南雲ゆうきが描き下ろした卒業ソング
現在、第3話まで公開されている本シリーズ。毎話、青春の1ページを切り取ったような内容に仕上がっています。キャラクター原案を人気少女漫画『君に届け』の作者である椎名軽穂が務め、学生ならではの甘酸っぱいストーリー展開が魅力です。
第2話「雪の日、あの曲がり角で」では、2人の男子高校生の出会いから旅立ちまでを追っています。
ムードメーカーのアキラとクールなトオル。本編では、一見正反対な性格の2人がお互いに良い刺激を与えながら成長していく過程が描かれています。
それぞれのキャラクターを、人気声優の江口拓也と花江夏樹が務めたことでも大きな話題となりました。
『名前のない日々へ』を書き下ろしたのは、若くして活躍中のボカロP南雲ゆうきです。
彼は、この楽曲について「卒業した後もふと学生時代の事を振り返る瞬間に優しく寄り添えるような曲」と語っています。
yamaを「大人びた印象がありながらも少年のような純朴さを内包している歌声」だと絶賛。この友情物語を丁寧に描き出すにあたって、yamaの歌声が欠かせなかったことが分かります。
一方のyamaは「何気ない日常の景色や季節の描写から少しアンニュイさや切なさを感じ、盛り上がる部分では鮮やかさと空間の広がりを味わえる楽曲」とコメント。
普段の生活の中に際限のないイマジネーションが自然に織り込まれ、繊細さと雄大さが共存した楽曲になっています。
多感な時期だからこそ得られる様々な感情
----------------季節は冬。夜更けなのか早朝なのか、空はまだ暗いようです。
青色の声が遠く響き
3度目の寝返りを打つ
微睡みを抜け出せない
冷たい空気が肺を伝う
天気予報初雪を報せ
町が白く染まると
唇はささくれていく
面倒は積もる
雪のように
≪名前のない日々へ 歌詞より抜粋≫
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どこか遠くで響く声が主人公の元に届くほど辺りは静寂に包まれています。
公式MVでは、1人の青年が窓の隙間から雪の降る夜空を眺めている映像が印象的です。
「青色の声」というように、この楽曲では色を交えた表現がたくさん見られます。
青という色から想像するに、どこか物憂げだったり寂しさを含んだような響きだったのではないでしょうか。
浅い眠りの中でまどろむ主人公。ふと吸い込んだ空気は、雪が降る前のように冷たく澄み切っています。
つづく「天気予報初雪を報せ」という印象的なフレーズが、日常風景を鋭く映し出しています。
とめどなく降り積もる雪は誰もコントロールすることが出来ません。主人公の心に溜まっていく面倒な気持ちも、雪と同様に本人の意思とは関係なく勝手に降り積もっていくのでしょう。
「唇はささくれていく」とは、乾ききってささくれだった彼の心を表しているのではないでしょうか。
ここまでの歌詞の内容を『レインボー・ファインダー』「雪の日、あの曲がり角で」のアニメと照らし合わせてみると、クールな青年「トオル」の内面を描き出しているように感じられます。
親友アキラと出会う前のトオルは、何事にも無気力で興味が持てず、高校受験も適当にしか考えていませんでした。それが受験当日、たまたま出会ったアキラのアクティブさや一生懸命さに魅せられ、世界の見え方が変わっていくのです。
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限りある時の中で
季節は移ろう
形ないもの抱きしめた
あの景色が霞んでも
僕たちは
溺れるくらいの
色で溢れる
忙しない日々をまた笑おう
≪名前のない日々へ 歌詞より抜粋≫
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青春に彩られた学生生活は、有限で儚いものだからこそ、より一層尊いものですよね。
「季節は移ろう」という言葉が、1年という時の流れを美しく表現しています。
ここで言う「形ないもの」とは、恐らく様々な経験の中で感じた「感情」を意味するのではないでしょうか。
相手に対する感謝や愛おしさ、時には衝突から生まれる苛立ちもあるかもしれません。
学生時代は他人と接する機会が一気に増えますから、今まで自覚したことの無かった感覚が生まれるのもうなずけます。
もし、当時の状況や記憶が鮮明に思い出せなくなったとしても、その時に自覚した感情は大人になっても自分の中に残り続けるのです。
これまでに得た様々な感情を「色で溢れる」と多彩な色に置き換え、カラフルに彩られた日々を思い出してまた笑おうというメッセージが込められているように感じます。
過去を振り返ることで肯定できる「今」
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鈍色の空が街を包み
液晶は呼吸を止める
人混みを潜り抜けて
ふと見上げてみる
星は居ない
街灯が僕を照らしだした
ひとり辿り着いた答え
君の目にどう映るのだろうか
この夜空は
≪名前のない日々へ 歌詞より抜粋≫
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「鈍色(にびいろ・にぶいろ)」とは、濃い灰色を意味します。
つまり「鈍色の空」とはどんよりとした曇り空のこと。
頻繁に液晶が切り替わり、人が多くて、空を見上げても星が見えない。どうやら現在この主人公は地元を離れ、都会で生活しているようです。
家族や仲間の元を離れ、たった1人で選択してきた道中では孤独な日もあったでしょう。
しかし、その先で見つけ出した答えは、過去の自分が選択を重ねてきた結果として辿り着いたもの。
どうやら主人公は、過去の自分からは成長した自分がいることに気が付いているようです。
街が発展した代わりに美しい星空が見えなくなってしまった都会。
主人公は地元に残してきた大切な人を思い出し「君の目にどう映るのだろうか この夜空は」と呟きます。
この部分は、主人公の不安げな気持ちとリンクしているのではないでしょうか。
過去の自分の選択に後悔はないけれど、その間に変化した自分は君の目にどう映るのだろうかという繊細なニュアンスも感じ取れます。
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泡沫の日々を
心を焦がして
過ごしていたね
地続きの記憶今も
褪せることない
僕らがいた
≪名前のない日々へ 歌詞より抜粋≫
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「泡沫(うたかた)」とは、水面に浮かぶ泡のことを指し、儚く消えやすいもののたとえによく使われます。
振り返ってみると、決して当たり前ではなかった日々を一生懸命生き抜いてきた学生時代。今の自分は変わったかもしれないけれど、過去の道を辿れば確かにあの頃の自分へと続いているのです。
その記憶は何年たっても決して色褪せることはありません。
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限りない想い抱え
季節は移ろう
繰り返す別れは
鮮やかな未来を紡いでいく
僕たちは
溺れるくらいの
色で溢れる
忙しない日々をまた笑おう
≪名前のない日々へ 歌詞より抜粋≫
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少し大人になった主人公の腕の中は、これまでに集めてきた様々な感情で溢れています。
「別れ」とはただ悲しいものではなく、次の「出会い」へと繋がっていくためのもの。
出会いと別れを繰り返しながら、人はより豊かな未来へと歩みを進めていくのではないでしょうか。
最後は1番のサビと同じフレーズで締めくくられます。
1番では「僕達が過ごしてきた過去を思い出して笑おう」という意味で解釈しましたが、この部分では「今の僕達について話し、また笑おう」と言っているように感じられます。
大人になると、生きる上で大変なことは確かに増えるでしょう。
しかし、それと同時に学生の頃よりも多角的な視点で物事を捉えられるようになって、幸せに生きるための糸口を探しやすくなると思うのです。
この主人公は、決して過去の思い出に固執しているわけではありません。
過ぎ去った大切な時間を繰り返し思い出すことで、今の自分が立っている場所を肯定出来ているのではないでしょうか。
繊細に描かれた内面的な成熟
『名前のない日々へ』はとても耳馴染みのいい曲なので、自然と心の中に浸透してくる楽曲です。改めて歌詞の意味を掘り下げてみると、多感な時期から大人へと成長する過程の内面的な成長が描かれており、とても深い内容が刻み込まれていました。
出会いと別れの季節、新生活や新しい環境に期待や不安を抱いている方も多いと思います。
そんな時、ぜひ『名前のない日々へ』を聞いてみてください。あなたに優しく寄り添う音楽がきっと背中を押してくれるはずですよ。