「楽器の墓場」で出会った二人
YOASOBIが1月6日にリリースしたファーストアルバム「THE BOOK」。
物語を音楽にする活動で有名なYOASOBIですが、その姿勢はアルバムタイトルにも色濃く表れています。
アルバムに収録された楽曲それぞれからも、音楽と物語を結ぶという新たな試みに対する気迫が見てとれます。
2020年7月、YOASOBIがmonogatary.comと共に主宰した文芸(小説)コンテスト、その名も「夜遊びコンテスト vol.1」。
この大賞作を原作にした楽曲が「THE BOOK」に収録されています。
「THE BOOK」のエピローグの次、2曲目に現れる楽曲が「アンコール」です。
『アンコール』は、Googleの5G対応スマートフォン“Pixel 5”と“Pixel 4a(5G)”のCMソングにも起用されています。
水上波下著「世界の終わりと、さよならのうた」のストーリーをなぞりつつ、切ないメロディに乗せて綴られた「アンコール」の物語を紐解いていきます。
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薄暗闇に包まれた
見覚えのない場所、目を覚ます
ここは夜のない世界
今日で終わる世界
そんな日にあなたに出会った
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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「終末宣言」が出された世界が舞台の小説「世界の終わりと、さよならのうた」。
「明日世界が滅びる」と言われた世界でふと一人の女性が目を覚ますと、彼女は無数の楽器が置かれた廃屋に横たわっていました。
そこに現れたのは一人の男性。
彼が言うには、そこは「楽器の墓場」だそう。
終わりを目前にした世界、墓場というディストピアで二人は出会うのです。
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好きにしていいと
それだけ残して
何処かへゆく
あなたの音が遠ざかってく
そしてまたひとり
淀んだ空気の中で
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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彼女にとって不思議と居心地の良い廃屋は、世界の終わりの混乱で疲弊した彼女の心を、徐々に癒していきます。
楽器に囲まれたその部屋で、古びたグランドピアノに触れるのです。
殺伐とした世界。
希望を諦め死んだように生きていた彼女は、かつて愛していたピアノを再び弾き始めます。
音楽が希望の意味を成す
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ありふれたあの日々をただ思い返す
終わりが来ることを待つ世界で
辛い過去も嫌な記憶も
忘れられないメロディーも
今日でさよなら
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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彼女の母親はピアニスト、父親は作曲家でした。
そんな両親のもとで育った彼女は、周りからの期待に押しつぶされいつしかピアノを嫌うようになります。
両親からの眼差しや夢から逃げるようにピアノから離れた彼女ですが、またこうしてピアノに触れて、やはり自分は音楽を愛しているのだと気が付きます。
思い出したくもないつらい過去の記憶でも、その中に残る大切なメロディが確かに存在していたのです。
音楽の大切さに気が付いても、世界は今日で終わってしまう。
愛するものを抱えながら終わりを待つことしかできない無力さや非常さが、YOASOBIの切ないメロディで助長されます。
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ひとり車を走らせる
営みの消えた街の中を
明日にはもう終わる今日に
何を願う
何を祈る
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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廃屋を「楽器の墓場」と呼んだ彼は、世界最後の日も人々に捨て去られた楽器を探しに街に出ます。
走らせた車のラジオから流れるのは、ノイズ混じりのクラシック。
終末によく似合う「ハレルヤ」のコーラスでした。
神などいない世界を嘲笑混じりに憂う、彼の気持ちが紡がれたフレーズでしょう。
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何処かから不意に
微かに聞こえてきたのは
ピアノの音
遠い日の音
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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彼が廃屋に戻ると、中からは彼女が弾くピアノの音色が聴こえてきます。
何もかもが奪われてしまう世界で自分の帰りを待ってくれる人がいる喜び、そしてきっと、それだけではない感情が、彼の凍えた心を溶かしていきます。
ありふれたあの日々をただ思い出す
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誘われるままに
呼吸を合わせるように
重ねた音
心地良くて
懐かしくて
幾つも溢れてくる
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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古びた楽器ばかりが集まった倉庫でただ一つだけ、美しく保たれた楽器がありました。
彼女は微笑みながら、手入れの行き届いたそのギターを彼に勧めます。
合奏しようという彼女の誘いに、彼は返事を渋ります。
それでも、今日で世界は終わるのだから、終わってしまうのだからと彼女が半ば強引に説き伏せ、合奏が始まります。
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いつしか蓋をして閉じ込めていた記憶
奏でる音が連れてきた思い出
気が付けば止まったピアノ
気が付けば止まったピアノ
いつの間にか流れた涙
続きを鳴らそう
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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彼が捨て去られた楽器を集めていた理由。
彼女との合奏で心を解した彼は、ポツポツとその過去を語り始めます。
かつてはギタリストとして生活していたこと。
彼がギターを、親友はキーボードを弾いていたこと。
二人は日本中を旅しながら演奏してきたこと。
終末宣言が出され、その暴動に巻き込まれた親友が行方不明であること。
生きているかも分からないまま、この世界が終わってしまうこと…
どうすることもできない事実にやるせない感情が溢れるこの場面には、情緒的なフレーズが寄り添います。
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今ここで好きなようにただ音を鳴らす
最後の日に二人きりの街で
ありふれたあの日々をただ想い奏でる音が
重なり響く
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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音楽を愛してやまない二人が運命のように出会い、世界の終わりを迎えるストーリーはどこまでも悲しくてやるせないものです。
しかし、どこか夜明けのような明るさも感じられるのは、二人が終わりを恐れず、今を思い切り生きる姿を見せるせいでしょう。
世界が終わる直前に始まった物語は、二人の過去を包み込んで終末へと進んでいきます。
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明日世界は終わるんだって
もしも世界が終わらなくって
明日がやってきたなら
ねえ、その時は二人一緒に
なんて
≪アンコール 歌詞より抜粋≫
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終わりが来ることを待つだけの世界で、音楽は無力です。
腹も満たされなければ、寒さを凌ぐこともできません。
しかし、孤独と闘う見知らぬ誰かを勇気付けたり、心を温めてくれるような力はあるのだと、彼女は信じています。
絶望の淵にも音楽があれば、ほんの少しの生きる力になる。
そんなメッセージが込められた物語「世界の終わりと、さよならのうた」。
自身の辛さも苦しみも音楽で分かちあった彼らは、「もし世界が終わらなかったら」と脳裏で考えるようになります。
彼が何を思ったのか、彼は彼女に何を伝えたいのか。
気になる方はぜひ、原作の小説を読んでみてくださいね。
『アンコール』の歌詞と共に読み進めると、きっと新たな感動がありますよ。
終わりの中に滲む希望の歌詞
終末世界が舞台の小説を原作とした楽曲『アンコール』。
切ないメロディに乗る歌詞は、やるせない気持ちが多くありながらも、その中にほんのり光る希望が聴く者の心を揺さぶります。
ファンタジーな世界観でありながら、子供から大人まで感涙するリアリティも持ったストーリーです!
ぜひ一聴、一読してみてください。
TEXT DĀ