結婚式がモチーフの不穏なラブソング
2023年7月28日にリリースされたボカロ曲『あいしていたのに』は、ダークな世界観で人間の闇の部分を描くボカロP・MARETUの1年半ぶりとなるVOCALOIDオリジナル楽曲です。過去曲とは一味違う結婚式を思わせる荘厳なオルガンの音色で始まる本作は、永遠の愛をイメージすることができます。
しかしそんな幸せなイメージとは裏腹に、時おり交じる不協和音や意味深な効果音、初音ミクの苦しげな吐息からMARETU作品らしい不穏な雰囲気が伝わってきます。
どんなストーリーが描かれているのか、歌詞の意味を考察していきましょう。
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絡めた鼓動 捧げたもの
忘れないよ あの記憶も
体中に 刻みつけよう もっと
もっと もっと
逃がさないよ あなたのこと
とられたくないよ 私のもの
ひとつになろう 身も心も もっと
もっと もっと
≪あいしていたのに 歌詞より抜粋≫
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いつのことか、主人公は愛する「あなた」に自身の体を捧げました。
初めて体を重ねた時の記憶は大切な思い出で、もっと体に刻みつけて忘れたくないとさえ思っています。
「逃がさないよ あなたのこと」というフレーズには主人公の執着心が見て取れます。
もう「私のもの」だからほかの誰にも取られたくないと強く思っているようです。
身も心ももっとひとつになって決して離れたくないと深い愛情を伝えています。
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終わってしまう前に 終わらせよう
乾ききった おままごと
≪あいしていたのに 歌詞より抜粋≫
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ところが、続く部分では「終わってしまう前に終わらせよう」と歌っています。
この恋に終わりが来るなら、その前に自分の手で終わらせようと考えているということです。
「乾ききった おままごと」の表現により、主人公にとって本気だったはずのこの恋が味気ない遊びのように見なされていることが分かります。
2人に一体何が起こったのでしょうか?
裏切り者はこうしてやる
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愛していた。愛していたのに。
こうしてやる、裏切り者は。
返してくれ 私の想いを。
愛していた、愛していたのに、
ずっと…。
≪あいしていたのに 歌詞より抜粋≫
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サビではゴスペル調の音楽に乗せて、愛していた人に裏切られた苦しい気持ちが歌われています。
主人公は本気で愛していましたが、相手にとっては「おままごと」のような遊びの関係だったことが発覚したようです。
「こうしてやる、裏切り者は。」というフレーズから、自分を裏切ったその人に対して復讐の一手を講じたことが窺えますね。
MVを見ると、画面中央には7つの黒い丸が浮かび上がります。
そして、音楽のリズムに合わせて聴こえるグチャという効果音と共に画面左上に表示されているハートが少しずつ減っていきます。
これらの描写から、黒い丸はリボルバー(回転式拳銃)の弾倉を、ハートは相手のライフを意味していると解釈できるでしょう。
つまり、主人公は相手を物理的に傷つけることによって復讐していると考えられます。
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柔らかい指 優しい顔
とられないように ここにしまおう
あなたはもう 私のもの ずっと
ずっと ずっと
終わってしまう前に 終わらせよう
腐りきった おままごと
≪あいしていたのに 歌詞より抜粋≫
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裏切りを知って傷つき、激怒している主人公ですが別れるつもりはないようです。
彼の「柔らかい指」も「優しい顔」も、まだほかの人に取られないようにしようとしています。
それらをしまおうとしている「ここ」は主人公の心と解釈することもできますが、猟奇的な一面を持つ主人公だと考えると瀕死の彼を誰の目にもつかない場所に隠しているような印象を受けます。
命を奪ってしまえば、彼が自分以外の人を選ぶことも横恋慕されることもありません。
永遠に「私のもの」になるのです。
ただの遊びだからと彼が自分の元から去っていく前に、彼の命ごと終わらせることにした主人公の恐ろしい心の闇が見えてきます。
2人だけの永遠の愛の形
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信じていた
信じていたのに
(信じていた
信じていたのに)
愛していた
愛していたのに
(愛していた
愛していたのに)
≪あいしていたのに 歌詞より抜粋≫
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信じていたし愛していたから全てを捧げた主人公は、簡単に自分を裏切った彼に対して「信じていたのに」、「愛していたのに」と繰り返します。
心から信じ愛していた想いが強いからこそ、ショックと恨みの気持ちに飲み込まれてしまったのでしょう。
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愛していた。愛していたのに。
こうしてやる、裏切り者は。
入ってきて、私の内側!
愛していた、愛していたのに、
ずっと…。
≪あいしていたのに 歌詞より抜粋≫
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「こうしてやる」は「ころしてやる」とも聞こえてきます。
「入ってきて、私の内側!」というフレーズは、相手がすでに死んでいると仮定するならその体を食べて自分の体内に取り込みひとつになろうとしていることを表していると考察できます。
MVのライフは尽きているのにグチャという音がしているのも、食べている音と捉えることができそうです。
それでもなお主人公は彼を「ずっと」愛しています。
そして最後に響く鐘の音は、やはり結婚式をイメージさせます。
2人が交際を始めた頃は、きっと主人公は純粋に彼との幸せな結婚を望んでいたのでしょう。
結婚とは全く違う結末を迎えましたが、愛する人が自分の血肉になるということは彼女にとってはずっと消えない永遠の愛の証と言えるのかもしれません。
ちなみに結婚式の鐘は過去・現在・未来の2人に関わる人たちに感謝するという意味を込めて3回鳴らされますが、曲中では1回しか鳴っていないように聴こえます。
彼が亡くなったことにより、2人にはもう現在も未来もないことを考えるととても切ないですね。
聴けば聴くほどこだわりを感じる神曲!
MARETUの『あいしていたのに』は愛の恐ろしい一面にゾッとさせられるのにリピートしたくなる中毒性の高い楽曲です。タイトルの「あいしていたのに」の言葉には、こんなにもあなたを愛していたのになぜ裏切ったのかという主人公の絶望の気持ちと、愛していたのに命を奪う選択しかできなかった主人公の猟奇的な行動が示されているように感じました。
ぜひ歌声や効果音の一つひとつに注目して、主人公の狂おしい想いを感じ取ってください。