夜景ではなく「夜の街」の光
back numberは2011年に『はなびら』でメジャーデビューを果たして、2025年現在まで数々のヒット曲を生み出した国民的バンドとして、高い知名度を保っています。メンバーは、ボーカル&ギターの清水依与吏、ベースの小島和也、ドラムの栗原寿です。
歌詞は清水依与吏が担当し、メジャー初アルバム『スーパースター』のインタビューにおいて、歌詞の「主人公は僕なんでしょうね」と語っています。
ただし、『スーパースター』というアルバムは「色々なパターンや物語、視点からの歌ばかりで、そこに色々な女性像を浮かばせる作品になった」とも語っているため、登場する女性はバラバラなようです。
今回、注目したいのが、この『スーパースター』のアルバムに収録された『チェックのワンピース』です。
back numberの代表曲と比べると目立った印象のない楽曲ですが、今振り返ってみるとback numberが核として描いてきた男性のセンチメンタルな気持ちがぎゅっと詰め込まれた歌詞になっています。
また、インタビューの中で『スーパースター』のジャケットについて触れる際「たぶん、このジャケットって、10人10通りの解釈があるだろうし、今回収録のどこかの場面のようにも見えますからね」と語っています。
back numberはメジャーデビュー当時から、歌詞における解釈の余地を残すことに意識的だったことが分かります。
本楽曲のタイトル『チェックのワンピース』もまた、10人10通りのイメージを持つ存在です。
そんな『チェックのワンピース』を通して、語られる失恋の歌詞の意味を今回は考察していきます。
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夜の街を見下ろしながら
なんとなく気付いた事は
あんなに綺麗に光ってたってさ
自分は見えないんだよな
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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情景を想像できる歌いだしです。
ただし、「夜の街を見下ろ」すという具体性のあとに「なんとなく気付いた」と曖昧な内面が続きます。
僕が夜の街を見下ろして気付いたのは「あんなに綺麗に光って」も「自分は見えない」という事実です。
まず、注目したいのは「夜の街」を夜景と表現しなかった点です。
僕と「夜の街」の距離は夜景ほどには離れておらず、しかし光は自分に見えないと思うほども近くもないことが分かります。
いわば、中途半端な位置から僕は夜の街を見て、「あんなに綺麗に光ってたってさ」と皮肉っぽく言っているわけです。
この「さ」と終わる皮肉には、どこか自虐的なニュアンスが読み取れます。
おそらくですが、僕はそれまで「夜の街」の一部だったのでしょう。
けれど、なにか事情があって、僕はその場から離れてしまった。
それは僕の意思ではなかったのかも知れません。
だから、僕の代わりに「綺麗に光って」いるだろう目の前の夜の街に対して、僕はアナタたちには見えないものが見えている、と強がっているのでしょう。
僕達は「夜の街」の一部だった

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この街は色とりどりに
光と陰を連れて明日へ向かう
あの中で僕達も
光っていたのかな
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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さきほどは「夜の街」と表現していたものが「この街」に変わりました。
そんな街が「光と陰を連れて明日へ向かう」のを前にして、僕は「あの中で僕達も」「光っていたのかな」と思います。
ここで「僕達」がでてきました。
この「達」で僕が思い浮かべているのは、本楽曲のタイトル「チェックのワンピース」を着た「君」だと予想できます。
そして、「光っていたのかな」と続けることから、僕達は「夜の街」の一部だったことが伺えます。
夜の街で光ることは、恋人と共にいることなのでしょう。
であれば、夜の街の陰は恋人がいない人を指します。
僕は夜の街を見下ろしていることから陰側になってしまいました。
恋人といる時、自分たちが周囲からどう見られているかを正確に把握している人は少ないでしょう。
目の前にいる恋人に集中しているし、二人の世界にも入っている。
だからこそ、「僕達」が「僕」になってしまった時、夜の街の光の一部だったのかな?と僕は考えてしまいます。
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これから
チェックのワンピースを
どこかで見つける度に
あぁ君を思い出すのかな
嫌だな 嫌だな
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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僕は「あんなに綺麗に光ってた」夜の街の一部に、自分がなっていたのか実感は持てません。
ただ、「僕」が「僕達」だったことでの変化には実感を持っています。
それが、これから「チェックのワンピース」を見つける度に君を思い出す、です。
僕の中には「君」への明確な未練が存在します。
その象徴が「チェックのワンピース」ですが、これがまた曲者です。
歌詞を見る限り、二人の関係はそれなりに長い期間結ばれていただろうことが伺えます。
夏だけ、冬だけ、ということはないでしょう。
チェックのワンピースは年中着ることができる服であり、誰もが連想できるほど固定されたものでもありません。
『スーパースター』のインタビューで清水依与吏は、ジャケットについて「10人10通りの解釈があるだろう」と答えていますが、この楽曲の『チェックのワンピース』もまた人それぞれの解釈に委ねられた要素だと認識すべきでしょう。
ただ、一つ言えることは「僕」の中には明確な「チェックのワンピース」がある、ということです。
恋愛は二人だけの時間を積み重ねていく行為です。
その中で、二人だけの共通のものやルールが出来上がり、外から見ると不可解なこともでてきます。
歌詞の中で「綺麗に光って」も「自分は見えない」と言っていますが、恋愛の最中は逆に「自分にしか見えない」ものが大量に出てきます。
そして、その象徴が「チェックのワンピース」なのでしょう。
君との思い出の「チェックのワンピース」と、街行く人が着ているチェックのワンピースは一緒のものなのに、僕の中では意味が変わってしまう。
それを「嫌だな」と僕はぼやいています。
この「嫌だな」を2回繰り返していることで、僕は自分の中に「チェックのワンピース」が残ることを強調しています。
ただ、どこかこの強調は幼稚な印象が残ります。
明日が連れてきた朝

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それでも
いつかまた出会えたら
僕ならもう大丈夫だと
言えるように
君のいない明日を
光らせよう
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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「いつかまた出会えたら」と言っているので、僕はまだ「君」に気持ちが残っていることが伺えます。
ただ、ここで伝えたいことは「僕ならもう大丈夫だ」です。
やはり、「僕」は自分のことで手一杯で、恋愛の中心が常に自分にあるような印象を持ちます。
それでも、僕は僕なりに「君」がもう傍にいないことを受け入れて、それでも「明日を」「光らせよう」と前向きになろうとしています。
『チェックのワンピース』の歌詞の中で、「光」は恋人と共にいる時間を指しているでしょう。
そのため、今回の「光らせよう」も、僕は「君」とではない誰かと恋愛するのだ、という意味になります。
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君の頼んだものの方がさ
なんでも美味しかったり
いつも君の方が正しかったし
別れも仕方ないのだろう
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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「僕」の中でまた恋愛をするという意思は決まりました。
そのうえで、「君」のことを思い返します。
「君の頼んだものの方が」美味しいとか、「いつも君の方が正しかった」と考え、であるなら「別れも仕方ないのだろう」と僕は自分を納得させようとします。
いわば、この行為は自分の恋愛に対する反省をするための下準備です。
反省とは「自分の過去の行動や判断について後悔や失敗感をもって振り返り、その結果から学び、改善する」ことです。
ここで必要なのは自分はどのような失敗をしていたのか、を理解することです。
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君からもらったもの
すべてを
思い出せるわけじゃないけど
大事にしていたんだよ
大事にしてたんだよ
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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過去のことを思い返していくことで、「僕」は「君からもらったもの」を思い出します。
それは一部で、すべてではありません。
ただ、「大事にしていたんだよ」「大事にしてたんだよ」と思います。
ここでも2回の繰り返しです。
「していたんだよ」と「してたんだよ」は2回目の方が話し言葉に近い表現になっています。
明確に「チェックのワンピース」を着た君に伝えたい言葉だったのでしょう。
しかし、夜の街を見下ろしているだけの「僕」の声は誰にも届きません。
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これから
チェックのワンピースを
どこかで見つける度に
あぁ君を思い出すのかな
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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ここで、また「チェックのワンピース」を見つけると「君を思い出すのかな」と、この先の日々に対する憂鬱を繰り返します。
「僕」はこの歌詞の中で「夜の街を見下ろし」ている場所から動いていません。
そのため、思考回路は同じ場所を巡っています。
失恋後の思考回路を描いた歌詞だと考えれば、非常にリアルなものだと思います。
そのうえで、本楽曲のラストで一つだけ変化を示唆して終わります。
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僕ならもう大丈夫だと
言えるように
君より似合う誰かを
見つけるから
≪チェックのワンピース 歌詞より抜粋≫
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さきほどは「君のいない明日を」「光らせよう」でした。
しかし、今回は「君より似合う誰かを」「見つけるから」です。
意味としては「君」ではない誰かと恋愛をする、です。
ただ、内容は具体的になり、「光」という単語がなくなりました。
その変化の理由は「僕」の視界から「夜の街」の光が消え、朝日が街を照らしたのでしょう。
そこには「綺麗に光る」ための暗闇はありません。
前半の歌詞に「光と陰を連れて明日へ向かう」とありましたが、実際到来した明日という「朝」には、もう明確な「光と陰」は存在しません。
曖昧で、分かりにくい現実を前にして、『チェックのワンピース』は終わります。
「僕」の結論は変わりません。
夜の街を見下ろすだけでは、人は変われません。
ただ、気持ちの整理をして、次の恋愛へ向かう気力を集めることはできます。
この気力を集める時間こそ、失恋をした後には大事なのだと『チェックのワンピース』では言っているのでしょう。
失恋の処方箋

ちなみに、本楽曲が収録されている『スーパースター』のインタビューにて「色々なパターンや物語、視点からの歌ばかりで、そこに色々な女性像を浮かばせる作品になった」と歌詞を担当した清水依与吏が発言しています。
この言葉を素直に受け止めるなら『チェックのワンピース』は失恋を前にした時の一つのパターンとして、読み取れるでしょう。
とすると、アルバム『スーパースター』の中には『チェックのワンピース』とは違った形で、失恋から立ち上がろうとする曲もあります。
『スーパースター』というアルバム自体が失恋を前にした時の処方箋のような楽曲の集まりとして作られています。
ぜひ、失恋した時や、忘れられない恋を前にした時には、『チェックのワンピース』を含めた『スーパースター』というアルバムを聴いてみてください。
自分の心の痛みに合った一曲に出会えるかも知れません。
Vocal & Guitar : 清水依与吏(シミズイヨリ) Bass : 小島和也(コジマカズヤ) Drums : 栗原寿(クリハラヒサシ) 2004年、群馬にて清水依与吏を中心に結成。 幾度かのメンバーチェンジを経て、2007年現在のメンバーとなる。 デビュー直前にiTunesが選ぶ2011年最もブレイクが期待でき···
