音楽映画「Adam by Eve: A Live in Animation」劇中歌
透明感のある歌声と中毒性のある楽曲で絶大な支持を集めているEve。2022年5月23日には全国ツアー「Eve Live Tour 2022 廻人(かいじん)」のファイナルを迎え、8月には武道館での追加公演も決まっている今注目の若手アーティストです。
また、5月23日はEveの誕生日でもあり、自身の誕生とツアーファイナルを記念して『暴徒』のMV(スタジオカラー制作)が公開されました。
『暴徒』は2022年3月にリリースされた3rdアルバム『廻人』の収録曲です。
この楽曲は、Eveのライブにアニメーションと実写映像が一体化した音楽映画『Adam by Eve: A Live in Animation』の劇中歌としても話題を呼びました。
今回は、そんな記念碑的な楽曲『暴徒』の歌詞の意味を考察していきます。
過去の自分を退ける不安定なメンタル
まずは歌い出しの歌詞を見てみましょう。
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愛はないよ しょうがないね
ガラガラ声に嗤っちまう
不確かな才に 縋っちまって
夜を濡らしては泣いてる
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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冒頭から、この曲の主人公は「愛」を諦めている様子。
続く歌詞は「ガラガラ声に嗤っちまう」。
「嗤(わら)う」は「嘲笑う」と同じ意味です。
主人公は「愛はない」と言えるほど自分の世界に閉じこもり、使わなくなった声が枯れていることに気づいて、自嘲しているのかもしれません。
そんな主人公の現況は、あるか分からない才能に縋って「夜を濡らしては泣いてる」というもの。
「夜を濡らす」は「口を濡らす(=なんとか生活する)」という言葉を連想させるフレーズです。
ここから、「夜を濡らしては泣いてる」は「なんとか夜をやり過ごしては涙している」という孤独で寂しい生活ぶりを表していると考えられます。
そしてその「夜のやり過ごし方」については次の歌詞をご覧ください。
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十年経っても同じような
そこはかとなく浮かんでる
何者でもない 想い綴って
夜を駆けるようにランデブー
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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主人公は、ずっと変わらないぼんやりした「想い」を書き出すことで夜をやり過ごしているようです。
詩人や小説家といったアーティストを目指しているのかもしれません。
また、充満している孤独感から察するに、夜を駆けるような「ランデブー(=待ち合わせ)」の相手は自分自身の「想い」だと思われます。
次の歌詞です。
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酩酊 名前もないような 意味のない毎日を徘徊して
一体どれくらいの言葉にやられて病んでる
感情は渋滞です この不快感さえも単純で
最低な存在です 古今東西見落とさないで
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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想いを綴ることに酔っている様子の主人公。
しかし、単調な毎日を過ごしながら多くの言葉に毒されて「病んでる」ようです。
今の時代、たとえ一人で家にいても、ネット上でネガティブな言葉にアクセスできてしまいます。
そうして得られる過剰な負の情報が、主人公を苦しめているのかもしれません。
「感情は渋滞」や「不快感さえも単純で 最低」というのは、情報過多な日常が引き起こす混乱や自己嫌悪を表しているのではないでしょうか。
それでも、続く歌詞は「古今東西見落とさないで」。
情報にあふれた日常に疲弊しながらも「混乱や自己嫌悪といったマイナスな感情さえも逃さず綴ろう」というアーティスト精神が感じられますね。
そして次の歌詞です。
サビも一緒に見ていきます。
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恋をしたような 眩暈に溺れそうな
息巻くように吠えた
最後くらい声をあげてくれ
まだやれるかい この体じゃ
死に場所も選べないようだ
君の才能なんて知ったこっちゃないね
もう放っといてくれないか
この旗は折れずにいる
本当はただずっと 認めてほしくって
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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ぼんやりした日々の中、それを打ち破るように威勢よく「吠えた」主人公。
そしてサビに入って初めて登場する「君」。
序盤に見られた歌詞「十年経っても」や延々と漂う孤独感から、ここでの「君」は「過去の自分自身」を表していると仮定できそうです。
サビの冒頭は、愛を諦めて人を避ける道を選んだ「昔の自分」が、病んで疲れ切っている今の自分に「声をあげてくれ まだやれるかい」と叫んでいるように聞こえます。
つまり、威勢よく吠えたのは「かつての自分」だったと解釈できそうです。
しかし、声はガラガラに枯れ、才能も不確かな「今の主人公」には、過去の自分の激励は響かない様子。
「死に場所も選べない」ほど疲れて動けない今の自分の返答は「君の才能なんて知ったこっちゃないね」。
おそらく主人公には自分の才能を強く信じていた過去があるのでしょう。
しかし今は自信を失いつつあり、過去の自分からの呼びかけは退けられてしまいます。
ただ、自身の才能を完全に見限ったわけではなさそうです。
「この旗は折れずにいる」という歌詞から、「過去の自分なんかに応援されなくてもしっかり信念は貫いている」という決然とした態度が読み取れます。
その一方、ポロッと「本当はただずっと 認めてほしくって」という本音も出てしまった様子。
孤独の中で想いを綴り続ける主人公の不安定なメンタルが際立つ1番でした。
社会からの冷遇、活力としての理想像
続いて2番の歌詞を見ていきます。
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修羅の炎に身を焼かれた為 再起不能な僕を囲んでは
"よい子のみんな真似をしてはいけない" と処された
ああ そうだ 馬鹿な奴ばっか
くだらない正義感さえ 振りかざせば
もう戻れない くたばれやしない
嘲笑う道化 秀才の眼
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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「修羅の炎に身を焼かれた為 再起不能」は「終わりのない奮闘や激情に疲れ果てた」といったニュアンスでしょうか。
孤独に想いを綴る道を選び、疲れ切ってしまった主人公。
そんな彼は一般社会から見たら「はみ出し者」なのかもしれません。
「“よい子のみんな真似をしてはいけない” と処された」は、はみ出し者として冷遇された記憶であると解釈できそうです。
続く「ああ そうだ 馬鹿な奴ばっか」は、「あんたたちが見下すのも無理はない。どうせこっち側の人間は馬鹿な奴ばっかだよ」といった開き直りに聞こえます。
王道を生きる人々が「正義っぽい雰囲気」を味方にする限り、はみ出し者に戻る場所はなく、死に場所を選ぶ余裕もない現実社会。
そしてそのように社会を捉えている「馬鹿な」自分。
最終行の「嘲笑う道化」は主人公自身を自嘲的に表したフレーズ、続く「秀才の目」は主人公を冷遇する社会の目の象徴なのではないでしょうか。
さらに次の歌詞を見てみましょう。
サビまで一気に考察します。
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ただ想いを飲み込めば
段々声が遠く離れていく
その期待も 理想さえも
君が未だ呪いになっている
だから世界の果てに落っこちてしまっても
僕の目はまだ死なずにいる
今までもずっと これからもイメージして
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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いくら社会から冷たくされたとはいえ、想いを飲み込んでしまっては、主人公のこれまでの努力や時間は無駄になってしまうことでしょう。
余計なお世話だった過去の自分からの激励や、かつて抱いていた期待や理想も「遠く離れていく」ことは簡単に想像がつきます。
しかし、次に続く歌詞は「君が呪いになっているから、僕の目はまだ死なずにいる」というような因果関係です。
「君(=過去の自分)」の期待や理想に少しでもとらわれている限り、想いを綴る行為は終わらない!という主人公のしぶとさが伝わります。
「これからも今まで通り理想像をイメージしながら、それを原動力に活動を続けていく」という決意の1行で2番は幕を閉じたようですね。
よぎる後悔を掻き消す希望
ここからは終盤の歌詞を見ていきます。
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愛はないよ しょうがないね
ガラガラ声に嗤っちまう
不確かな才に 縋っちまって
夜を濡らしては泣いてる
十年経っても同じような
そこはかとなく浮かんでる
何者でもない 想い綴って
夜を駆けるようにランデブー
ああ 将来は明るい未来になりますよう
君との約束は果たせそうにないけど
言葉は息をするように 願いを繋いでいく
ごめんね パパ ママ 理想になれなくて
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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ラスト4行以外は冒頭と同じ歌詞です。
混乱や憂鬱、孤独感などに疲弊しながらも想いを綴って夜をやり過ごす主人公。
「明るい未来になれ」という望みが断たれないよう「息をするように」表現を続けます。
「君との約束」は「過去の自分との約束」。
おそらく「自分の才能を信じ切っていたときに確信していた成功」を表しているのではないでしょうか。
それが「果たせそうにない」というのは、鳴かず飛ばずの現状からくる悲観だと考えられます。
そして最後は「ごめんね パパ ママ 理想になれなくて」。
主人公の両親は、いい学校に行って就職して...といった社会の王道を行くことを彼に望んでいたのかもしれません。
そんな2人の理想から遠く離れた主人公は、いくらか罪悪感や後悔の念を抱いているようです。
懺悔(ざんげ)にも似た切ない告白の果てに、最後のサビに入ります。
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最後くらい声をあげてくれ
まだやれるかい この体じゃ
死に場所も選べないようだ
君の才能なんて知ったこっちゃないね
もう放っといてくれないか
この旗は折れずにいる
段々声が遠く離れていく
その期待も 理想さえも
君が未だ呪いになっている
だから世界の果てに落っこちてしまっても
僕の目はまだ死なずにいる
今までもずっと これからもイメージして
今ならまだきっと 言えるような気がして
≪暴徒 歌詞より抜粋≫
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後悔や罪悪感を掻き消すような「過去の自分」と「今の自分」のぶつかり合い。
過去の自分の干渉を遠ざけつつも、その存在は今の自分が諦めないための呪縛として機能するという関係性。
もしかすると「最後くらい声をあげてくれ」にある「最後」という決めつけが、今の自分には受け入れられないのかもしれません。
そして「過去の自分が決めつけた限界」を超えることが、今の自分にとって1つの原動力になっているのではとも推察できます。
ラストの「今ならまだきっと 言えるような気がして」は「声がガラガラに枯れて才能が不確かに思える今だからこそ言葉にできることがある」という前向きな直感なのではないでしょうか。
日陰者を奮い立たせる「暴徒」
今回は、Eve『暴徒』の歌詞の意味を考察しました。クリエイティブな活動をしている方にとっては、特に共感できる部分が多かったのではないでしょうか。
ちなみに「暴徒」とは、徒党を組んで暴動を起こす者たちという意味です。
やっていることの特異性ゆえに社会から冷めた目で見られ、日陰にひそんで活動を続けているような人は一定数いることでしょう。
『暴徒』という楽曲は、そんな繊細な日陰者たちの共鳴を誘い、胸を張って日の当たる場所へ出てくるよう勇気づける“先導歌”なのかもしれません。