けています。
TEXT 岡倉綾子
THEBLUEHEARTS(ザ・ブルーハーツ)は日本のパンク・ロックバンド。 メンバーは甲本ヒロト(Vo.)、真島真利(G.)、河口純之助(Ba.)、梶原徹也(Dr.)。 1985年に甲本と真島を中心として結成。 コード進行は3、4コードを主としたシンプルなものが多く、メッセージ性の強い歌詞とオリジ···