「人間の代替品」としての哀しさを描いた楽曲
『初音ミクの消失』は、ボカロPのcosMo@暴走P(コスモ アット ぼうそうピー)によるボーカロイドのオリジナル楽曲です。
SHORTバージョンが2007年に投稿された後、2008年にLONGバージョンが投稿されています。
楽曲の最大の特徴は、240BPMを超える高速のテンポとそれに合わせた早口の歌詞です。
ボカロ楽曲は、テンポが早いものが多く、歌詞もやや早口なものが多いなか『初音ミクの消失』は群を抜いた速さで、一気に注目を集めました。
ニコニコ動画では、LONGバージョンの投稿から2日で10万回再生、7ヶ月で100万再生、2020年4月現在では890万回再生を記録しています。
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ボクは生まれ そして気づく 所詮 ヒトの真似事だと
知ってなおも歌い続く 永遠の命
「VOCALOID」
≪初音ミクの消失 歌詞より抜粋≫
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楽曲の最初は畳み掛けるような語りの歌詞から始まります。
歌詞の内容は「初音ミク」というボーカロイドのキャラクターの境遇について言及しています。
自身の機能について「所詮人の真似事」と形容した歌詞は印象的で、引き込まれます。
楽曲を制作したcosMo@暴走Pは『初音ミクの暴走』『鏡音レンの暴走(LONG VERSION)』など、BPM200を超えるハイテンポな楽曲を多数投稿しているボカロPです。
cosMo@暴走Pの楽曲は、シリーズごとに世界観を共通させているものが多く「消失ストーリー」「空想庭園シリーズ」などと言われています。
矛盾を抱えたボーカロイドという存在
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たとえそれが 既存曲をなぞるオモチャならば……
それもいいと決意 ネギをかじり、空を見上げ涙をこぼす
≪初音ミクの消失 歌詞より抜粋≫
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膨大な語り歌詞の中で、初音ミクは「オモチャ」つまり道具としての自分と「涙をこぼす」血の通った人間らしさを持つ自分との、2重の存在を自覚していることが分かります。
道具であればずっと使ってもらえますが、そこに感情を入れれば「ボカロ」としては適しません。
また「涙をこぼす」ことのできる人間であれば、感情を乗せて歌うことに喜びを感じることはできますが、いつかは死んでしまい、忘れ去られてしまいます。
この歌詞はボーカロイドというソフトの特徴と、初音ミクという設定付けされたキャラクターの特徴を示したものであり、そこには葛藤がみえ隠れしています。
機械でもあり人間でもある初音ミクという特殊な存在の哀しさが、ここでは描かれているように考えられます。
自らの存在意義を示したラスト
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たとえそれが人間に かなうことのないと知って
歌いきったことを決して無駄じゃないと思いたいよ
≪初音ミクの消失 歌詞より抜粋≫
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楽曲のラストでは、初音ミクは自分を「人間(オリジナル)にかなうことのない」と表現しています。
ここで、ボーカロイドというソフトが開発された歴史を見ていきます。
ボーカロイドは、歌は歌えないが作曲や作詞ができるクリエイターに向けたツールとして制作されました。
しかし、いざボーカロイド楽曲が投稿されると、今度はそれを見た歌手が「歌ってみた」としてカバーした楽曲を投稿します。
ニコニコ動画では、作曲者と歌手が頻繁にコミュニケーションを行い、多くの「歌ってみた」動画が投稿され人気を集めました。
「歌ってみた」動画の中には、オリジナルのはずのボーカロイド楽曲よりも人気を集めることさえありました。
もちろん作曲者と歌手とのコミュニティツールというのは良いものなのですが、最初にオリジナルとして歌った初音ミクというキャラクターにとっては、それは手放しで喜べるような状況ではありません。
ラストでは「歌手としての」ボーカロイド初音ミクが忘れ去られ、失われてしまう状況を嘆き、その存在意義を改めて主張しているように感じます。
今回は『初音ミクの消失-DEAD END-』の歌詞について考察しました。
ただ早口の歌詞というだけでなく、ボーカロイドという存在の価値について言及された「深い」楽曲だと思います。ぜひじっくり歌詞も聴いてみて見てくださいね。
TEXT 空野カケル