「江戸時代えどじだい後期こうきに曲亭馬琴きょくていばきんによって書かかれた長編小説ちょうへんしょうせつ……」
『南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん』
「昔々むかしむかし、実みのり豊ゆたかな安房あわの土地とちを狙ねらう一人ひとりの魔女まじょがおりました」
その名なは玉梓たまずさ
「里見義実さとみよしざねが治おさめる国くにを我わがものにしようと企たくらんだ玉梓たまずさでしたが、捕とらえられてしまいます。
処刑しょけいされんとするまさにその時とき……」
涙なみだに濡ぬれた美うつくしき魔女まじょ
「『風かぜひとつ吹ふけば散ちらされそうな、か弱よわきこの身みで一体いったい何なにができましょう?
里見さとみの殿とのよ。本当ほんとうに妾わらわが国くにを乗のっ取とろうとしたとお思おもいですか…?』」
涙なみだに濡ぬれた美うつくしき瞳ひとみ
「息いきを呑のむ義実よしざね」
「『…これほど美うつくしい者ものが、謀反むほんの罪つみを犯おかすものだろうか…』」
「心こころを奪うばわれた義実よしざねは、処刑しょけいを取とりやめようとしました」
「『か弱よわき者ものを殺ころすのは、どうかと思おもう。…命いのちだけは許ゆるそう』」
「『…嗚呼ああ!ありがとうございます…。里見さとみの殿との』」
「だが…」
騙だまされてはなりませぬ!玉梓たまずさは悪あしき魔女まじょ
「家来けらいの一声ひとこえで我われに返かえった義実よしざね」
「『そうであった。…この者ものは心こころ操あやつる怪あやしき魔女まじょ。今いますぐ死刑しけいにせよ!』」
途端とたんに美うつくしき顔かおは 歪ゆがみ崩くずれた
「『その口くちから一度ひとたびこぼれ落おちた赦ゆるしの言葉ことばが、
まだ妾わらわの耳みみに残のこっている内うちに、再ふたたび同おなじ口くちから吐はき出だされた容赦ようしゃなき宣告せんこく…。
妾わらわの命いのちをもてあそぶとは……おのれ里見義実さとみよしざね、許ゆるすまじ…!』」
「『ええい黙だまれ!』」
「『待まて!』」
「『待まて!』」
「『覚悟かくご!』」
呪のろってやろう 里見さとみに関かかわる者ものみな
滅ほろびよ 犬いぬになれ
滅ほろびよ 犬いぬになれ
「……呪のろいの言葉ことばを残のこし、玉梓たまずさの首くびは何処どこへと消きえてゆきました」
「……翌年よくねんの夏なつに生うまれた義実よしざねの娘むすめは、それはそれは美うつくしい姫君ひめぎみに育そだちました」
その名なは伏ふせ姫ひめ
「伏ふせ姫ひめの首くびには、八やっつの大おおきな珠たまがついた数珠じゅずが掛かけられておりました。
それは、幼おさなき頃ころに不思議ふしぎな老人ろうじんから譲ゆずり受うけたもの」
「『この八やっつの珠たまは、里見さとみの国くにを守まもるであろう』」
「そして、伏ふせ姫ひめのそばにはいつも、八房やつふさという名なの大おおきな犬いぬがおりました」
「『ワン!』」
そのからだのあちこちには
牡丹ぼたん柄がらのぶち 八やっつ
「……隣国りんこくとの激はげしい戦たたかいが続つづき、里見さとみの国くには窮地きゅうちに立たたされておりました。そんな折おり、義実よしざねは八房やつふさに冗談じょうだんをこぼします」
「『なあ八房やつふさ。……お前まえが敵将てきしょうを食くい殺ころせば、皆みなが助たすかるぞ。褒美ほうびに魚さかなの肉にくでもやろう』」
「『くぅーん』……」
「『ははは。魚さかなの肉にくでは不服ふふくと見みえる。ならば何なにを与あたえようか。身分みぶんも領地りょうちも欲ほしがるようには思おもえぬ。
…そうじゃ。お前まえの大好だいすきな伏ふせ姫ひめをやろう』」
「……それは、誠まことに悪わるい冗談じょうだんでございました」
「『わおぉぉーーーん』……」
その夜よる 敵陣てきじんが何故なぜか 総崩そうくずれ
八房やつふさが咥くわえてきた生首なまくび……
「それはまさしく、敵将てきしょうの首くびだったのです。……約束やくそく通どおり、伏ふせ姫ひめは八房やつふさの嫁よめとなりました」
「山やまの奥おくで八房やつふさと共ともにひっそりと暮くらす伏ふせ姫ひめ。…そこに一人ひとりの武士ぶしがやってきました」
「『あの犬いぬがいる限かぎり、姫ひめ様さまは里見さとみの国くにに戻もどって来こられぬ…』」
『なんとしても伏ふせ姫ひめ様さまを』
『とり戻もどす!』
「『覚悟かくご―!』」
放はなたれた弾丸だんがんは
見事みごと八房やつふさを捉とらえた
「しかし…」
嗚呼ああ…
嗚呼ああ…
「弾丸だんがんは八房やつふさを貫通かんつうし、伏ふせ姫ひめの右胸みぎむねに当あたってしまったのです」
倒たおれる伏ふせ姫ひめ
「『姫ひめ様さま!』」
「駆かけ寄よった武士ぶしの腕うでの中なかで、伏ふせ姫ひめはもう虫むしの息いき」
「『しっかりしてください!伏ふせ姫ひめ様さま!』」
「実じつはその武士ぶしは、伏ふせ姫ひめの愛あいした許嫁いいなずけでございました」
立たちこめる 黒くろい霧きり
浮うかび上あがる 血走ちばしった目め
真まっ赤かに 裂さけた口くち
その口くちが語かたる
『滅ほろびよ 犬いぬになれ』
『呪のろいはまだ続つづく』
「最期さいごの力ちからを振ふり絞しぼって、伏ふせ姫ひめは叫さけびました」
「『決けっして呪のろいに負まけません。……八犬士はっけんしよ、来きたれ!!』」
切きり裂さくような光ひかり
伏ふせ姫ひめの数珠じゅずから弾はじかれた
八やっつの珠たま
黒くろい霧きりを消けしてゆく
「江戸時代edojidai後期koukiにni曲亭馬琴kyokuteibakinによってniyotte書kaかれたkareta長編小説chouhensyousetsu……」
『南総里見八犬伝nansousatomihakkenden』
「昔々mukashimukashi、実minoりri豊yutaかなkana安房awaのno土地tochiをwo狙neraうu一人hitoriのno魔女majoがおりましたgaorimashita」
そのsono名naはha玉梓tamazusa
「里見義実satomiyoshizaneがga治osaめるmeru国kuniをwo我waがものにしようとgamononishiyouto企takuraんだnda玉梓tamazusaでしたがdeshitaga、捕toらえられてしまいますraerareteshimaimasu。
処刑syokeiされんとするまさにそのsarentosurumasanisono時toki……」
涙namidaにni濡nuれたreta美utsukuしきshiki魔女majo
「『風kazeひとつhitotsu吹fuけばkeba散chiらされそうなrasaresouna、かka弱yowaきこのkikono身miでde一体ittai何naniができましょうgadekimasyou?
里見satomiのno殿tonoよyo。本当hontouにni妾warawaがga国kuniをwo乗noっxtu取toろうとしたとおroutoshitatoo思omoいですかidesuka…?』」
涙namidaにni濡nuれたreta美utsukuしきshiki瞳hitomi
「息ikiをwo呑noむmu義実yoshizane」
「『…これほどkorehodo美utsukuしいshii者monoがga、謀反muhonのno罪tsumiをwo犯okaすものだろうかsumonodarouka…』」
「心kokoroをwo奪ubaわれたwareta義実yoshizaneはha、処刑syokeiをwo取toりやめようとしましたriyameyoutoshimashita」
「『かka弱yowaきki者monoをwo殺koroすのはsunoha、どうかとdoukato思omoうu。…命inochiだけはdakeha許yuruそうsou』」
「『…嗚呼aa!ありがとうございますarigatougozaimasu…。里見satomiのno殿tono』」
「だがdaga…」
騙damaされてはなりませぬsaretehanarimasenu!玉梓tamazusaはha悪aしきshiki魔女majo
「家来keraiのno一声hitokoeでde我wareにni返kaeったtta義実yoshizane」
「『そうであったsoudeatta。…このkono者monoはha心kokoro操ayatsuるru怪ayaしきshiki魔女majo。今imaすぐsugu死刑shikeiにせよniseyo!』」
途端totanにni美utsukuしきshiki顔kaoはha 歪yugaみmi崩kuzuれたreta
「『そのsono口kuchiからkara一度hitotabiこぼれkobore落oちたchita赦yuruしのshino言葉kotobaがga、
まだmada妾warawaのno耳mimiにni残nokoっているtteiru内uchiにni、再futataびbi同onaじji口kuchiからkara吐haきki出daされたsareta容赦yousyaなきnaki宣告senkoku…。
妾warawaのno命inochiをもてあそぶとはwomoteasobutoha……おのれonore里見義実satomiyoshizane、許yuruすまじsumaji…!』」
「『ええいeei黙damaれre!』」
「『待maてte!』」
「『待maてte!』」
「『覚悟kakugo!』」
呪noroってやろうtteyarou 里見satomiにni関kakaわるwaru者monoみなmina
滅horoびよbiyo 犬inuになれninare
滅horoびよbiyo 犬inuになれninare
「……呪noroいのino言葉kotobaをwo残nokoしshi、玉梓tamazusaのno首kubiはha何処dokoへとheto消kiえてゆきましたeteyukimashita」
「……翌年yokunenのno夏natsuにni生uまれたmareta義実yoshizaneのno娘musumeはha、それはそれはsorehasoreha美utsukuしいshii姫君himegimiにni育sodaちましたchimashita」
そのsono名naはha伏fuse姫hime
「伏fuse姫himeのno首kubiにはniha、八yaxtuつのtsuno大ooきなkina珠tamaがついたgatsuita数珠juzuがga掛kaけられておりましたkerareteorimashita。
それはsoreha、幼osanaきki頃koroにni不思議fushigiなna老人roujinからkara譲yuzuりri受uけたものketamono」
「『このkono八yaxtuつのtsuno珠tamaはha、里見satomiのno国kuniをwo守mamoるであろうrudearou』」
「そしてsoshite、伏fuse姫himeのそばにはいつもnosobanihaitsumo、八房yatsufusaというtoiu名naのno大ooきなkina犬inuがおりましたgaorimashita」
「『ワンwan!』」
そのからだのあちこちにはsonokaradanoachikochiniha
牡丹botan柄garaのぶちnobuchi 八yaxtuつtsu
「……隣国rinkokuとのtono激hageしいshii戦tatakaいがiga続tsuduきki、里見satomiのno国kuniはha窮地kyuuchiにni立taたされておりましたtasareteorimashita。そんなsonna折ori、義実yoshizaneはha八房yatsufusaにni冗談joudanをこぼしますwokoboshimasu」
「『なあnaa八房yatsufusa。……おo前maeがga敵将tekisyouをwo食kuいi殺koroせばseba、皆minaがga助tasuかるぞkaruzo。褒美houbiにni魚sakanaのno肉nikuでもやろうdemoyarou』」
「『くぅqwuーんn』……」
「『はははhahaha。魚sakanaのno肉nikuではdeha不服fufukuとto見miえるeru。ならばnaraba何naniをwo与ataえようかeyouka。身分mibunもmo領地ryouchiもmo欲hoしがるようにはshigaruyouniha思omoえぬenu。
…そうじゃsouja。おo前maeのno大好daisuきなkina伏fuse姫himeをやろうwoyarou』」
「……それはsoreha、誠makotoにni悪waruいi冗談joudanでございましたdegozaimashita」
「『わおぉぉwaoooーーーんn』……」
そのsono夜yoru 敵陣tekijinがga何故nazeかka 総崩soukuzuれre
八房yatsufusaがga咥kuwaえてきたetekita生首namakubi……
「それはまさしくsorehamasashiku、敵将tekisyouのno首kubiだったのですdattanodesu。……約束yakusoku通dooりri、伏fuse姫himeはha八房yatsufusaのno嫁yomeとなりましたtonarimashita」
「山yamaのno奥okuでde八房yatsufusaとto共tomoにひっそりとnihissorito暮kuらすrasu伏fuse姫hime。…そこにsokoni一人hitoriのno武士bushiがやってきましたgayattekimashita」
「『あのano犬inuがいるgairu限kagiりri、姫hime様samaはha里見satomiのno国kuniにni戻modoってtte来koられぬrarenu…』」
『なんとしてもnantoshitemo伏fuse姫hime様samaをwo』
『とりtori戻modoすsu!』
「『覚悟kakugo―!』」
放hanaたれたtareta弾丸danganはha
見事migoto八房yatsufusaをwo捉toraえたeta
「しかしshikashi…」
嗚呼aa…
嗚呼aa…
「弾丸danganはha八房yatsufusaをwo貫通kantsuuしshi、伏fuse姫himeのno右胸migimuneにni当aたってしまったのですtatteshimattanodesu」
倒taoれるreru伏fuse姫hime
「『姫hime様sama!』」
「駆kaけke寄yoったtta武士bushiのno腕udeのno中nakaでde、伏fuse姫himeはもうhamou虫mushiのno息iki」
「『しっかりしてくださいshikkarishitekudasai!伏fuse姫hime様sama!』」
「実jitsuはそのhasono武士bushiはha、伏fuse姫himeのno愛aiしたshita許嫁iinazukeでございましたdegozaimashita」
立taちこめるchikomeru 黒kuroいi霧kiri
浮uかびkabi上aがるgaru 血走chibashiったtta目me
真maっxtu赤kaにni 裂saけたketa口kuchi
そのsono口kuchiがga語kataるru
『滅horoびよbiyo 犬inuになれninare』
『呪noroいはまだihamada続tsuduくku』
「最期saigoのno力chikaraをwo振fuりri絞shiboってtte、伏fuse姫himeはha叫sakeびましたbimashita」
「『決kextuしてshite呪noroいにini負maけませんkemasen。……八犬士hakkenshiよyo、来kiたれtare!!』」
切kiりri裂saくようなkuyouna光hikari
伏fuse姫himeのno数珠juzuからkara弾hajiかれたkareta
八yaxtuつのtsuno珠tama
黒kuroいi霧kiriをwo消keしてゆくshiteyuku