ネットでのプロモーション活動の走り!神聖かまってちゃん
4人組バンド「神聖かまってちゃん」。今や主流となっているインターネットを用いたプロモーション活動を、いち早く取り入れたことでも知られる。YouTubeやニコニコ動画を舞台に活動をスタートした神聖かまってちゃん。2008年、インターネットは十分に普及していたとはいえ、今のように誰もが触れているというわけではない。そのせいか、バンド全体にもどことなくアングラな雰囲気が漂っていたように思う。
神聖かまってちゃんが作り出す楽曲には、詩的な表現が目立つ歌詞もあればストレートな歌詞も見受けられる。
例えば『ゆーれいみマン』だ。
歌詞に登場する「学校」
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ゆーれいに僕はなるのさ
今日こそはキメてやるのです
自殺しちゃうぞと叫んでも
誰からも返事ございません
≪ゆーれいみマン 歌詞より抜粋≫
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誰にも認識されない「僕」が死んでやると決意する歌だ。「僕」をそこまで追い詰めた背景は語られないが、痛々しいほどに分かりやすい歌詞が刺さるのだ。
この『ゆーれいみマン』にも言えることだが、神聖かまってちゃんの歌詞には「窓際の席」や「教室」、「放課後」といった学校にまつわるワードが散りばめられている。
学校に居場所が無い人や学校に行きたくない人。程度の差はあれ、神聖かまってちゃんの歌詞に救いを見出した子どもたちは数多くいたんじゃないだろうか。
「23歳」という年齢
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君の貯金はいくらあるんだい?
そんなことは僕に関係ない
≪23才の夏休み 歌詞より抜粋≫
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そして神聖かまってちゃんの『23歳の夏休み』。この歌詞を見たとき、同じ23歳でも、よく分からないと首をかしげる人、苦しいほどによく分かると頷く人に分かれるだろう。
「23歳」という年齢はかなり絶妙だ。大学院に進んでいたり、新卒1年目でまだ仕事に慣れず、日々の業務をこなしていたり。あるいは就職が決まらずフリーターをしていたり、大学を留年してもう一度4年生をしている人もいるだろう。そして中学生、高校生のまま時が止まっている人も。
こう表現していいかは分からないが、順調に人生を歩んでいる人は働き始め、貯金もし始める時期だ。「君の貯金はいくらあるんだい?」と聞かれて、堂々と答えられる人と曖昧にごまかす人に分かれる、そんな年齢。「23歳の夏休み」に登場する「僕」は、後者に当たるのだと思う。
会わなくなってしまった友達
歌詞に登場する「チャリを漕ぎ続けて」というフレーズのように、どこか疾走感溢れるメロディーの『23歳の夏休み』。歌詞は後半に差し掛かり、こう続く。
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君は今どこにいる何をしている
僕には関係ないのにね
≪23才の夏休み 歌詞より抜粋≫
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チャリを漕ぎ続け、夏休みに予定がない「僕」が思い出す「君」。「僕」と「君」はどんな関係なのかは分からないけど、2人はもう交流が無いのだということは分かる。「夏が来てもなにもしない」、「予定がない」と言い切る「僕」と違い、「君」は日常を順調に過ごしているように思える。
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君が僕にくれたあのキラカード
その背中に貼り付けてやるよ
≪23才の夏休み 歌詞より抜粋≫
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「キラカード」という、子どもの世界だからこそ輝くアイテムがまた儚い。遠い昔に2人で遊んでいたカードゲームのレアアイテムのことを、23歳になった「君」は思い出すことはあるのだろうか。
きっと『23歳の夏休み』のような2人は、違いはあってもどこにでもいるだろう。いつも一緒に遊んでいたのに、なんとなく遊ばなくなった友達。決定的な喧嘩や別離があって、もう会わなくなってしまった友達。
まだ思春期や幼少期をただ楽しかっただけの思い出にできない、かといってもう子どもではない。そんな「23歳」に差し掛かる人に、今こそ聴いてみてほしい一曲だ。
TEXT つちだ四郎