可愛らしいキャラクターとシビアな世界観で人気の「ちいかわ」

「ちいかわ」は、今や街中やSNSで見かけない日はないほど、高い人気を誇るキャラクターです。
原作は、ナガノが2020年からX(旧Twitter)で連載している漫画『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』。
主人公のちいかわと、友人のハチワレ、うさぎを中心に、個性豊かなキャラクターたちの日常が描かれています。
丸みを帯びた愛らしい姿や、ほのぼのとした世界観が印象的な一方で、ちいかわたちは日雇いの仕事をこなし、自分たちの力で生活しています。
仕事の内容も、現実にありそうな軽作業から、命の危険を伴う「討伐」までさまざまです。
こうしたかわいらしさと妙に生々しい現実味が同居するギャップこそ、「ちいかわ」ならではの魅力といえるでしょう。
物語には不条理でシビアな展開も多く、時にはやりきれなさの残る結末を迎えることもあります。
それでも、ちいかわ、ハチワレ、うさぎの3人は互いに支え合いながら、何度も訪れる困難を乗り越えていきます。
楽しいことばかりではない毎日のなかで、ささやかな喜びや友情を大切にし、懸命に生きる姿は本作が多くの人の心をつかむ理由のひとつです。
楽曲「くつずれ」が主題歌に起用された映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』では、「ちいかわ」の世界が内包する不穏さや切なさ、心のやり場を失うような暗い側面が色濃く描かれています。
だからこそ、「くつずれ」に込められた優しさとひたむきさが、物語を見届けた私たちの傷ついた心に寄り添い、そっと癒してくれるのです。
うまくいかない日、忘れたいことと忘れたくないこと

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大したことないからさ
そりゃなんともないけどね
空見上げて 目ショボる
なんかいつもの日じゃないや
≪くつずれ 歌詞より抜粋≫
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「くつずれ」はそんな歌詞で始まります。
現実味を帯びた世界観を持つ「ちいかわ」だからこそ、この歌詞は早くも私たちに強く響きます。
きっと大したことじゃないけれど少しだけ引っ掛かることがあって、空を見上げた時思わず目がショボショボと潤んでしまうような日。
いつも通りでいられない日というのは、本楽曲を歌うハチワレにも、私たち人間にも存在しています。
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昨日晴れだったっけ 雨じゃなかったような
写真撮って見返すと
なんか すごく 良さそなもの食べてるね
≪くつずれ 歌詞より抜粋≫
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続くのはこんな歌詞。
ぼんやりとして、昨日のことも曖昧だから写真を見返す。
昨日は晴れだったっけ雨だったっけ、と思って見返したのに、ハチワレの目についたのは昨日食べたものの写真だったようです。
この部分にわずかな違和感を抱いて曲を聞き続けると、2番にこんな歌詞が登場します。

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昨日何食べたっけ 夢じゃなかったような
写真撮って見返すと
なんか わりと 晴れの方が多い気する
≪くつずれ 歌詞より抜粋≫
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今度は昨日何を食べたのか確認しようとして、天気の話に切り替わってしまいます。
問いと答えが入れ替わってしまっているという訳です。
この覚束なさに不穏な影を見ることはできますが、ここではあえて、少しでも明るさの残る解釈を示していきましょう。
アルバムを見返す時、人間も思わず目移りをするものです。
小さく、幼いイメージのあるハチワレなら尚更のこと。
原作漫画でもハチワレは時折カメラを用い、思い出を写真に残すことを大切しています。
しかし、逐一記録を取るということは、見返した時に思い出したくない記憶の蓋まで開く可能性があること。
天気のことを思い出したかったのに、食べ物のことを思い出して。
食べ物のことを思い出したかったのに、天気のことを思い出して。
あたたかい記憶に付随して、恐ろしいトラウマが目前へやって来ることもある。
そうして、レンズの向こうのやりきれないシビアな世界と向き合わざるを得ない日がやってくるのです。
守ってくれるはずの靴が、傷をつくることもある

本楽曲のサビでは、次の歌詞が繰り返されます。
----------------靴は、本来であれば足を守るために履くものです。
くつずれが 痛くとも 痛くとも
歩くよ前を向いて ネバーギブアップ
でも やっぱ 痛いからさ 痛いからさ
なんかちょっとだけ目ショボる
≪くつずれ 歌詞より抜粋≫
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硬い地面や尖った石から足を守り、遠くまで歩くための助けになってくれます。
ところが、足を守るはずの靴が擦れることで、かえって傷ができてしまうことがあります。
「くつずれ」というタイトルには、支えになるものが、同時に痛みの原因にもなり得るという矛盾が込められているのではないでしょうか。
ハチワレにとって、ちいかわやうさぎと過ごす日々は、恐ろしい出来事の多い世界を生き抜くための大切な支えです。
友達がいるから笑うことができ、困難に遭遇しても再び前を向くことができます。
しかし、大切な存在が増えるほど、失うことへの恐怖も大きくなります。
楽しかった思い出を振り返れば、その時間が永遠には続かないかもしれないという不安まで呼び起こされるでしょう。
前の歌詞で、天気や食べたものについての記憶が曖昧に交差していたのも、思い出のなかに喜びと痛みが入り混じっているからなのかもしれません。
忘れたくない記憶を抱えているからこそ、同時に思い出したくない出来事までよみがえってしまうのです。
それでも、ハチワレは靴を脱いで歩くことをやめようとはしません。傷つく可能性があっても、友達と過ごした記憶を手放さず、同じ道を歩き続ける。
そう考えると「くつずれ」は、ただ苦しさを表す傷ではなく、大切なものを守りながら生きようとした証にも見えてきます。
目をショボショボさせるほどつらい日も、うまくいかない日もある。
それでも誰かと歩くことを選び続けるハチワレの優しさが、この小さな傷には刻まれているのではないでしょうか。
少しでも優しい未来を選び取っていく「くつずれ」

「くつずれ」は、「ちいかわ」という世界観と「ハチワレ」というキャラクターを繊細に描き切った切ない楽曲です。
ハチワレの前には無限の可能性が広がっており、タイトルの意味もきっと、幾重にも広がっていく。
彼らが明るい未来を手に入れられることを祈らずにはいられません。
また、映画のエンディングテーマである「机さする」はちいかわ役の青木遥が歌唱を担当しており、「くつずれ」の解釈の補完に適しているでしょう。
本楽曲の世界観に惹かれた方は是非、そちらも必聴です。