僕がいなければ月と太陽も区別できないでしょう
作詞作曲からイラスト・動画制作までマルチにこなす宛然サカナと、作曲・編曲・ギターといった音楽に精通するYopiからなるボカロ制作ユニット・REISAI。彼らの代表曲といえば、2021年1月3日にYouTubeに投稿後すぐに大きな話題を呼んだ処女作『浴槽とネオンテトラ』が挙げられるでしょう。
心地よいリズムを刻みながらもダウナーな雰囲気をまとったメロディと、ノイズがかかったようなflowerの声がマッチし、不穏な世界観を見事に演出している楽曲です。
歌詞に描かれたストーリーから、この曲が恋愛ソングであることは明白です。
そこでMVを見てみると、青髪と赤髪の人物がメインキャストであることがわかります。
その2人は喉仏が出ていることや顔の造形に丸みが少ないため、どちらも男性だと推察できるでしょう。
このことから同性愛をテーマにした楽曲であると見ることができます。
ではその視点で、MVのイラストにも注目しながら歌詞の意味を考察していきましょう。
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たとえばきみはさ
僕がいなければ
月と太陽も区別できないでしょう
空っぽの睡眠剤
見ないふりした
きみの眼は雨の日の濁った水面のよう
≪浴槽とネオンテトラ 歌詞より抜粋≫
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歌詞は青髪の男性を主人公として綴られているようです。
主人公が「僕がいなければ月と太陽も区別できないでしょう」と考えていることから、赤髪の男性は自分1人では昼夜も分からなくなるほど彼に依存していることが読み取れるでしょう。
また「空っぽの睡眠剤」は、赤髪の男性が睡眠薬に頼りきりの生活を送っている様子を伝えています。
その事実に対し見ないふりをしたのは、依存される生活を彼自身も望んでいるからなのかもしれません。
「雨の日の濁った水面」のようなどんよりと暗い目に自分の姿が映されるのを見て、秘かに悦に浸っているような病んだ雰囲気を感じさせます。
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あ~
僕の呪いを解いて
風呂場で泣いてないでさ
僕の名前を呼んでくれるなら
≪浴槽とネオンテトラ 歌詞より抜粋≫
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「僕の呪いを解いて」の部分で長い黒髪の女性が登場することから、主人公の心にはトラウマになっている女性の存在があるようです。
日常的にそのトラウマがぶり返し、苦しんでいることが窺えるでしょう。
しかし、そんな時に恋人は「風呂場で泣いて」いて自分のことで精一杯の様子です。
主人公は彼が「僕の名前を呼んでくれるなら」このトラウマから抜け出せるかもしれないのにと考えていて、共依存の関係にあると想像できます。
愛しているから傷つけたい
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飲み干してよ
飲み干してよダーリン
ダーリン 曖昧な文句と金曜日
ただただ傷つけたい病気
でもね、ぞんざいな嘘は言えないの
くたびれた浴槽と
乳白色の熱帯魚
≪浴槽とネオンテトラ 歌詞より抜粋≫
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サビでは、握られた2人の手が印象的に映し出されます。
肌を合わせ、自分の存在を受け止めてほしいという気持ちが「飲み干してよダーリン」という言葉に表れているように感じました。
そこには相手を「ただただ傷つけたい」という衝動もあり、愛を純粋な形で表現できない主人公の病的な部分が表現されています。
「くたびれた浴槽と乳白色の熱帯魚」の部分は、タイトルとリンクするフレーズです。
タイトルにある「ネオンテトラ」は、ネオンを思わせる青い光沢と赤いラインが特徴の熱帯魚の名前です。
歌詞の中にはネオンテトラの名前は出てきませんが、この「熱帯魚」はネオンテトラを指していると思われます。
青と赤といえば彼らの髪色が連想されますが、主人公の目線では赤髪の彼を比喩的に表現したものと考えられそうです。
そしてここではあえて「乳白色」とつけ加えられており、情事の後を思わせるような言葉選びとなっています。
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たとえばぼくはさ 無神論者だし
きみの鋭利な横顔に惹かれてるだけかも
吐き出してよ
吐き出してよダーリン
ダーリン 溜飲と矛盾と蹂躙と
出してよ 連れ出してよダーリン
でもね、本当はうんざりしてるんだ
≪浴槽とネオンテトラ 歌詞より抜粋≫
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主人公は「無神論者」と語っていることから、彼との関係に運命めいたものを感じているわけではないようです。
正直なところ自分で自分の気持ちが分からず、ただ何となくその横顔に惹かれているだけかもしれないと考えています。
MVで周囲の人に囲まれていた赤髪の彼は明るい雰囲気で、孤独だった自分とは違う彼の姿に惹かれたとも解釈できます。
サビにある「溜飲」は不平不満など胸につかえているものを指す言葉で、「蹂躙」は暴力的に他を侵害することを意味する言葉です。
それで「溜飲と矛盾と蹂躙」は、どれも身に受けた人を少なからず苦しめるという共通点があると言えるでしょう。
それを「吐き出してよダーリン」と告げているため、自分の悪い部分を全て飲み込み受け入れようとする彼に対し、もっと本当の気持ちをさらけ出してほしいと訴えかけているように思えます。
こんな狂った自分や2人の関係に「本当はうんざりしてる」とも言っていて、主人公の切ない気持ちが感じられます。
“乳白色の熱帯魚”が迎えた結末とは
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浮き出た頸椎を歩く指を止めて
「ねえ、僕の名前を呼んで」
なんて戯言も…
呑み干してよ
呑み干してよダーリン
ダーリン 吐く濁と不安もついでに
ただただ傷つけたい病気
上気、循環器、呼吸器、正気か?
≪浴槽とネオンテトラ 歌詞より抜粋≫
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名前を呼んでもらうことが自分の救いになるなんて戯言です。
それでも、彼との間に愛を感じることが自分の価値を証明してくれるような気もしているのでしょう。
こうした自分の想いも感情も全てを丸ごと受け入れてほしいという意味で「呑み干してよ」と告げているのかもしれません。
この部分では、主人公が赤髪の彼に馬乗りになって首を絞めている姿が描かれています。
「上気、循環器、呼吸器」というフレーズは、首を絞められて彼の顔が赤くのぼせたようになり、圧迫で血流が止まり、呼吸が浅くなっていく様子を捉えていると考察できるでしょう。
そして、そうしてもなお笑顔を見せる彼に「正気か?」と問いかけています。
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出してよ 吐き出してよダーリン
ダーリン 溜飲と矛盾と蹂躙と
なりなの?言いなりなの?ダーリン
つまんねえ
最後にキスしてあげない
くたびれた浴槽と
乳白色の熱帯魚
≪浴槽とネオンテトラ 歌詞より抜粋≫
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全て自分の言いなりになっている彼に「つまんねえ」と吐き捨てる主人公。
恋人を自分の手で苦しめながらも満面の笑みで「最後にキスしてあげない♡」と告げるのは、主人公が完全に狂ってしまったことを表現しているのでしょうか。
冒頭よりも表情に明るさを取り戻していることが、より恐ろしさを引き立てています。
このやり取りを見た後では、「乳白色の熱帯魚」のフレーズが死を迎えて青白くなったことを示しているようにも思えてきますね。
また、ネオンテトラは細菌感染すると体表が白く濁るネオン病にかかってしまいます。
それは普段の水槽の中でも起こり得るもので、白化すると他の魚と離れて泳ぐようになります。
その特徴は、主人公と出会ってから周囲の人とつるまなくなり瞳を濁らせていった赤髪の彼の姿そのものではないでしょうか。
「くたびれた浴槽」に浮かぶ生気を失った彼は、まるで「乳白色の熱帯魚」のようです。
悲しい結末でありながら愛する人を亡くした悲しさを感じさせない曲の終わりが主人公の狂気とリンクし、不思議とリピートしたくなる中毒性を感じます。
REISAIが作り出すボカロ曲の世界に浸ろう
REISAIの『浴槽とネオンテトラ』は、狂気と依存で成り立ったある男性同士の恋を描いた楽曲でした。独特な空気感を持つ絵柄で表現されたMVのストーリーと歌詞に綴られた不穏な感情が、おしゃれなサウンドと絶妙なバランスを保っている点が秀逸です。
ユニットで活動するボカロPだからこそできる互いの強みを生かして制作されたこの曲を、ぜひ細部まで楽しんでください。