生きる苦しさからドクターに助けを求める少女
疾走感のあるロックサウンドが持ち味のボカロP・ろくろの代表曲である『スロウダウナー』。リズミカルなメロディと初音ミク・GUMIによるデュエット歌唱がマッチした中毒性の高さが注目され、自身初のミリオンを達成しました。
タイトルの「スロウダウナー」は、動作が遅いことを意味する「slow」と常に暗い気分でいる人を表す「downer」をかけ合わせた造語だと思われます。
暗い感情を抱えた人物を主人公に、ゆっくりと周囲の人まで気分を落ち込ませるようなストーリーが描かれていることを想像させます。
さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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僕は最上最愛の この世界に産み落とされたモンスター
そこは従順傀儡の 嫌な時代に振り落とされたもんだ
赤い糸を放ったスパイダー 予想通り絡まるハンター
どうか一生淡々と 生きるだけの理由をくださいドクター
≪スロウダウナー 歌詞より抜粋≫
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主人公が自分のことを「最上最愛のこの世界に産み落とされたモンスター」と表現しているのが印象的です。
世界の在り方と自分の間に大きな違和感を覚え、自分がそこにいてはいけない存在のように感じていると解釈できます。
とはいえ「従順傀儡の嫌な時代に振り落とされたもんだ」と歌っているため、「最上最愛」という表現は皮肉にも聞こえてきますね。
赤い糸の運命を信じ愛し合う人々を見ながら、自分は愛を求めることはしないから「どうか一生淡々と生きるだけの理由をください」と零し、生きる意味を見い出せずにいることを言い表しています。
主人公はこうした自分の気持ちを「ドクター」なる人物に告白します。
ハヌル制作のMVには白衣を着たGUMIが描かれているため、主人公の初音ミクが医師に相談している様子と読み取れるでしょう。
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僕は新旧曖昧な この世界に 産み落とされたモンスター
そこは一見散漫な 手のひらから 振り落とされたようだ
外側に放ったスライダー 予想通り空振るバッター
ここは心痛最大のすまし顔だ 薬をくださいドクター
≪スロウダウナー 歌詞より抜粋≫
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「新旧曖昧」に入り交じる広い世界で生きる、集中力に欠けた神の手のひらから振り落とされたかのように不完全な自分。
誰かの思い通りに動かされているような人生に翻弄されています。
心痛を抱えながら必死に「すまし顔」で耐えている自分に癒やしを与える「薬をください」と求めます。
絶望と期待に揺れる心
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試みた采配 そこのけや体裁 ほころびは最大 取ってつけ大敗
喜びは三回 悲しさは九倍 憂鬱を履いて 夜へ逃げ込んだ
ここはもう毎回 極楽の徘徊 見慣れた期待が 退路を塞ぎ込んだ
≪スロウダウナー 歌詞より抜粋≫
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体裁を捨て、采配をとって指図する側に立とうと試みても、取ってつけたような不格好な振る舞いはすぐに偽物とバレてしまうものです。
小さな喜びを掴んでも圧倒的な悲しみが自分を襲うため、重たい足取りで闇に隠れようと夜へ逃げ込みます。
そこにいれば喜びもないため落ち込む必要がないものの、諦めきれず心の隅に生まれる「見慣れた期待」に行く手を阻まれて、逃げることすらできない主人公の苦しい胸中が窺えるでしょう。
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嗚呼
人類最初の日に戻ったって そこに記憶はないでしょうか
一層悲しくなるから笑い返してよ
人類最初の日に戻ったって 生きる資格はないでしょう
なんてちょっと弱った
≪スロウダウナー 歌詞より抜粋≫
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たとえ「人類最初の日に戻った」としても、そこに今の自分の記憶はありません。
考えるだけ無駄だと分かっていても、どこかに救いを求めようとしていることを表しているでしょう。
そんな自分をおそらくドクターが憐れんでいるのを感じたので、冗談なのに憐れまれると「一層悲しくなるから笑い返してよ」と言っているのではないでしょうか。
もし本当に人類最初の日に戻れても自分に「生きる資格はないでしょう」と陰鬱とした考えを明らかにしています。
愛を汚したアイは終わった
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気付いたんだ 手をつないで
届いたんだ 僕はいらないね
汚したんだ もう限界なほど どうかした愛を
有終 最後の火を灯したって 心苦しくなるでしょうか
本当は咲いてみたいってこと 思い出したんだ
たどり着いたんだ 正体と 擬態したアイを
≪スロウダウナー 歌詞より抜粋≫
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手をつなぐという行為は、人と温もりを分け合う愛のある行為です。
主人公は誰かと手をつないでみて、自分はこの世界にいらない存在だとはっきり分かったようです。
愛という尊い気持ちを「もう限界なほど」汚した自分には愛を求める価値はないと、ネガティブな感情を吐露しています。
有終の美を飾ろうと最後に頑張ってみても心苦しくなるだけかもしれないと感じつつ、心の底には「本当は咲いてみたい」という想いがあったことを思い出しました。
そして「正体と擬態したアイ」にたどり着いたと歌っています。
ここでカタカナで「アイ」と表現されているのは、愛とともに自分自身を表すI(アイ)のことを指しているからだと思われます。
自分の想いを改めて見つめ直した時、自分の体と心が一致して本当の自分になれたと感じられたようです。
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嗚呼
人類最後にアイを持ったって 僕の印はないでしょうか
きっとふさわしくないけど 思い出してよ
九十九回一人で泣いたって 次の一つはないでしょう
やっと僕を見つけたんだ
こうやってアイは終わった
see you 最愛なこの世界に産み落とされたモンスター
僕は人生最大のしたり顔で今この世界と一つになった
≪スロウダウナー 歌詞より抜粋≫
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人類最後の瞬間に意思を持っても、世界にこんなちっぽけな自分が生きたという「僕の印」はきっと刻まれることはないでしょう。
主人公は自分にはふさわしくないと卑下しながらも「思い出してよ」と願います。
これまで「九十九回一人で」泣く、孤独な時間を過ごしてきました。
しかし「やっと僕を見つけた」から、もう泣くことはないという予感がしています。
ポジティブなイメージを与える歌詞ですが、続く部分で「アイは終わった」と歌い、「seeyou」と別れを告げます。
「この世界と一つになった」というフレーズは、人が死ぬと土に還ることから主人公が死を選んだことを表していると解釈できますね。
得意げに「人生最大のしたり顔」を浮かべているため、これが自分にとって最高の選択だと満足しているのでしょう。
悲しいラストでありながら、主人公の満足そうな様子を見るとメリーバッドエンドと言えるのかもしれません。
ろくろの魅力を知るのにぴったりの名曲!
ろくろの代表曲『スロウダウナー』は生きることに悩む主人公の胸の内を、韻を踏む耳心地の良い歌詞構成で綴ったボカロ曲です。無機質な歌声で紡がれる重い内容と明るいメロディのアンバランスさが、主人公の狂気的な心情を見事に表現しています。
ボカロP・ろくろの感性が光る名曲をじっくり聴いてみてください。