ちょっと共感できる、イタイ女の成長ドラマ
100円あったら、何が買えるだろうか?今は日本全国に100円ショップがあるから、生活必需品はほぼ何でも手に入るだろう。食べ物に飲み物、洗剤や化粧品、下着まで。
安藤サクラがこの春、第39回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞した映画『百円の恋』(2014年)は、そんな100円ショップをきっかけに繰り広げられる人間ドラマ。
30歳過ぎて処女、パラサイトニート。自称「時価100円の女」一子(いちこ)が、引退寸前のプロボクサー・狩野との出会いをきっかけにボクシングを始め、変わってゆく物語だ。
ただし「変わろうとして頑張ってる」みたいな"オンナノコ"の"キレイ"な感じではない。自堕落な生活から否応無く変わらなきゃいけない状況がやってきて、濁流の中で必死にもがき生き場を探すような、端から見るとちょっと「イタい」女のドラマ。特に女性はグッとくるだろう。
そして、その映画のラストを飾るのが、クリープハイプの『百八円の恋』だ。
百八円の恋
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もうすぐこの映画も終わる こんなあたしの事は忘れてね
これから始まる毎日は 映画になんかならなくても普通の毎日で良いから
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
でも
居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい居たい
もう見ての通り立ってるだけでやっとで
思い通りにならない事ばかりで
ぼやけた視界に微かに見えるのは
取って付けたみたいなやっと見つけた居場所
≪百八円の恋 歌詞より抜粋≫
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冒頭の歌詞からもわかるように、まさに映画のために存在するようなこの曲。
初めて聴くと「いたい」という単語がとにかく耳に飛び込んでくる。そしてこの歌詞、映画で聴くだけではわからないけれど、読んでみると「痛い」と「居たい」の2種類があることに気付く。
恋心が「痛い」。でもあなたの近くに「居たい」。いい歳して、ボクシングを始めた自分が「イタい」し、拳も「痛い」。でも勝つまではここに「居たい」。
相反する2つの「いたい」の間でもがき、時に苦い思いを味わいながらも、立ち向かう。そんなヒロインの葛藤が、ここに表現されているのだ。
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終わったのは始まったから
負けたのは戦ってたから
別れたのは出会えたから
ってわかってるけど
≪百八円の恋 歌詞より抜粋≫
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そもそも自分にとってどうでもいいなら、手放すのは痛くもかゆくもない。「イタい」くらい頑張るものだからこそ、自分にとって大切と気づく。「痛い」と「居たい」。そして「終わりと始まり」「勝ちと負け」「出会いと別れ」。
相反する状況を重ねて理想と現実とのズレを見せながら、クリープハイプはこの映画の世界観を表現したのだ。
ラストシーンで聴いていると、疾走感あふれる曲調もあって、それまでの一子の思いが水門を破ってあふれ出したような感覚だった。頭が熱くなるくらいの高揚感を、この曲を聴くたびに思い出す。
そして「ズレ」と言えば、この曲ではもう一つ気になることがある。映画のタイトルは「100円」なのに、歌のタイトルは「108円」になっているのはなぜか。消費税分、なぜ高いのだろう?
恋が愛に変わる時の重さ
▲『百八円の恋』/ クリープハイプ
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誰かを好きになる事にも
消費税がかかっていて
百円の恋に八円の愛
ってわかってるけど
≪百八円の恋 歌詞より抜粋≫
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そのヒントもまた、歌詞の中にあった。「8円」は、恋が愛情に変わる時の重さなのだ。
恋は100円ショップの商品と同じく、いつでもどこでも割と簡単に手に入るし、始めるのには難しい理由はいらない。でも恋を愛に変えてまで相手と一緒にいようとするのは、体力を使う分、理由がないとやっていられない。
お互いを好きだと思う気持ちや、それに伴う「8円」分のゴタゴタも乗り越えていかなくちゃいけないのだ。
そして、恋は100円でキリがいい。でも、100円ショップの商品は100円では買えなくて、消費税分の8円が必要。その「気づかないもの」こそが、きっと愛の重さってやつなのだ。
一子は、映画のラストでひとつのケリをつける。そして、これから始まる平穏な日々へと向かっていく。彼女の「8円」分の成長は、あなた自身の目で確かめてみてほしい。
TEXT:佐藤マタリ