切ない恋物語の始まり
U-ji aka 霊長類Pのヒット曲として知られる『Chip Tears』は、2009年に公開された初音ミクオリジナル曲です。
明るいテクノポップと裏腹に悲しい歌詞が胸に残る切ない失恋ソングと、一時停止しても動き続ける不思議なギミック動画で当時話題になりました。
『Chip Tears』といえば、チップチューン系テクノポップという独特なサウンドが特徴的な楽曲。
その魅力に憑りつかれた人々がこぞってリミックスした曲でもあります。
ボカロPのMineKがリミックスを手がけた、MEIKOバージョンも人気を博しました。
また2017年に歌い手・腹話が歌ってみた動画を投稿したことにより、再び注目を浴びています。
ニコニコ動画での公開後、瞬く間に人気を博し、約12年経った今でもたくさんの人に愛され続ける理由とは?
歌詞を基に紐解いていきましょう。
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君が一言言った言葉が
頭の中をグルグルと
めぐりめぐめぐってしまって
深いため息が出るわ
≪Chip Tears 歌詞より抜粋≫
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「君」から言われたある一言が忘れられずに思い悩んでいる場面から始まります。
きっと予期せぬ出来事だったのでしょう。
失恋した直後は、なかなかその事実が受け入れられず何度も過去を思い出してしまうもの。
ましてや相手から終わりを告げられたならなおさら受け入れるのに時間がかかります。
あの時もっと違う言葉をかけていれば、もっと「君」と一緒にいられたかもしれない。
今更考えてもしょうがないのはわかっていても、後悔せずにはいられません。
誰しも一度は通るであろう心の葛藤が、真っすぐな言葉で綴られています。
「私」と「君」の関係
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君の事を こんなにも
大切に思っているよ
いつでも君のそばにいて
ねぇ 笑っていたかったよ
≪Chip Tears 歌詞より抜粋≫
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ここで「私」にとって「君」がどれほど大きな存在であったかを語っています。
この先もずっと一緒に笑っていたいと願うほど、大切な存在である「君」。
もう一緒にはいられないと知っていてもなお、心は「君」に支配されたままのようです。
永遠とは言えなくても、長い時を共にするはずだった「君」との未来が閉ざされます。
残酷にも別れとは、いつも突然やってくるものです。
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一緒に帰る道で
君が突然
「好きな子ができたんだ」
だって…
≪Chip Tears 歌詞より抜粋≫
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「君」から伝えられた「好きな子ができたんだ」という衝撃の告白。
冒頭の歌詞にあった「君が一言言った言葉」とはこの言葉だったのですね。
ただ「別れよう」という一言が歌詞中にないことから、「私」の一方的な片思いだったのではないでしょうか。
そして一緒に帰っている様子から「私」と「君」はかなり親しい関係だったことも伝わります。
ここから考察するに、「私」は「君」と幼馴染で、いつも一緒に帰るほど仲の良い関係なのではないでしょうか。
「私」が「君」に密かに想いを寄せるも、関係を崩したくないがゆえに告白することができなかったようです。
いつか言えたらいいなと思っていた矢先、「君」から「好きな人ができたんだ」と告げられます。
そうして「私」の想いも閉ざされてしまったようです。
聴いてるこちらが胸が締め付けられるような切ない展開。
行き場を失ってもなお「私」の心に残り続ける想いを乗せて、楽曲はサビに突入していきます。
繰り返し伝えたいあるメッセージ
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この気持ち この涙
あの空に飛ばしてみる
青く澄んだ空がほら
目の前いっぱい広がるよ
≪Chip Tears 歌詞より抜粋≫
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何度も一緒に通った帰り道を、これからは1人で歩かなくてはなりません。
もう隣にはいない「君」を想いながら、涙を流して帰っている様子が伝わります。
見上げるとそこには、青く澄み渡った空。
いっそこの想いが空まで飛んでいけばいいのに、そう考えながら見上げているのでしょう。
手の届かないところへ行ってしまった「君」。
そんな「君」への気持ちも、空のように手の届かない場所へ飛んで行ってしまえば忘れられるのに。
そう思わずにはいられません。
早く忘れたいのに、忘れられない。
誰かを想う気持ちは、そう簡単には消えないようです。
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この気持ち この痛み
どこか遠くへ飛んでけ
好きなもの食べてみて
私に優しくしてあげよう
≪Chip Tears 歌詞より抜粋≫
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「好きなもの食べてみて 私に優しくしてあげよう」という歌詞は「私」が自身にかけている言葉のようでもあり、同時に聴き手に語りかけているように取れます。
人は生きていれば必ず心を痛める出来事にぶつかります。
その心の痛みをずっと抱えて生きていくのは辛く耐え難いことです。
ですから、その痛みをどこか遠くへ飛ばすために、傷ついている自分に優しくしてあげる。
心に痛みを抱えていることも、その苦しみも、一番知っているのは「私」だから。
「私」に優しくできるのは「私」だけ、と優しく語りかけているようです。
このサビ部分の歌詞は最後再び繰り返されます。
フレーズを何度も繰り返すのはテクノポップの特徴でもありますが、こうして繰り返すことでより強くメッセージを伝えているのではないでしょうか。
その証拠に『Chip Tears』の動画には、このサビのフレーズが好きだというコメントがかなり寄せられています。
聴き手にそっと寄り添う優しい歌詞が何度も繰り返されることで、印象強く心に響いたのではないでしょうか。
真っすぐな歌詞と心地いいテクノポップがそっと心に寄り添う
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君の隣で笑っている
長い髪の毛の人が
私じゃなくてこんなにも
辛い気持ちになるなんて
≪Chip Tears 歌詞より抜粋≫
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「君」と彼女が一緒に帰る姿を目撃してしまった切ない場面から2番が始まります。
「君」の隣にいた「長い髪の毛の人」だった「私」は、とうとう過去になってしまったようです。
当たり前だと思っていた日々を突然失ってしまい、戸惑っている様子が伝わります。
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君のこんな 表情
私見た事が無かった
君があんなに照れる姿を
私見た事が無かった
彼女と比べてみて
私 どこが
いけないのかななんて
聞けず…
≪Chip Tears 歌詞より抜粋≫
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彼女といる「君」はまるで別人のようにころころと表情を変え、楽しそうな様子。
「君があんなに照れる姿を見たことがなかった」との歌詞から、「君」の彼女だけに向けられた特別な感情が伝わります。
「彼女と比べてみて 私どこが いけないのかななんて 聞けず…」という歌詞は、本当は彼に直接聞きたかった質問なのでしょう。
しかし聞くこともできず、心の中で呟くだけ。
「君」に「好きな人」と言ってもらえるためには、何が必要だったのか。
彼の心を射止めた彼女にあって私にないものは何だったのでしょうか。
今更考えてもしょうがないとわかっていながらも、1%でも可能性があるのなら賭けてみようと無意識に考えているのでしょう。
私の「君」への心残りが伝わる切ない歌詞ですね。
『Chip Tears』が何度も注目を浴びる理由は、時代を問わないテクノポップと真っすぐな歌詞の融合にあるのではないかと考えられます。
昭和のトレンディドラマにも起用されていそうな懐かしい曲調は、平成や令和を生きる若者には新鮮かつ斬新。
思わず口ずさんでしまうような印象的なメロディーが多く使われています。
それでいて、難しい言葉を使わずに真っすぐな言葉で綴られた歌詞には共感する部分が多く、歌詞の情景も浮かびやすいのではないでしょうか。
そしてなによりも、サビの暖かいメッセージ。
行き場のない想いにそっと寄り添ってくれる優しい歌詞が、聴き手の心にいつまでも残り続け何度も聴きたいと思わせます。
10年以上経った今も色あせることなく、名曲として残り続けるのにはこうした理由があるのではないでしょうか。
疲れた心を心地いいリズムと飾らない真っすぐな歌詞で癒してくれる『Chip Tears』。
きっとあなたの心にも寄り添ってくれることでしょう。
TEXT マチオカ アム