「売春」の主人公の数年後を描いている?
4人組ロックバンド・女王蜂の『回春』は、2023年2月リリースの8thアルバム『十二次元』の収録曲です。ボーカルのアヴちゃんが女性役と男性役を歌い分け、1人2役を演じるデュエットソングで話題になりました。
また、満島ひかりを女性ボーカルに迎えたコラボバージョンもリリースされ、さらなる注目を集めています。
『回春』はセンセーショナルなタイトルでファンを驚かせ、今や女王蜂の代表曲のひとつとなった2015年リリースの『売春』の続編的な楽曲です。
『売春』には金銭的な繋がりによって関係を始めながらも、惹かれ合ってしまった年の差のある男女の心情が描かれています。
では今作の『回春』では、この2人の関係や心情がどう変化したのか、歌詞の意味を考察して探っていきましょう。
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「あの頃」と呼べるときがやって来ていたこと
気付かず忘れあぐねた 砌、きみの訪れ
闇雲 書いては消して貴方への便り
「元気にしていますか?」それだけがただ、やっと
見飽きた日々のなかで想う過去は何故
あんなに鮮やかでいて戻りたくなるのでしょう
≪回春 歌詞より抜粋≫
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相手を「きみ」と呼ぶのは男性側で、「貴方」と呼ぶのは女性側です。
まず男性の方は、2人で過ごした時間が「あの頃」と呼べるほど遠くなっていることに、ようやく気づいた状況のようです。
つまり随分前に2人の関係は終わっているにも関わらず、その思い出があまりにも自分の心の中に鮮明に残っているために、どれほど時間が経ったのか分からなかったということが読み取れます。
「砌(みぎり)」はその時の世の中の情勢や時節を意味する言葉なので、彼女との記憶や想いを持て余していた頃に「きみの訪れ」があったことを示しているのでしょう。
続く部分では、女性側の様子が綴られています。
「貴方への便り」を出そうとして、文字を闇雲に書いては消してを繰り返しているようです。
おそらく彼女の方も彼のことを忘れられずにいて、少しでも繋がりを保ちたいと思ったのでしょう。
しかし、何を書いてもしっくり来なくて、結局「元気にしていますか?」という一文を書くので精一杯です。
お互いに今の代わり映えしない「見飽きた日々」の中で共に過ごした時間を思い出し、あの頃に戻りたいと考えていることが伝わってきます。
離れた2人に巡る春
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懐かしいね そうだね
あの日重ねたページがなびき
恥ずかしいね どうして?
答えられないふたりに巡る春
≪回春 歌詞より抜粋≫
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この歌詞は、彼女からの手紙をきっかけに再会した2人が当時を振り返っている様子をアルバムや恋物語のページを開いている様子にたとえて描いているのかもしれません。
懐かしい2人の思い出は、振り返るとどこか恥ずかしい気持ちがします。
しかし、その理由を考えても、様々な感情が湧き出てきてどちらも答えられないでいます。
ここで言う「春」は、おそらく体を重ねることを表現しているのでしょう。
それが「巡る春」とあるので、季節が巡るように再会した2人がまた関係を持ったことを表していると解釈しました。
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互いのボタン外せば
自由と不自由が掛け違い
過ちだと埋めては
手紙のような言葉ばかりで
揺れる窓に映った
あの頃のあなたと同い年
逆さまだったらどうしたかな、なんて
もう会えないくせに
≪回春 歌詞より抜粋≫
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お互いにとって何者でもない「自由」さと、相手に心を囚われている「不自由」さが入り混ざる2人の複雑な関係。
その隙間を「過ち」という言葉で埋めようとしても、手紙の言葉のようにありきたりで自分たちの関係を言い表すには適切ではないと感じているのでしょう。
彼と年の差のある彼女は、今やあの頃の彼の年齢です。
ふと、もし自分と彼の年齢が反対だったらこの関係はどうなっていたのだろうか、と考えます。
2人の関係はこれが最後で、今度こそもう会えないのにそんなことを想像してしまうのは、まだ彼に恋をしている証拠です。
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忘れたくて どうして?
残り少ないページを辿り
さみしいけど そうだね
切るに切れない大人は苦笑い
≪回春 歌詞より抜粋≫
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彼女が寂しいけどあの頃のことを忘れたいのは、きっと前に進みたいからでしょう。
この先も報われないことが分かっているのに、彼に想いを残し続けていては不毛だと気づいています。
とはいえ年齢を重ねれば重ねるほど、人との関係を切るのが難しくなるものかもしれません。
前に進みたい気持ちとこの関係を失いたくない気持ちの間に揺れていて、思わず苦笑いがこぼれます。
離れる前の最後の2人の想い
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一番なりたくないものにひとはどうして
最短距離でなってしまえるのだろう
赤茶けた髪を厚い胸にくぐらせて
隣に寝息起きませんように
きみはどうしたい?
彼は同い年
そうかお幸せに
違う切らないで
なんかあの頃みたい、なんてね
≪回春 歌詞より抜粋≫
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きっと誰でも“こんな人にはなりたくない”というイメージがあるのではないでしょうか?
しかし油断していると、すぐに悪い方向に進んでしまうのが人間です。
彼女にとっての「一番なりたくないもの」とは、ほかの誰かのことを想いながら別の人と交際する人のことだと考察しました。
「赤茶けた髪」は彼女のことで、「厚い胸」は今の彼女の恋人のことかもしれません。
彼に恋心を残しながらも、前に進むために別の男性を恋人にしたことへの罪悪感があるのでしょう。
続く「切らないで」というフレーズから、主人公の2人は電話をしていると解釈できます。
彼女が恋人と寄り添って眠っていた時、彼から電話がかかってきたようです。
恋人はまだ眠っているので、彼との電話に気づいて「起きませんように」と願います。
彼は電話でこれからの自分たちの関係を「きみはどうしたい?」と尋ねます。
それに対し、彼女は自分には恋人がいるからこの関係を本当に終わらせるつもりであることを示して「彼は同い年」と告げました。
これは年の差があり金銭で繋がっていた彼との関係とは違う、真っ当な恋を始めていることを暗に強調した言葉のように思えますね。
そして「そうかお幸せに」と電話を切ろうとする彼を、引き止める彼女。
「なんかあの頃みたい」という言葉から、まだ彼との繋がりを完全に断ち切ることを決意できないでいる様子が読み取れます。
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笑えるよね
あの日貴方にぶつけた総て
許さないで どうして?
どうか乗り越えてしまわないで
≪回春 歌詞より抜粋≫
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2人は喧嘩別れだったのでしょうか。
彼女は「あの日貴方にぶつけた総て 許さないで」、「どうか乗り越えてしまわないで」と願っています。
自分は彼から離れようとしながらも、彼には自分のことを忘れないでほしいという矛盾した想いに、歪な愛情が垣間見えます。
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懐かしいね 嗚呼
あの日重ねたページがなびき
恥ずかしいね どうして?
残されたのは最後あとがき
「思い出になってしまう前に」
「なにひとつ欠けはしないように」
いついつまでも思っています
またいつか迷っても
迷っても?
回る春
≪回春 歌詞より抜粋≫
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2人の物語はもう残すところ「あとがき」だけです。
つまり、もうこれ以上新しいエピソードが追加されることはないのです。
あとがきには大抵作者の想いが記されているので、2人の物語のあとがきに書かれている言葉も2人の切なる想いなのでしょう。
タイトルでもある「回る春」には、相手への思いがずっと心の片隅で回り続けているようなイメージを受けました。
もう戻ることはできない春を想いながら、それぞれの人生を進み始めた2人の関係が切ないですね。
切ない愛の物語が心に迫る!
『回春』の歌詞には、お互いに想い合っているのに、離れることを決めた男女の心情が繊細に表現されていました。『売春』と合わせて聴くと、より2人の間にある温かさや寂しさが伝わってきます。
ぜひ歌詞や歌声に注目しながら、女王蜂らしい世界観を味わってくださいね。