「ずっと真夜中でいいのに。」から読み取るヒットの法則
2019年10月に自身初となるフルアルバム『潜潜話(ひそひそばなし)』を発売した『ずっと真夜中でいいのに。』。
デビューシングル『秒針を噛む』はYouTubeでのミュージックビデオ動画再生回数が2019年12月現在で3600万回を超えるほどの大人気アーティストですが、その実体は謎に包まれており作詞・作曲を担当するACAね(Vo)以外、メンバーの情報は公式には明かされていません。
いわゆる「覆面」のスタイルと圧倒的な演奏力で、音楽ファンに衝撃を与えたその手法からは、正確な計算によってはじき出された非常に賢いプロデュース術が見えてきます。
市場を明確に見据えた、自身を演出する術
ずっと真夜中でいいのに。が世界に初めてその姿を見せたのは2018年6月。
YouTubeへ突然『秒針を噛む』のミュージックビデオがアップロードされました。
全くの無名アーティストにも関わらず圧倒的な歌唱力と演奏力、そして一度聴いたら忘れられないキャッチーなサウンドとメロディーを備えたこの曲はネット上を中心に話題を呼び、短期間で驚異的な再生回数を叩き出しました。
楽曲の安定感を構成する要素として、『フィクサー/flower』で知られるボーカロイドクリエイターぬゆりによる編曲、Eve『お気に召すまま』などが知られるアニメーターWabokuが手がけたミュージックビデオ、そして何より透明感がありながら心地よいハイトーンボイスを響かせるボーカルのACAねの歌唱力があります。
YouTubeやニコニコ動画といったネット上の音楽市場において楽曲をヒットさせるために欠かせないのが「演出」です。
ボカロP、歌い手、あるいはバンドなどの個性あふれるクリエイターたちが投稿した膨大な量の作品の中で埋もれないためにはクオリティの高い演奏や歌唱力、ミュージックビデオやリリックビデオが欠かせない存在となってきます。
そしてライブ演奏と違い「途中で曲を停める」ことができるネット上での視聴に合わせてより長く、よりたくさん聴いてもらうために、再生したあとすぐに視聴者を惹きつけて離さない「瞬発力」も必要です。
『秒針を噛む』はデビュー曲にしてこれらの要素を全て兼ね備えています。
再生を開始してすぐに聴こえてくる印象的なピアノのイントロ、そして圧倒的な演奏と歌唱のクオリティ、他にはない独自の世界観を表現するミュージックビデオ。
全てが偶然の産物、とは言いにくいまでに計算され作り込まれた、ずっと真夜中でいいのに。の鋭い「演出」が光る一曲です。
全ての要素が緻密に計算され、明確に演出されているずっと真夜中でいいのに。は現代のインターネット音楽市場に最適化されたメソッドを実践しているようにも見えてきます。
トレンドを敏感にとらえる吸収力
音楽ファンのトレンドをとらえることはとても重要です。
2019年にデジタルシングルとして発売された『勘冴えて悔しいわ』では、初期に発売されたずっと真夜中でいいのに。のシングル楽曲とはサウンドの雰囲気が少し異なっています。
重厚な音作りでガッチリと固められたサウンドから一転、アコースティックで音数をシンプルにまとめた印象の楽曲になっています。
この楽曲で注目したいのは、ギターのパート。
例えば『秒針を噛む』ではアコースティックギターとワウの効いたエレキギターのコラボレーションがロックなカッコよさを生み出しています。
しかし『勘冴えて悔しいわ』では、まるでカントリー音楽のリフのような耳あたりがシンプルかつ飛び跳ねるようなギターサウンドが効果的な軽やかさを楽曲に与えています。
ポップソングにカントリー的なクリーンサウンドのギターを馴染ませる。
このサウンドには、かつて「浮雲」名義で東京事変に所属し、現在は星野源のバックバンドとして小気味良いリフを鳴らすギタリスト、長岡亮介のサウンドの影響があるように感じられます。
超一流アーティスト星野源の楽曲とともに密かに人気を集めるギタリストが日本のポップソング界にもたらした新しいサウンドを自分たちの楽曲の中で昇華していくずっと真夜中でいいのに。はその吸収力も非常に優れていると言えるでしょう。
「秒針を噛む」から聴きつなげる、オススメ3曲
ずっと真夜中でいいのに。のファーストシングルにしてキラーチューンと言える『秒針を噛む』から聴きつなげる、ハイクオリティな楽曲の数々から厳選したオススメの3曲を紹介します。最速のビートがクセになる「ヒューマノイド」
2018年11月に発売されたファーストミニアルバム『正しい偽りからの起床』に収録されている『ヒューマノイド』。
非常に速いテンポの中で打ち出されるキメや凄テクの数々。聴いているとあっという間に時間が過ぎてしまい、何度でもリピートしたくなるようなクセになる一曲です。
メンバーの演奏力がこれでもかと詰め込まれた最強のナンバーです。
キャッチーかつ大胆な転調術「こんなこと騒動」
『こんなこと騒動』では、曲を効果的に聴かせるテクニックのひとつとして「転調」を使用しています。
キーを上げてサビの雰囲気をガラッと変えたり、ラストサビをさらに盛り上げたりする効果を狙うのは一般的ですが、この『こんなこと騒動』ではそのテクニックを曲中の至る所に忍ばせ、展開を二転三転させていくことで鮮やかなイメージを打ち出しています。
その反面メロディは非常にキャッチーで、思わず口ずさんでしまうようなものになっています。
このバランス感覚が「音楽ファンを虜にしつつ、ボーカルの良さを最大限に聴かせる」というずっと真夜中でいいのに。楽曲の特徴となっています。
オトナなサウンドを聴かせる「蹴っ飛ばした毛布」
『蹴っ飛ばした毛布』では今までの鮮やかなイメージから一転、落ち着いて聴き心地の良いサウンドを聴くことができます。
演奏力で聴き手を圧倒するようなキラーチューンの数々とは違い、余白に想像の余地を残すような余裕を感じさせる構成となっています。
ここで聞こえてくるのがACAね作詞による文学的な歌詞。もどかしい気持ちと深みのあるサウンドが非常にマッチし、世界観の演出に一役買っています。
独自の路線を走り、進化し続ける
彗星のように現れ、音楽シーンに衝撃を残したずっと『真夜中でいいのに。』。
その後の進化は止まることを知らず、サウンド像を柔軟に変えながら常に新しいキラーチューンを生み出し続けています。
その成功の裏には、細部まで練りこまれた最適な演出方法のストイックな実践、そして最新の音楽トレンドを自分流で取り込んでいくアップデート力があるのです。
日本の音楽ファンのみならず世界中を相手にそのサウンドを響かせ続けるずっと真夜中でいいのに。から今後も目が離せません。
TEXT ヨギ イチロウ
ずっと真夜中でいいのに。は作詞・作曲・ボーカルのACAねによる、特定の形をもたない音楽バンド。 YouTubeチャンネル登録数175万人を超え、YouTubeの総再生回数は4.2億回、初投稿楽曲「秒針を噛む」は現在9,500万回再生を突破。 1st mini ALBUM『正しい偽りからの起床』は第11回CDショップ大···