太陽を蝶の羽根に見立てた歌詞の解釈とは
2024年11月22日リリースのヨルシカの『太陽』は、横浜流星主演の映画『正体』の主題歌として書き下ろされました。ある目的のために脱走し逃亡犯となった5つの顔を持つ死刑囚・鏑木と、彼が潜伏した各地で出会う人々との交流を描く、染井為人によるベストセラー小説を映画化した『正体』。
映画のラストに流れる『太陽』は太陽をテーマに、陽の光を蝶の羽根に見立てたという歌詞の美しさと温かさが特徴の楽曲です。
荻原朔太郎の『蝶を夢む』冒頭の一編にある「あたらしい座敷のなかで 蝶がはねをひろげてゐる 白い あつぼつたい 紙のやうなはねをふるはしてゐる」という詩が基になっています。
またn-bunaは藤井道人監督との打ち合わせの中で出た「讃美歌」というワードが印象的だったそうで、まさに讃美歌のように人の心に寄り添う主題歌に仕上がっています。
どのような内容となっているのか、歌詞の意味を考察していきましょう。
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美しい蝶の羽を見た
名前も知らずに
砂漠の砂丘を飲み干してみたい
乾きの一つも知らずに
≪太陽 歌詞より抜粋≫
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主人公は「美しい蝶の羽」のように繊細に太陽の光が空から降り注ぐのを見ています。
蝶の名前を知らなくてもその美しさに心が惹かれるのと同じで、太陽の原理を詳しく知らなくてもその暖かさや心地よさを感じると自然とリラックスできるものです。
「砂漠の砂丘」が太陽の光で色づいている様子はまるで太陽が地を飲み干しているように見え、主人公が目の前の壮大な光景に感動を覚えていることが伝わってきます。
また「乾きの一つも知らずに」と続いていることから、現実の主人公は満たされない気持ちに悩んでいると解釈できるでしょう。
人は多くのものを求めすぎてしまう傾向にあり、何かを得てはまた別のものを求めてしまいます。
だから、渇望を感じなくて済むほど満たされる感覚を知りたいという人の飽くなき願望を示していると考察できます。
ゆっくりゆっくりと進んでいく
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美しい蝶の羽を私につけて
緩やかな速度で追い抜いてゆく
ゆっくりゆっくりとあくびの軽さで
行ったり来たりを繰り返しながら
≪太陽 歌詞より抜粋≫
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「美しい蝶の羽を私につけて」というフレーズは、太陽の光の力を受けたいという思いを表しているようです。
問題にぶつかったり思いがけない状況に直面したりすると、不安や迷いが生まれ動きが止まってしまうことがあるでしょう。
とはいえ「緩やかな速度」でも進み続けるために、背中を押してほしいと願っていることが窺えます。
焦らず「ゆっくりゆっくりと」自分のペースで進むことが大切です。
「あくびの軽さで」という言葉はため息の重さとは対照的で、のんびりとしたイメージを表現しています。
また「行ったり来たりを繰り返しながら」とあるように、真っ直ぐにゴールに辿り着くのは難しいものです。
しかし蝶は食べ物や卵を産む場所を探すなどの目的を持って、複雑な動きで行ったり来たりを繰り返します。
人生も状況に応じて試行錯誤する必要があります。
そのため最短距離でゴールに向かうことよりも、心が求めるものに従いながら自分にとって価値のあるルートを探していくプロセスこそが重要なのではないでしょうか。
迷い彷徨ってしまう生き方を肯定してくれる歌詞に力づけられます。
弱さも死も人生の一部
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美しい蝶の羽を見た
醜い私を知らずに
海原を千も飲み干していく
少しも満ちるを知らずに
≪太陽 歌詞より抜粋≫
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2番でも人の飽くなき渇望が示されています。
それは太陽や蝶など自然が持つ美しさと比べれば、「醜い」と表現したくなるものでしょう。
太陽は広大な海原を包み、水面を輝かせます。
満ちるということを知らないかのように広がり続ける太陽の自由さへの羨望が感じられますね。
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美しい鱗の粉よ地平を染めて
あり得ない速度で追い抜いてゆけ
ひらりひらりと木洩れの光で
行ったり来たりを繰り返しながら
≪太陽 歌詞より抜粋≫
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蝶の鱗粉が輝くように太陽の光が「地平を染めて」いく様子は、人智を超えた美しさがあります。
どれほど追いかけても手に入れられないため、「ありえない速度で追い抜いて」いくようで苦しさや寂しさを感じることもあるでしょう。
しかしここでは「追い抜いてゆけ」とあり、手に入れられないものがあることを認め純粋な気持ちで見つめているさまが読み取れます。
そして蝶が「木漏れの光」で煌めくように、自分自身を輝かせるものを探しながら進む人生の豊かさを示しているようにも思えます。
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私が歩いた道も、私の足も
私が触った花も、私の指も
私が死ぬ日の朝も、その他の日々も
緩やかな速度で追い抜いてゆく
≪太陽 歌詞より抜粋≫
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「道」や「花」は、「足」や「指」とは対照的に人にはどうしようもできない自然のものを表しているようです。
また「私が死ぬ日の朝」は一見特別な日のようですが「その他の日々」と並列に挙げられていて、死を人生の一部として受け入れていることが分かります。
自身にコントロールできるかどうかに関わりなく、訪れる日々を「緩やかな速度」で進む穏やかな寛容さと静かな覚悟を感じます。
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ゆっくりゆっくりとあくびの軽さで
行ったり来たりを繰り返しながら
ゆっくりゆっくりと彼方へ
恐る恐ると羽を広げながら
≪太陽 歌詞より抜粋≫
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時間は残酷なまでに素早く通り過ぎていきますが、目の前の状況一つひとつを見つめゆっくりと進んでいくなら、少しでも遠くへと飛んでいけるでしょう。
「恐る恐ると羽を広げながら」というフレーズからは、不安と躊躇いが感じられます。
それでも恐れのせいで行動しないのではなく、恐る恐るでも羽を広げていく様子に希望や挑戦の気持ちが見て取れますね。
醜く弱い自分を認めつつ、夢見る未来に向けて懸命に進む描写に心が温まります。
永戸鉄也の制作風景を映し出すMVにも注目!
ヨルシカの『太陽』は日常にいつもある太陽のように、全ての人の人生を温かく包み込み肯定してくれる優しさが詰まった楽曲です。MVでは、アートディレクターの永戸鉄也が太陽をテーマにコラージュを制作する風景が映し出されています。
お互いの作品に関知せず制作されたものでありながら、どちらも羽で太陽を表現している点や穏やかな温かさを演出している点が共通していて、楽曲の太陽のイメージをさらに膨らませることができるでしょう。
ぜひ『太陽』から癒しや励ましを得ながら、夢や目標に向けてゆっくりと進んで行ってくださいね。