「虹」はNHK全国学校音楽コンクール課題曲
森山直太朗の『虹』は、2006年の第73回NHK全国学校音楽コンクール(通称:Nコン)中学生の部の課題曲として制作された合唱曲です。作詞・作曲は森山直太朗と御徒町凧、編曲は信長貴富です。
Nコンの課題曲は毎年テーマがあり、2006年は「出会う」でした。
Nコンの課題曲は、近年ではポップス、ロックのアーティストが課題曲を手がけることが多いのですが、森山の『虹』はその先駆けと言っていい楽曲です。
「当時はポップスをやっているミュージシャンが課題曲を作るという前例がほとんどなかったので、お話をいただいた時は、非常にトリッキーな依頼だなとびっくりしたのを覚えています。」と森山は語っています。
『虹』は発表以降、全国の中学校の合唱コンクールや卒業式などで歌い継がれている楽曲です。
『虹』が収録されているのは、2006年の2ndアルバム『風待ち交差点』の初回限定盤のボーナスCDです。
鹿児島県屋久島町立小瀬田中学校在校生による合唱と共に、森山が歌った『虹 屋久島ドメニカバージョン』を聴くことができます。
また、2016年のベストアルバム『大傑作撰』では『虹(2016ver.)』として、前作とは違ったバージョンが収録されています。
「虹」が制作された背景・友人の死

『虹』が制作された背景には、森山直太朗と御徒町凧(おかちまちかいと)の共通の友人の死がありました。
御徒町は森山とは同じ高校(成城学園)の1学年後輩です。
サッカー部を通じて知り合い仲良くなり、森山のデビュー後は、作詞・作曲を共に手掛け、森山の作品には欠かせない存在。
そんな2人の共通の友人が亡くなったという経験が『虹』を制作するひとつのきっかけになったようです。
『虹』は、出会いと別れという表裏一体の出来事を軸に、青春の儚さや絆、希望を描いた楽曲です。
歌詞を紐解いていきます。
出会いと別れが描く未来

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広がる空に 僕は今 思い馳せ
肌の温もりと 汚れたスニーカー
ただ雲は流れ
煌く日々に 君はまた 指を立て
波のさざめきと うらぶれた言葉
遠い空を探した
≪虹 歌詞より抜粋≫
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広がる空にという言葉に、これからの未来を想像させます。
大きな空のように、僕の物語がどこまでも続いていくのだろう、と予感しているのかもしれません。
思いを馳せているのは、仲間と過ごした時間でしょうか。
肌の温もりを感じるほどそばにいた仲間たち。
汚れたスニーカーに、共に過ごした時間の濃さが伺えます。
楽しさも苦しさも共に経験し、雲が流れるようにいつの間にか時間が過ぎ去っていった。
「指を立て」という言葉は、解釈が分かれるところですが、ブーイングのような、あるいは「くたばれ」のような少し強気な仕草が想像できます。
続く歌詞に「うらぶれた言葉」とあるからです。
うらぶれるとは、落ちぶれる、みじめなという意味があります。
きらめいたと感じることの多い学校生活ですが「君」にとっては、必ずしもそうではなかった。
または、恵まれた生活に嫌気がさしていた、と捉えることもできそうです。
森山の作風を考えれば、こういった表現にも納得ができるのです。
そして、自らが進む道=遠い空を模索しているのではないでしょうか。
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喜びと悲しみの間に 束の間という時があり
色のない世界 不確かな物を壊れないように隠し持ってる
≪虹 歌詞より抜粋≫
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人生は白黒がはっきりとしているのではなく、グラデーションのようなもの。
喜びと悲しみにも大きなものと小さなものがある。
その間に「束の間」という日々があり、色のない感情があるのだと伝えたいのではないでしょうか。
ささやかな日常の中で、大切なものを壊れないように持っている。
大切なものとは、家族や友人、愛情、自分自身など。
形にできないものこそ、壊れやすく大切にしたいもの。
大きな出来事ではなく、ささやかな日々の大切さ、色のない世界=束の間の時間こそが幸せなのかもしれないと思わせる歌詞です。
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僕らの出会いを 誰かが別れと呼んだ
雨上がりの坂道
僕らの別れを 誰かが出会いと呼んだ
時は過ぎいつか 知らない街で 君のことを想っている
≪虹 歌詞より抜粋≫
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出会いと別れは表裏一体だと伝えているのでしょう。
出会いがあるから別れがある、その逆もしかり。
卒業の先には、進路により新しい出会いがある。
出会うことはいつか別れることの始まりでもあると言えるでしょう。
人生はそれを繰り返し進んでいくのだと伝えたいのではないでしょうか。
学校生活を共に過ごした仲間は、それぞれが別の道を進んでいくのだろう。
その時、知らない街でもきっと君のことを思い出す自分がいる。
まるで別れの寂しさの後、その余韻を残すように、なぐさめるように現れる虹。
タイトル『虹』に込められたのは、そんな寂しさの後にある希望なのかもしれません。

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風になった日々の空白を 空々しい歌に乗せて
未来を目指した旅人は笑う アスファルトに芽吹くヒナゲシのように
≪虹 歌詞より抜粋≫
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別れを経験し、心にぽっかりと穴があいたよう。
心の余白を埋めようとします。
「空々しい歌」とは、卒業ソングや応援ソングを想像させます。
森山自身の『虹』もそうかもしれません。
自虐的な歌詞を書くこともある森山ですから、自分の書いた歌を指しているとも言えます。
そんな歌に少し励まされながら、自分の進む未来を迷いながらも行くだけなのだと笑い飛ばします。
ヒナゲシ(ポピー)は、日陰や水のあまりない環境でも咲く花で、アスファルトから芽を出すことも。
そんなヒナゲシのように、自分も強く生きてみせると鼓舞します。
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僕らの喜びを 誰かが悲しみと呼んだ
風に揺れるブランコ
僕らの悲しみを 誰かが喜びと呼んだ
明日へと続く不安げな空に 色鮮やかな虹が架かっている
≪虹 歌詞より抜粋≫
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出会いと別れのように表裏一体であり、喜びも悲しみも視点を変えるとそれは逆になるのだと伝えたいのでしょう。
卒業は友達と別れて悲しい、寂しい、でも新たな未来の始まりでもある。
喜びの先にある悲しみ、悲しみの先にある喜び。
どちらも新しい人生の旅立ちと言えるのではないでしょうか。
「風に揺れるブランコ」は仲間との想い出を乗せた象徴かもしれません。
僕らの未来はどうなっていくのだろうか、と不安定な空を描きます。
しかし、その空には虹がかかっています。
これからの未来が幸多きものだと言わんばかりに。
明るい旅立ちを予感させます。
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僕らの出会いを 誰かが別れと呼んでも
徒に時は流れていった 君と僕に光を残して
≪虹 歌詞より抜粋≫
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この出会いが別れになるとしても、僕らの出会いは決して間違っていなかったのだ。
なぜならこんなにも素晴らしい時間を、共に過ごすことができたのだから。
徒に(いたずらに)とは意味もなく、むやみにという意味。
徒に過ぎていった時間だけれど、君と僕に光を残した。
意味のない時間が価値のあるものだという矛盾した歌詞。
ただ過ぎていく時間こそ人生において大切なものであり、そんな「束の間」の時間を共に過ごした仲間の存在が一生忘れられないものになる、という意味が込められているのではないでしょうか。
虹のように優しく人生の意味を問いかける
森山直太朗の『虹』は、第73回NHK全国学校音楽コンクールのために創られた合唱曲です。出会いと別れ、喜びと悲しみは表裏一体であり、人生はグラデーションのようなもの。
色のない時間を「束の間」とし、そんな何気ない時間こそ大切なのだと伝えています。
作者の森山と御徒町にとって、大切な友人を亡くした経験があるからこそ、人生の余白という何気ない時間の大切さが描かれているのかもしれません。
『虹』は、雨上がりの空にかかる虹のように、優しく人生の意味を問いかけてくれる楽曲です。
