突然訪れた別れの時
1983年にリリースされた森昌子の41枚目シングル『越冬つばめ』は作詞を石原信一、作曲を篠原義彦が務めて制作された楽曲です。
篠原義彦はシンガーソングライター・円広志の本名です。
『夢想花』のヒット後、スランプに陥り拠点を地元の大阪へ戻していた円広志の元に、レコード会社から森昌子に曲を書いてほしいと依頼があったとのこと。
歌手同士のクロスオーバーが流行っていた流れからの依頼に快諾すると、すでに出来上がっていた石原信一による歌詞に曲を当てて『越冬つばめ』が誕生しました。
リリース後、日本レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞し、その年の「第34回NHK紅白歌合戦」にも出場を果たすほどの人気曲となりました。
森昌子の歌声が心に沁みる名曲ですが、改めて歌詞の意味を考察していきましょう。
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娘盛りを 無駄にするなと
時雨の宿で 背を向ける人
≪越冬つばめ 歌詞より抜粋≫
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1番冒頭の歌詞を見ると、主人公はある人から「娘盛りを無駄にするな」と告げられたことが分かります。
「娘盛り」は若い女性としての最も美しい年頃を意味し、結婚前の女性に使う言葉です。
少女から大人の女性へと変化していく頃のため、この主人公は18歳〜20歳程度の若い女性だと考えられます。
その女性として大切な時期を「無駄にするな」と告げられていることから、相手は恋愛関係にある歳上の男性なのでしょう。
「時雨」は晩秋から初冬に降る雨のことなので、11月〜12月頃の出来事と解釈できます。
寒さを感じるようになってきた季節の雨の中、宿で共に愛おしい時間を過ごした相手から別れを告げられた女性の切ない気持ちが表現されています。
越冬つばめに去って行く彼を重ねている?
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報われないと 知りつつ抱かれ
飛び立つ鳥を 見送る私
季節そむいた 冬のつばめよ
吹雪に打たれりゃ寒かろに
≪越冬つばめ 歌詞より抜粋≫
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「報われないと知りつつ抱かれ」というフレーズから、元々いつかは別れが来ることを覚悟していたようです。
おそらく相手の男性は既婚者で、主人公に愛情はあるものの不倫関係なのでしょう。
そして主人公はこの想いが報われないと分かっていながら、一時の幸せを望み身も心も彼に捧げたのです。
タイトルの「越冬つばめ」に関わるフレーズが「季節そむいた冬のつばめ」の部分です。
日本に生息するつばめの多くは、決まった越冬先へ向かうために9月〜10月頃に日本を飛び立ちます。
歌詞で描かれていると季節はすでに冬に差しかかっているため、本来飛び立つ時期を外れているという意味で「季節そむいた」と表現しているようです。
愛する人が自分の元から去る姿をつばめが飛び立つ様子に例えていますが、本来は日本にはいない冬のつばめをモチーフにすることで、その男性がここにいるべきではない人であることを示していることも伝わってきます。
「吹雪に打たれりゃ寒かろに」の一節は、不倫という風当たりの強い関係を一度は受け入れた相手への皮肉のようにも聞こえます。
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ヒュルリ ヒュルリララ
ついておいでと 啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
ききわけのない 女です
≪越冬つばめ 歌詞より抜粋≫
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サビで印象的な「ヒュルリ ヒュルリララ」のフレーズは冷たい風の音でしょう。
男性をつばめに例えているのであれば「啼いて」いるのも男性の方と解釈できます。
主人公には自分を突き放し去って行く彼の背中が「ついておいでと啼いて」いるように見えます。
事実は男性の心の中にしかなく、この考えも主人公の願望にしか過ぎないものです。
とはいえ、彼の中にも自分への愛情があってほしいという切実な願いが示されています。
彼が若い自分の人生を思い離れようとしていることは理解していても、一緒にいてほしいとすがる「ききわけのない女です」と自嘲気味に零しています。
普通の幸せを得るよりも彼と燃え尽きたい
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絵に描いたよな 幸せなんて
爪の先ほども 望んでません
からめた小指 互いに噛めば
あなたと痛み 分けあえますか
燃えて燃えつき 冬のつばめよ
なきがらになるなら それもいい
≪越冬つばめ 歌詞より抜粋≫
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主人公は愛する人と幸せな家庭を持つという「絵に描いたよな幸せ」を望んでいるわけではありません。
家族のいる男性を愛した瞬間から、普通の幸せが得られるなどとは思っていないからです。
それでも未来を約束するように「からめた小指」を互いに噛めば、捨てられる自分のつらい気持ちが少しでも伝わるのではないかと想像します。
この恋に身を焦がしたせいで「なきがらになるならそれもいい」とさえ語っています。
決して一時の感情に流されているのではなく、大きな覚悟を持ってその人を愛しているのだという強い想いが伝わってきますね。
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ヒュルリ ヒュルリララ
忘れてしまえと 啼いてます
ヒュルリ ヒュルリララ
古い恋ですか 女です
≪越冬つばめ 歌詞より抜粋≫
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「忘れてしまえと啼いて」いるのは誰でしょうか?
1番と同様の流れとすると、男性が自分のことは忘れてしまえと告げていると思われます。
一方、主人公側の言葉として見ると置いてきた家族や世間体など今は「忘れてしまえ」と誘惑しているとも考えられるでしょう。
そう考えると、独り寂しく捨てられるくらいならいっそ共に燃え尽きてやろうという仄暗い思惑が垣間見える気がします。
続く部分で「古い恋ですか」と問いかけている点も興味深いですよね。
男性は主人公をこの恋から目覚めさせるために、自分とのことはすぐに過去の古い恋になると諭そうとしたのでしょう。
しかし主人公は、そんな言葉で心変わりするほど生半可な気持ちではありません。
「女です」という短い言葉が、私はもう少女ではなく1人の大人の女であり、女としての誇りを持ってあなたを愛しているのだという主人公の気持ちを物語っているように感じます。
2人の恋の結末は分かりませんが、主人公の全身全霊の愛に男性が流されたとしても不思議ではありません。
切ない愛を歌う演歌の名曲を聴こう!
森昌子の『越冬つばめ』は、道ならぬ恋に全てを捧げた若き女性の切なる想いが綴られた演歌の名曲です。2018年に還暦を迎えたのを機に惜しまれつつ芸能界を引退した森昌子ですが、名曲はいつまでもその曲を愛するファンやアーティストによって大切に受け継がれていきます。
美しく繊細な歌詞表現と切なさが漂うメロディの一体感をこれからも楽しんでいきたいですね。