back numberが描く不器用な恋
『黄色』は、2021年9月29日にリリースされた、back numberの新曲です。
哀愁漂うこの楽曲は、AbemaTVで放送されてる恋愛リアリティーショー「虹とオオカミには騙されない」の主題歌にも起用され、男女が心を探り合う番組と歌詞が見事にマッチ。
back numberらしい、切なさと瑞々しさ溢れる楽曲となっています。
彼らの曲は、ボーカルを務める清水依与吏の儚げで優しい歌声と、等身大の歌詞が印象的です。
どの楽曲も、背伸びをしたり格好つけたりしても、どこか頼りなく放っておけない雰囲気があり、そっと応援したくなるようなものばかり。
9月にリリースされた『黄色』もまた、恋と友情の間で揺れ動く繊細な心を見事に描き出した名曲といえるでしょう。
色の名前がタイトルになっている意味や、歌詞に込められた思いを読み解きつつ、歌の世界を紐解いていきましょう。
「硝子の蓋」が象徴するもの
----------------
今は硝子の蓋を閉めて
この気持ちが私の胸を衝いて
いつか目の前の君に届くまで
あとどれくらいの時間をかけて
どんな道を通るだろう
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
back numberの歌には、秘めた思いを歌ったものが多いですね。
「今は硝子の蓋を閉めて」という歌詞も、自分の心をそっと隠すような胸苦しさや切なさを感じます。
蓋をして封印したものは「君」への思い。
それも、遠くから眺めるだけの存在ではなく、目の前にいる人への思いです。
『黄色』のMVでは、仲のよさそうな少女が二人登場します。
きっと、いつも一緒に過ごしてきた親しい仲だからこそ言えない思いなのでしょう。
----------------
君の恋を邪魔しないように
どうか綺麗なままで育ってね
なんてたぶん無理だけどね
交差点で君を見付けた時に
目が合った瞬間で時間が止まる
信号は青に変わり 誰かの笑う声がした
まだ私は動けないでいる
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
好きな人には幸せでいて欲しいと願うのは当然のことです。
大好きな人が傷付かないように、純粋無垢なままでいてくれるように願いながらも、現実はそう甘くないことも知っている。
叶わぬ望みだと知りながら、届かぬ思いを抱えて生きるのは苦しいものです。
目が合っただけで動けなくなるほどに恋い焦がれているのに、気持ちを伝えることが叶わない恋。
なぜ、それほど強い思いを胸に抱えたまま「君」の傍にいようとするのか、「硝子の蓋」を閉める理由が、ここではっきりと分かります。
----------------
これ以上 心に君が溢れてしまえば
息が出来なくなってしまう
今は硝子の蓋を閉めて
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
「好き」という気持ちに蓋をしなければ、息ができなくなってしまうから。
それほどまでに「君」への思いが溢れているのです。
そんな思いに無理矢理蓋をすることなど、本当にできるのでしょうか。
本心と秘密の恋心の葛藤
----------------
もしも君が今と違う顔で
もっと違った声をしていたら
こんなに苦しい思いをせずに
今日を過ごしていたのかな
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
好きになってはいけない人を愛してしまった時、届かぬ思いに苦しんでいる時は、ありもしない仮定の話で自分の心をごまかそうとするのでしょう。
「もしも、違う顔をしていたら」「もしもあの時、出会っていなければ」
しかし、そんな考えは何の意味もありません。
「だってそういうものだからね」という歌詞にもあるように、出会う時には出会ってしまうし、恋に落ちる時には落ちてしまうのです。
それが今の「君」とは違っていたとしても、きっと。
『黄色』に漂う切なさのポイントは、「何度出会っても恋に落ちるほど強い運命で惹かれ合った二人」ではなく、「どれだけ胸を焦がしても手に入らない人」への恋を歌っていること。
清水依与の歌声と相まって、どこまでいっても報われることのない思いを抱いてしまった痛々しさが、瑞々しいメロディとなって耳に染み込んできます。
----------------
私が私じゃ無くなるくらい
君の姿 仕草を 焼き付けている
いつも視線を辿って
言葉はどれも痛くて
気付かれないようにあの子を恨んで
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
自分というものが消えてしまうくらい、好きな人に染まっていく。
「君」の心を奪う「あの子」を恨みながら、それでも本心も妬みも、気付かれないようにそっと胸にしまうのです。
表立って戦いを挑めない弱さや、バレないように相手を恨む情けなさが、かえって止めようもない恋心の痛さを物語っていますね。
好きな人が愛する「あの子」にはっきりと嫉妬の目を向けられないのは、「君」に嫌われたくないという思いもあるでしょう。
しかしそれ以上に、好きだという思いを知られることで、二人の関係が壊れてしまうことへの恐怖が強いのではないでしょうか。
一歩踏み出したいのに、踏み出せない。
きっと、友達だからこその葛藤なのです。
恋心と「君」との決別
----------------
少しくらいズルくても手に入るなら
そんな汚い私がこぼれ出さないように
今は硝子の蓋を閉めて
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
「私」の中で渦巻く思いは、そんなにキレイなものではないようです。
「君」を何としても手に入れたいという思いと、「あの子」への強い嫉妬。
本当は、「消えて欲しい」くらいは思っているかもしれません。
それでも、好きな人の前で醜い本心はさらせないから、そっと心に蓋をするのです。
これまでは「硝子の蓋」を閉める行為がどこか悲しく、純粋さを感じさせましたが、ここで蓋を閉める意味合いがガラリと変わります。
「私」は決して純粋無垢な思いを抱いた、いたいけな少女ではなく、欲望の渦巻く「女」なのです。
少女から女へ「私」を変えたものは「君」への思いであり、二人で過ごした時間なのでしょう。
ただ純粋に「君」を好きだったはずの「私」が、やがて嫉妬心を抱き「汚い私」へと変貌していく。
そんな醜さまでも描いてしまうところが、back numberというバンドの魅力なのです。
----------------
私の中で今も渦巻く
この気持ちを目で見える形に
変えてしまったなら
小さな身体を突き破って
空を覆い君を隠すでしょう
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
自分の中で渦巻く感情が、純粋な愛だけではなくなってしまったことを、「私」自身が強く感じているのでしょう。
誰かを愛する心というのは、時に力や勇気を与え、拠り所になってくれますが、大きくなりすぎると自分でも抱えきれなくなってしまう危うさを持っています。
「私」の「君」に対する恋心はすでに、抑えきれない域に入ってしまったのかもしれません。
----------------
これ以上 心に君が溢れて
誰かを傷付けてしまわないように
君の恋の終わりを願う本当の私に
今は硝子の蓋を閉めて
≪黄色 歌詞より抜粋≫
----------------
大好きな人を覆い隠してしまうほどに肥大した自分の心。
嫌でも自分の本心に気付かされたからこそ「君の恋の終わりを願う本当の私」と、さよならをしたのかもしれません。
何度蓋をしても肥大して、最後には大切な人さえも傷付けてしまうほどに肥大した「私」の思い。
それでも自分の本心に蓋をして「君」の幸せを願おうとする姿は、歪ながらも必至さがあり、聴く人の心に突き刺さります。
何度も曲中で繰り返される「今は硝子の蓋を閉めて」というフレーズが、「私」の迷いや心の痛み、そして本心を隠すと決めた決意の強さを物語っているようです。
タイトルの『黄色』に込められた意味
それでは最後に、タイトルにもなっている黄色の意味を考えてみます。
エネルギッシュなイメージが強い黄色は、幸せを象徴する色でもあり、明るく元気に溢れる色。
そしてこの『黄色』という色が、MVでも非常に印象的なのです。
『黄色』という楽曲が持つ音楽性と芸術性を、山戸結希監督が独自の感性で見事に映像化。
瑞々しく、穏やかで、全体的に色の少ない映像だからこそ、結婚式のシーンに登場する花束の黄色が際立ちます。
結婚式は、幸せの象徴。
幸せそうに笑う彼女と、それを見つめる「私」の表情は対照的です。
そして結婚式を抜け出し、二人で駆け出すシーン。
まるで映画『卒業』のラストシーンのような、衝撃的な展開でした。
誰も見ていない、二人だけの世界で、彼女たちは唇を重ねます。
秘密の関係。
密やかに育まれた愛です。
幸福感溢れる結婚式や、それを象徴するかのような花束の黄色からは反対に、モノクロのような二人のシーン。
まるで、祝福を許されない愛を象徴しているような場面です。
『黄色』という楽曲自体、届くことのない恋心を抱いた「私」が「君」に恋い焦がれ、自分の本心と別れを告げるまでを描いています。
美しいながらも、誰にも知られることも祝福されることも叶わない恋。
黄色から連想される幸福感やエネルギッシュなイメージとはかけ離れた、密やかで歪な愛を描いているところにセンスのよさを感じます。
『黄色』のMVは、色のイメージを覆すような、切なさや後ろめたさを描いた映像作品です。
二人の女性が、友達とそれ以上の関係の狭間で揺れ動く、複雑な心の内を見事に描き出しているので、ぜひ一度ご覧になってみてください。
結末がはっきりと描かれていないからこそ、聴いた人それぞれの解釈を楽しめるのも魅力的です。
第三者目線で眺めたり、自分が物語の主人公になったつもりで聴いてみたり。
見る角度、聴く角度によっても様々な解釈、味わい方のできる楽曲ではないでしょうか。
Vocal & Guitar : 清水依与吏(シミズイヨリ) Bass : 小島和也(コジマカズヤ) Drums : 栗原寿(クリハラヒサシ) 2004年、群馬にて清水依与吏を中心に結成。 幾度かのメンバーチェンジを経て、2007年現在のメンバーとなる。 デビュー直前にiTunesが選ぶ2011年最もブレイクが期待でき···