20年に及ぶ活動の末たどり着いたニューアルバム「inK」
今や日本のダンスミュージック界を引っ張る存在となったw-inds。代表曲のひとつ『Forever Memories』に聞き覚えのある人も多いのではないでしょうか。
2001年のメジャーデビューから20周年を迎えようとする圧倒的なキャリアを誇りながら、ダンス&ボーカルユニットとしての活動をストイックに続けてきた彼ら。
その長きにわたる活動を常に支えてきたのが、メインボーカリストでありながら現在はグループのセルフプロデュースも行うメンバー・橘慶太の存在です。
2020年3月、橘慶太は自身が手掛けるソロプロジェクト「KEITA」名義にておよそ4年ぶりとなるニューアルバム『inK(インク)』を発表しました。
2013年のデビューシングル『Slide’n’Step』の発表以来精力的にソロ活動を続けているKEITA。
過去の音源に耳を傾けてみると、それぞれの作品が独自の音楽的切り口を提示。
ハイクオリティな音楽を追求しているのがわかります。
海外の音楽シーンにも通ずる最先端のサウンドメイキングを取り入れ、多くのミュージシャンやクリエイターから注目を集めている彼。
その最新作とあって、『inK』はファンのみならず音楽シーン全土で話題を呼び続けています。
また今回のアルバムでは新たな試みとして「全楽曲の全工程」をKEITA自身が手掛けており、作詞・作曲はもちろん編曲やミックス、マスタリングなど全てのプロセスに携わっています。
そしてなんと今をときめくクリエイター岡崎体育との一大コラボレーションも実現。
2つの才能が共鳴し合う化学反応にも注目が集まっています。
欧米の音楽シーンと並行しながら追い求めてきた「日本式」ダンスミュージックに対するKEITAならではの解釈を取り入れ、その音楽性が色濃く反映された仕上がりとなっている本作。
2020年代の邦楽を語る上でも外せない名盤のひとつとなっていくかもしれません。
今回の記事では、『inK』収録の全14曲を独自の視点で徹底解説。
満を辞して邦楽シーンに放たれた、KEITAが紡ぐ新世代のサウンド。そのあふれる魅力を紹介します。
「Don’t Leave Me Alone」
アルバムのトップバッターを飾るのは『Don’t Leave Me Alone』です。
楽曲を再生してすぐ耳に飛び込んでくるのは、柔らかく壮大なシンセのサウンド。
クールなアルバムの世界観を存分に表現する幕開けに、思わず心を奪われてしまいますね。
そして聴こえてくる、KEITAの透き通るようなボーカル。
w-indsでの活動でもボーカリストとしてグループを引っ張ってきた彼ならではの繊細な息遣いが、楽曲に洗練された印象を与えています。
テンションそのままに突入するサビでは、現在進行形のトレンドを真っ直ぐに捉えた良質なEDMサウンドが炸裂。
独自のアレンジセンスによって構築されたビートに、思わず体が動いてしまいますね。
「Be On The Stage」
『Be On The Stage』では一気に雰囲気を変え、ゴージャスで煌びやかなサウンドが展開されます。
楽曲全体を支配するのは、アメリカンな現代ヒップホップからの影響も感じさせるドラムマシンのダイナミックな響き。
またメインリフとしてイントロやサビに登場する大胆な管楽器や「ドゥーン」とずっしり響く重低音のベースからも、まさにヒップホップ的な音像の研究がありありと浮かび上がってきます。
そんなパーティ・サウンドの合間を軽やかに飛び回るKEITAのボーカルも魅力の一つ。
繊細な声質で楽曲にクリアな印象をプラスすることによって、海外シーンの模倣にとどまらない独自の作品を作り上げています。
「Around N Around」
『Around N Around』ではw-inds『DoU』にて共同作曲経験のあるJUNEを今回も作曲に迎え、楽曲に隠し味のスパイスを加えています。
サウンドの仕上がりは、歌詞のイメージをダイナミックに伝えるような「歌モノ」ヒップホップの雰囲気を受け継ぎ、まるで海外のビートメイカーが手掛けたようなバックミュージックは非常にハイクオリティ。
柔らかみのあるなシンセサウンドが響き、聴き手にエモーショナルな感情を届けています。
エレクトロニックな声質を実現するために、音程を変化させるエフェクトを用いたKEITAの歌声にも注目。
彼がアルバム全体で掲げる最先端な音像の魅力を最大限に増幅させています。
「Lonely Night」
変幻自在な声色の使い分けが異次元レベルにまで達しているのがこの『Lonely Night』。
YouTubeにて公開されている公式オーディオビデオのコメント欄には「コラボしてるのかと思った!」との声も寄せられるほど。
高音から低音までをカバーするだけでなく、声質までもを自由に操るKEITA。
再生してすぐに飛び込んでくる絹のように滑らかなハイトーンボイスから、ラップのパートで聴くことができるエッジーな声まで、彼のボーカリストとしての才能が存分に発揮された楽曲に仕上がっています。
丁寧な日本語で紡がれた歌詞も非常に完成度が高く、落ち着いた雰囲気のサウンドと相まって特別な時間を聴き手に与えてくれるはずです。
「I Gotta Feeling feat. ISH-ONE, GASHIMA」
『I Gotta Feeling』では2人のアーティストをフィーチャー。
前半のラップを担当し、独特な声色で流れるような雰囲気を打ち出すのは海外での活動を経て高い評価を得ているラッパー・ISH-ONE。
得意の英語を織り交ぜたクールなリリックを展開しています。
続く後半のパートはフリースタイル界でも独自の存在感を放っているGASHIMAがラップを担当。
非常に耳触りのよく気持ちいいライム(韻)で楽曲の完成度を高めています。
そして何よりの聴きどころは、サビで颯爽と現れ楽曲を支配するKEITAのメインボーカル。
シティポップや邦ロックのフィールドにも通じるオシャレなサウンドをしっかりとまとめあげています。
「Tokyo Night Fighter feat. 岡崎体育」
『Tokyo Night Fighter』でまさかのコラボレーションを果たしたのは、邦ロック界のみならず様々な分野で独自のサウンドを展開し、今をときめくクリエイターのひとりに数えられることも多い岡崎体育。
こちらの楽曲ではボーカルだけでなく作詞、トラックメイクにも参加。
異なるジャンルをルーツとする2つの才能がぶつかり合うハイレベルなコラボに注目が集まっています。実は歌詞の中にアイドルのMIXも入っているので、そのあたりにも注目して聴いてみてください。
クールな「Tokyo」のイメージを投影させたかのようなMVの完成度も抜群。
サングラスがクールにハマるKEITAのビジュアルと対照的にコミカルな役に扮する岡崎体育。
そんなところにも岡崎体育らしいエンターテイメントな魅力がぎゅっと詰まっていますね。
「Too Young to Die」
盛り上がったアルバムのトーンを落ち着かせ、さらにその世界観に引き込むような魅力を持っている『Too Young to Die』。
タイトルの意味は「死ぬにはまだ早い」。
雰囲気抜群の心地よい楽器の音色を最大限に引き立たせるべく、ミニマムにまとめられたサウンドが静かに心を打つ楽曲です。
『inK』の制作プロセスが持つ要素と相まって、YouTubeのコメント欄に寄せられたファンの投稿からは「Billie Eilishっぽくてカッコいい」との声も。
世界を視野に入れた最先端のトレンドを追いかけるKEITAならではのトラックメイキングがサウンドに活かされている証拠ではないでしょうか。
「Live For Yourself」
クールなKEITAの魅力がアルバムの中でも一際輝いて聴こえるのが『Live For Yourself』。
加速していくアルバム後半の一体感をさらに後押ししています。
うごめくように響く重低音に絡むシンセの音色が、楽曲の持つハートフルなメッセージを最大限に表現。
より注意深く聴いていくと浮かび上がってくる、エレクトロニックな雰囲気を感じさせる中盤のシンセパートは音楽ファンも必聴の瞬間でしょう。
そんなダイナミックなトラックの上を縦横無尽に駆け抜けるKEITAの歌声も圧巻の一言。
デビュー以来磨き続けてきた高音域の美しさがこれでもかというほどに発揮され、楽曲の完成度を高めています。
「Hopeless Place」
『Hopeless Place』では、またもや変幻自在なKEITAの歌声が聴き手を魅了。
柔らかなシンセが響く多幸感溢れるイントロに続いて飛び込んでくるのは、セクシーな魅力を存分に携えた低音のボーカル。
歌詞のひとつひとつを大事にしながら丁寧に言葉を紡いでいきます。
そしてタイトルにも使われているキーワード「Hopeless=絶望的」の通り、歌詞には「すれ違い」といった言葉が登場。
あたたかなサウンドとの対比が思いがけない相乗効果を生み、聴き手の感情をこれでもかと揺さぶります。
エモーショナルな気分をそっと寄り添うように引き立ててくれるこの楽曲は、まさに「名曲」と呼ぶにふさわしいものかもしれません。
「Y.E.S」
軽やかなドラムのサウンドがまさにトレンド全開、テンションを高めてくれる『Y.E.S.』。
ダンスチューンとしてのサウンドを高い完成度で表現しつつ、KEITAの作品ならではの楽曲自体の良さが存分に詰め込まれた一曲となっています。
しっとりと聴かせるイントロからAメロに移っていく流れの巧妙さで聴き手のハートをしっかりとキャッチ。
心地よいKEITAの歌声に耳を傾けていると、勢いそのままにノリノリなサビに突入します。
メッセージがギュッと詰まった歌詞を最大限に増幅させる、キャッチーなサビのメロディも聴きどころの一つ。
いち作曲家としての確かな才能が楽曲に緊張感を持たせることに成功しています。
「Nothing Lasts Forever」
ポップソングらしい魅力がたっぷり詰まっている『Nothing Lasts Forever』。
ダンスミュージックならではのダンサブルな印象を与えつつも、歌モノとしての完成度も非常に高いこの楽曲。
心地よいバラードを演出すべくタイトに引き締まったサウンドに載せられるKEITAの歌声は、ささやくように優しく聴き手を包み込みます。
海外を中心にトレンドの主流になりつつある短い曲の中でも、しっかりと抑揚を持った展開を忘れない編曲の手腕はさすがの一言。
スマートにまとめあげられた展開からは、十分に武器となりうる派手なサウンドや声質の美しさだけに頼らず「実力」を駆使するKEITAの才能を感じ取ることができます。
「Give Me Somemore」
楽曲全体に切ない空気感を漂わせる『Give Me Somemore』。
KEITAが放つ言葉に胸を締めつけるような感覚すら覚えるような、エモーショナルな一曲に仕上がっています。
静かなシンセのイントロに続いて、KEITAがきめ細かいボーカルを響かせメロディを紡ぎます。
ドラムマシンが静かな盛り上がりを見せて雰囲気そのままに突入するサビ、メインリフのパートでは極限まで研ぎ澄まされたシンセの音色が響きます。
まるで「サムライ」のようなスマートさで静寂すらも「魅せる」サウンドの作り方は、日本人ならではの視点で海外シーンを見通すKEITAならではの特徴と言えるかもしれません。
「Angel」
繊細で落ち着いた雰囲気をまとっているアルバム後半の展開を象徴する一曲が『Angel』。
タイトルの通りに幻想的な楽曲となっています。
イントロから耳に飛び込んでくる柔らかいストリングスのサウンド。
そこにエッジの効いたドラムの音色が重なっていき、鮮烈な印象と共に強烈な個性を放っています。
中盤に訪れるラップのパートも聴きどころのひとつ。
まるでゲストボーカルを迎えたかと錯覚してしまうほどに声質のイメージをガラリと変え、心地よいリズムで巧みなラップを聴かせてくれます。
エッジが効きつつも優しさのある低音ボイスの心地よさもやはり逸品。
多彩なKEITAの歌声を存分に堪能できる一曲と言えるでしょう。
「Someday」
アルバムの集大成にして『inK』にて初収録の新曲となる『Someday』。
作り込まれたサウンドが耳に楽しいダンスチューンの数々とは打って変わって、ピアノと歌声というシンプルな構成の楽曲に仕上がっています。
必要最小限のサウンドの中ではっきりと浮かび上がってくるのは、ソングライター・KEITAの姿。
ダンサー、ボーカリスト、プロデューサーなど多彩な活躍を見せる彼の、最もシンプルなひとりのアーティストとしての姿がそこには存在しています。
自身が紡ぐ言葉のひとつひとつを、丁寧にメロディに乗せて歌い上げる。
長いキャリアを共にしてきた音楽を相手に、真摯に向き合う真っ直ぐな姿勢が聴き手にも伝わってきます。
2020年ダンスミュージックの「定義」がここにある
アルバムに収録の全14曲、そのどれもがKEITA自身の類稀なる観察眼とセンスを用いて構築された個性あふれるものばかりです。
デビュー以来音楽シーンの最前線で積み上げてきたその経験から、ボーカルやラップ、サウンドメイクまで全ての役割をひとりでこなしてみせるほどの器用さを身に付けたKEITA。
そんな全ての能力を純度100%の濃密さで注ぎ込んだアルバムだからこそ、『inK』には圧倒的な個性とパワーが備わっているのではないでしょうか。
ほとんどの制作プロセスを自らが担当することによって、どの楽曲にも細やかなこだわりが行き届いており、一秒たりとも油断のならないアーティスティックな作品に仕上がっています。
KEITAが『inK』を通して打ち立てたのは、日本における最新式ダンスミュージックの定義。
日本人だからこその視点で現在進行形の海外音楽シーンを見通し、大胆にそれを取り入れ、美しく昇華して見せるKEITAの才能には驚いてしまいますね。
そんな才能に感化されたアーティストが接近し、コラボレーションすることによって見事な化学反応を起こしているのも音楽ファンには嬉しい事実。
2020年代もダンスミュージックシーンを牽引する存在になるであろうクリエイター、KEITA。
その揺るぎない第一歩として『inK』はマスターピースと呼ばれ、聴き継がれていくかもしれません。
KEITAの今後の活動からも、目が離せませんね。
TEXT ヨギ イチロウ