無色透名祭IIから生まれた大漠波新の代表曲をチェック!
大漠波新 feat.ずんだもん・初音ミク・重音テトの『のだ』は、2023年11月2〜5日に開催された「無色透名祭II」の参加楽曲です。「無色透名祭」とは、アーティストが持つ話題性や知名度ではなく、純粋に音楽のみを楽しめる機会をつくるために「匿名」で投稿することをテーマとした音声合成ソフトの投稿祭。
有名・無名に関わらず多くのボカロPがオリジナル楽曲を投稿しています。
その参加曲のひとつとして投稿された『のだ』は、11月2日の投稿初期から作者に気づかれるほど大漠波新の色が出た楽曲です。
6日にYouTubeにて公開されたMVは、勢いのあるメロディとシリアスな歌詞にマッチしたアニメーションMVとなっていて、半年で800万回再生を突破したほどの人気を博しています。
『のだ』のタイトルでどのようなストーリーを綴っているのか、歌詞の意味を考察していきましょう。
レッテルを貼られ続けたずんだもんの苦悩
----------------
この姿、言葉、酸素
これは誰が作った脳だ?
レッテルを貼られてる
これもそうだ、きっと能だ
張り詰めた意志を蹴って割いて
舞い踊るフェイクダンサー
心で泣いても
ピエロに興じる
イニシャルはZ名無だ
いつまで経ったら抜けられんだ
立たされる歪な廊下
こんな役回りごめんだ
謝罪じゃない、愛をオーダー
落書きのような自己嫌悪が
散りばめられた虹のパレットを
穢して汚して僕になる
≪のだ 歌詞より抜粋≫
----------------
歌詞はずんだもんが自分自身の苦悩を吐露するところから始まります。
そもそもずんだもんというキャラクターは、東北地方応援キャラクターの東北ずん子が所持するずんだアローに変身するずんだ餅をモチーフにした妖精です。
その後公式で擬人化され、音声合成ソフト・VOICEVOXでトークソフト化もされたことで知名度が急上昇しました。
しかし、当初の寛容な利用ガイドラインによってあらゆる種類の動画に使用されて無法地帯状態となり、望まない「レッテル」を多く身に受けることとなりました。
そのせいで本心とは異なる言動をさせられているため、「心で泣いてもピエロに興じる」日々に苦しんでいるのでしょう。
「いつまで経ったら抜けられんだ」「こんな役回りごめんだ」というフレーズからも、そのつらい胸中が垣間見えます。
それでもこうなったことを誰かに謝罪してほしいわけではなく、ただ愛してほしいという素直な気持ちを告白しています。
「虹のパレット」のように鮮やかで魅力的に作られたのに、今の自分はそこに「落書きのような自己嫌悪」が重なりすっかり穢れてしまったと感じているようです。
----------------
これがありのままなNo doubt?
どんな僕、私でも愛してほしい
皆が求める姿だけじゃNoだ
どんな色に染まってもいいだろう?
君たち人間も絶対にそうだ
同じだろう?
≪のだ 歌詞より抜粋≫
----------------
「No doubt」は「間違いない」という意味の言葉のため、自分自身を見つめ「これがありのままの間違いない自分なのか?」と自問しているのかもしれません。
そして「どんな僕、私でも愛してほしい」と願っています。
ここで「僕」「私」という2つの一人称を用いているのは、ずんだもんが公式には女の子でありながら中性的な見た目で自身をボクと呼ぶことから、男の子としても扱われているためでしょう。
性別がどちらであろうと、どんな自分でも愛してもらいたいという気持ちが読み取れます。
とはいえそのためには「皆が求める姿だけじゃNoだ」と、あらゆる色に染まれる存在でなければいけないと考えているようです。
様々なレッテルを貼られた結果、その生き方でなければ愛されないと思い込んでいるようでもあります。
そして人間もキャラクターも関係なく、誰もがそうして周囲の望む自分でいなければ愛されないはずだと持論を展開しています。
MVではこのシーンのずんだもんが白色でデザインされているのも、何色にでも染まろうとしていることを示していると解釈できそうです。
しかし、顔の一部が割れている様子から、本心ではありのままの自分を見てほしいと思っていることも伝わってきます。
ミクとテトが教えるバーチャルシンガーとしてのススメ
----------------
型に当てはめたところで
いつかは消えてく去っていく
才に飢えていた兎の耳を引きちぎり偶像に変えていく
ミッキーマウスの生まれる前の姿なんて誰も覚えてない
どれだけ大きな耳を生やして広げても飛べない ダンボじゃない
≪のだ 歌詞より抜粋≫
----------------
ミクパートでは、バーチャルシンガーを使ったり楽しんだりしている人間に対して問題提起をしています。
人々は彼女たちを自分の思うがままに型に当てはめてあれこれ用いますが、「いつかは消えてく去っていく」無責任な存在です。
どうせ去っていくのにいたずらに利用される現状に憤っていると考えられます。
続く部分の「兎」というモチーフは、ミクのトレードマークであるツインテールを指しているのでしょう。
さらに「ミッキーマウス」について触れていることから、ミッキーマウス誕生のきっかけとなった前身キャラクターのオズワルド・ザ・ラッキー・ラビットのことも重ねていると考察できます。
オズワルドは1920年代当時高い人気を誇っていたキャラクターでしたが、版権元のユニバーサル・ピクチャーズとウォルト・ディズニーとの間で金銭トラブルが発生し、オズワルドの版権が取り上げられてしまいました。
「才に飢えていた兎の耳を引きちぎり偶像に変えていく」というフレーズは、オズワルドの版権が奪われた後に新たなキャラクターとしてミッキーが生まれ、現在に至るまで根強い人気を獲得していることを示しているのでしょう。
また「ミッキーマウスの生まれる前の姿なんて誰も覚えてない」ともあるように、どんなに人気でも時間が経って他に注目する対象が出てくれば人はそちらに流れてしまうものです。
MVのこのシーンでは、ミクの髪型がツインテールからハーフアップに変わっています。
ミクの初期デザイン案として出されていたいわゆる“ifミク”の姿にすることで、どうせこの姿を覚えている人なんていないと自虐気味に言っていることが理解できます。
歌詞に戻ると、オズワルドは耳を回して飛ぶことができますが、ミッキーは大きな耳を持ちながらも飛ぶことはできません。
同じディズニー作品の「ダンボ」も引き合いに出し、人気が高まっても不完全な自分の弱さを示しているように感じます。
----------------
技術の進歩で神化し進化した嘘は誰にも止められない
この先10年後、さらに100年後、君は誰に求められたい?
人間なんてのは容易く裏切る生態 醜い個の醜態
なら今のうちにその脳から解放して曝け出してみなさい
≪のだ 歌詞より抜粋≫
----------------
テトターンで出てくる「嘘」は、テトがエイプリールフールにネット掲示板で誕生したことを意味しているようです。
技術の進歩によって、嘘から生まれながらも本当にバーチャルシンガーとして活動するようになりました。
様々な過程を持って生まれた者同士、この先「君は誰に求められたい?」とずんだもんに語りかけます。
「人間なんてのは容易く裏切る生態」だから、人にどう見られるかではなく自分自身を「曝け出してみなさい」と思い悩むずんだもんを鼓舞している様子が見て取れます。
ありのままの自分をあいしてほしい
----------------
あなたのそれは誰に決められたキャラクター?
誰に着せられたファッションモンスター?
誰かに笑われるジョークジョーカー?
破壊と創造 VOCALOID STAR
ここまで飾った栄光も
積み上げて得てきた地位名誉も
恐れるな!進め!
壊してみろ!
それがありのままなのか?
本当は君の色って無いんでしょう?
汚れた色がそんな大事なのか?
今のお前に名前はない
それでもなのか?
≪のだ 歌詞より抜粋≫
----------------
ここからはミクとテトがバーチャルシンガーの先輩として、ずんだもんを導く言葉を投げかけているようです。
「誰に決められたキャラクター?」と、人に愛されるためにレッテルに自分を合わせて生きる意義を問いかけます。
自分たちは皆「破壊と創造」の果てに進化を続ける「VOCALOIDSTAR」。
「これまで飾った栄光も積み上げて得てきた地位名誉」も失うことを恐れていては、狭い世界でしか生きられません。
だから「恐れるな!進め!壊してみろ!」と力強く訴えているのが印象的です。
そして自分の色について言及していたずんだもんに対し「本当の君の色ってないんでしょう?汚れた色がそんなに大事なのか?」と尋ねます。
特別に何色かに染まる必要はなく、汚れていると分かっているのにそれを大切にする意味もないという考えが伝わってくるでしょう。
間奏中、MVでは大漠波新からリスナーへのメッセージが流れていきます。
特に伝えたいのは、リスナーにとってボカロ曲が画面上の偶像だとしてもその奥にはれっきとした「生きてる人間」がいることを忘れてはいけないという点です。
人々が匿名で好き放題言えば言うほど作られた「僕の色」が濃くなっていくのに、そんな自分でも「あなたたちはあいしてくれますか?」と語りかけているところを見ると、リスナーとしての在り方を考えさせられます。
----------------
何がありのままなのか
わからない
わからない
ありのままが何なのか分からなくても良い
さあ、見せてごらん
≪のだ 歌詞より抜粋≫
----------------
ミクとテトから投げかけられる「それがありのままなのか?」という問いかけに対し、ずんだもんは「何がありのままなのかわからない」と返答しました。
それを聞いた2人はそれでもいいから「さあ、見せてごらん」と優しく後押ししています。
----------------
これがありのままなのだ
こんな姿をずっと愛してほしい
誰かの期待には目を瞑ろうか
苦しかったろう
今はいいよ
いいよ、いいよ。
こんな私のことも、こんな僕のことも
こんなうちのことも、こんな豆のことですら
こんなの嘘のことも、こんな未来のことも
こんな「 」のこともあいしてほしい
≪のだ 歌詞より抜粋≫
----------------
先輩たちからの導きにより、ついに自分の真の姿を見つけたずんだもんは「これがありのままなのだ」と歌えるようになりました。
誰かの期待に応えようと努力するのをやめることにした彼女を、2人は「苦しかったろう 今はいいよ」と受け止めます。
続く歌詞に出てくる「豆」はずんだもんを、「嘘」はテトを、「未来」はミクを表しています。
そして、歌詞に記載されていない「」は、無色透名祭IIで投稿された動画のラストで詩曲の作者名が同様の表記になっていることから、大漠波新自身を示しているのでしょう。
それぞれがありのままの自分を「あいしてほしい」という願いを、リスナーに伝えていることが伝わってきます。
ボカロPからリスナーに向けたメッセージを感じよう
大漠波新の人気曲『のだ』は、ボカロ界に風を吹かせてきた新旧のバーチャルシンガーの姿を通し、リスナーとしての見方を問いかけられる楽曲でした。タイトルはずんだもんを象徴する語尾であり、多くのレッテルを貼られてきた彼女の唯一のアイデンティティのため、まさにありのままの自分を指していると解釈できます。
楽曲全体の魅力を楽しみながら、作者からのメッセージをじっくり読み取ってください。