女性を虜にする恋愛ソング
「恋愛ソングの女王」は様々なあらゆる世代に存在する。私の世代では特にaikoの名前が挙がることが多く、それを疑問に思ったこともなかったが、今回は、世の中の多くの女子達・女性達を惹きつけ続けるaikoの魅力をじっくり考えてみた。
きっかけは『花火』
aikoが世に知られたのは、3rdシングル『花火』のヒットが主なきっかけだろう。現在でも、J-POPの一線で活躍しており、紅白歌合戦には数十回以上も出場している。
『花火』の他にも『カブトムシ』や『ボーイフレンド』といった代表曲を多く持ち、名実共に「恋愛ソングの女王」だと言える。
そんな中で今回は、aikoの『二時頃』という楽曲に注目してゆく。
心に沁みる名バラード
この『二時頃』は、2ndシングル『ナキ・ムシ』に収録されたカップリング曲。そして、2011年に発売されたベストで初めてアルバム収録されたバラード楽曲だ。そして例に漏れず、この『二時頃』も失恋を歌った曲なのである。
わずかな歌詞で浮かぶ物語
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恋をすると声を聴くだけで幸せなのね
真夜中に始まる電話
足の指少し冷たい
何も知らずうれしくてただ鼻をすすってた
≪二時頃 歌詞より抜粋≫
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タイトルの『二時頃』とは夜中の『二時頃』のこと。
ストーリーは、たとえ肌寒い深夜でも、好きな彼の声が聴けるだけで幸せを感じられる…そんな恋をしている女性の物語。しかしこの冒頭の部分に、伏線とも言うべき“何も知らず”という言葉が入っている。
この言葉が、Aメロのに含まれているからこそ、この曲は初めから、うまくいかなかった恋の曲なのだと示唆できるだろう。
こんなさりげないフレーズに垣間見える物語性の強さが既に、aikoの曲の魅力のひとつといえる。
心模様が伝わってくる…
----------------電話で会話をしているのに、もう片方の耳からは時計の秒針の音が聴こえているというのは、それだけドキドキもしているし、神経を集中させている証拠だ。
右から秒針の音 左には低い声
あたしのこの心臓は鳴りやまぬ
いいかげんにうるさいなぁ
≪二時頃 歌詞より抜粋≫
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それだけでなく、自分の心臓の音さえもうるさく感じる…。彼の声に言葉に、ときめいてドキドキして胸が高まっている証だ。
さらに、状況は深夜なので部屋の中が静かというのもある。室温が下がった部屋の中では、一段と音は通って聴こえたりするものである…。
ほんの少しの歌詞に込めた言葉から、これだけ広い情景と心の動きを想像させられる。好きな人と電話越しに話す、その緊張やときめき、喋っている空間の温度感や情景。。
じっくり読まずとこれだけの映像を思い浮かばさせられるシンプルでわかりやすい歌詞。これもaikoならではの魅力だ。
そして、このあと描かれる複雑な想いの様子が如実に伝わってくる、このあとの物語もじっくり味わってほしい。
解かれる冒頭の“何も知らず”の意味
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小さく脆い優しさが耳を通り包み込む
それだけで体全部がいっぱいだったのに...
いつ逢える?まちどおしくて 瞼閉じ口を開く
あたしだけをその瞳に映してほしくて
本当は受話器の隣 深い寝息をたててる
バニラのにおいがする tiny な女の子がいたなんて
≪二時頃 歌詞より抜粋≫
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一番サビの最後から二番メロにかけて、こんな風に物語が描かれている。
そして、ここで冒頭のAメロにさりげなく添えられた“何も知らず”を示す…「二股に気付いてしまう」くだりなのだが、果たしてこの“あたし”は「いつ」彼の隣で眠っている女の子の存在に気付いたのだろうか。
“何も知らず”を受けてざっと見ていくと、「電話している時点では知らなかった。けれど本当はあのとき隣に女の子がいたんでしょう?」という物語にも見える。
しかし、ここを深くじっくり読みとってみてほしい…。そうすると、奥深くて切ない心の情景が浮かび上がってくるのだ。
実はもう、このくだりに入る時点では“あたし”はその子の存在に気付いていたのではないか。それを感じたのは、前述で紹介した彼女に聴こえている音の情景のくだり、“いいかげんにうるさいなぁ”である。
実際に曲を聴いてみてほしい。この部分の歌い方に絶妙な余韻があるのだ。
そして、ただ文字にするだけなら「うるさいな」と表現されてもいいハズ。でも、この「なぁ…」と伸ばす声の余韻にこそ、“あたし”の複雑な心情が込められている。もう一度遡って考えてみてほしい。
なぜ女の子が「彼の隣で寝ている」と分かったのか。
深夜二時頃で少し寒い部屋の中、“あたし”は時計の音や心臓の音が聴こえるくらいに、左耳に当てた受話器から聴こえる彼の低い声に集中していたのだ。
本当は、彼の低い声だけではなく、女の子が“深い寝息をたてて”いるのも聴こえていた。
だから“あたし”は“うるさいなぁ”と気だるげに歌ったのではないか。
もちろん、自分の心臓の音もうるさい。
しかし、彼の低い声を聴こうとすればするほど、その誰かの寝息も耳に入ってくる。“あたし”の緊張感の中に、単純に彼と電話しているときめきというものだけではなく、「二股に気付いてしまった」という意味も入り混じってくる。
それでもその場では、気付いていないふりで電話を続けなければならないから。
“あたしだけをその瞳に映してほしくて”“瞼閉じ口を開く”が、彼女の逃避や精一杯の願いを表しつつ、そうして一縷の望みを託すかのように…。
“いつ逢える?”と訊ねている。
彼の隣に誰かがいても、その返答次第では自分をどれくらい想ってくれているかがわかるからだ。
しかし、彼の優しさは“小さく脆い”。
この曲は、“新しい気持ちを見つけた あなたには嘘をつけない”というフレーズから始まる。しかしこの終盤のサビの中ではもう“嘘をついてしまったのは精一杯の抵抗 あなたを忘れる準備をしなくちゃいけないから”となっている。
嘘をつけないはずのあなたに、嘘をついてしまった。その嘘が何であったか明確にはされていないが、おそらく「あなたの隣に女の子がいることに気付かないふりをした」ということではないだろうか。
“あなたを忘れる準備”はこれからする。
つまり、まだ“あたし”は彼のことが好きなのだけれど、二股に気付いてしまったから、この恋は終わらせるべきなのだ、ということだろう。
この曲のサビで何度も繰り返される“あたしの事少しだけでも 好きだって愛しいなって思ってくれたかな?”に、“あたし”の未練が表現されている。
同時に、これは「こんなに好きになったのに、そのくらいは思ってくれていなければあまりに悔しい」という女性らしい感傷までもが表されているのだ。
ポップにできるaikoの魅力
こうして内容を紐解いて考えると、そこそこヘビーな状況を描いた楽曲なのだが、aikoの凄さはこういった曲を非常にポップでキャッチーに作り上げてしまえるところだ。メロディーライン自体はあまり重たくせず、代わりに仕草や表情、息づかいの余韻に至るまでの細やかな表現の部分で、女性の失恋という哀愁をかわいらしく、かつ繊細な世界観の歌詞に落とし込んでいる。
独特の比喩を入れつつも分かりやすいメッセージ性を合わせた歌詞で共感を呼びながら、耳に心地良い歌声とメロディーでポップに聴かせることができる。
むやみやたらと聴き手をその世界に引きずり込みすぎない。しかし、改めてその世界観に浸ろうとしたとき、それを拒むこともないのである。
最大の魅力は「不変性」
aikoの最大の魅力は「不変性」ではないだろうか。曲も本人も昔からちっともイメージが変わらない。そんなaiko本人の飾らないキャラクターとブレない方向性が、幅広い年齢層に受け入れられている理由だと考えられる。彼女は『花火』でヒットを飛ばす前から、こんな失恋ソングを書いていた。
女性として「失恋」や「片想い」という恋愛の感傷に寄り添う曲を書くことはけして難しくないのかもしれないが、彼女が国民的歌手に至るまでには詞、曲、そして本人という全ての要素から裏打ちされている。
aikoはいつでも変わらず「aiko」としてそこにいてくれて、女の子たちの気持ちに寄り添ってくれる。
いくつになっても女性として在り続け、それを伝え続ける姿が私たちにまっすぐに伝わるからこそ、彼女は「恋愛ソングの女王」なのだ。
TEXT:祈焔( https://twitter.com/kien_inori )
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