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【歌詞コラム】あの阿久悠も愛した名曲!恋人との辛い別れを経験しても、自分を強くいさせてくれる「ジョニイへの伝言」

ペドロ&カプリシャスの2代目ボーカル髙橋真梨子は、歌手活動が40年を超えた今もコンサート、ニューアルバムを出すなど、精力的に活動しています。2015年には約30年ぶりに紅白歌合戦に出場し、その翌年も連続出場を果たしています。その歌声が健在であることを国民に大きく知らしめました。

公開日:2017年8月24日 更新日:2017年8月24日


この記事の目次
  1. ・作詞したのは阿久悠
  2. ・あなたには、どんな曲に聴こえましたか?
今回取り上げる楽曲は彼女にとっての記念すべき一曲、1973年にリリースした「ジョニイへの伝言」。こちらは、ペドロ&カプリシャスがボーカル髙橋真梨子(当時:高橋まり)を迎えて初めてのシングル、つまり彼女のデビューシングルとなった曲です。デビューシングルながら、彼女の歌唱力を感じさせるこの曲は大ヒットを記録しました。




作詞したのは阿久悠

作詞したのは昭和歌謡の巨人・阿久悠。彼は、何全曲と書いた歌詞の中でもこの曲はいちばんに好きな曲だということを、生前に明かしています。そんなこの曲のいちばんの特徴は、「伝言」であるということ。おおむね歌においては自分の感情を相手に伝えるという構造が多くを占めていますが、この曲で出てくる主人公の感情はほんの少しで、あとは伝言の内容から推し量るしかありません。

――――
ジョニイが来たなら伝えてよ
二時間待ってたと
割と元気よく出て行ったよと
お酒のついでに話してよ
友だちならそこのところ
うまく伝えて
――――
「二時間待ってたと」の部分の盛り上がるメロディが印象的です。主人公の女性は、二時間も待っていたのに「割と元気よく出て行った」と伝えて欲しい、と言っています。女性はどんな気持ちで、この言葉を伝えようとしているのでしょうか。
一つの解釈としては、「強がり」です。喫茶店かバーかどこかで二人は待ち合わせをしていたのでしょう。しかしジョニイが姿を見せないことに別れを悟ります。女性は、本当は切なくて悔しいけれども、最後の意地から、あたかもジョニイとの別れなど割り切っていると思わせたい。しかしそれをそのまま伝言してもらうといかにも強がっているように見えてしまうので、何かのついでにポロっと喋るような形でうまいこと伝えてほしい、というようにとらえることができます。

しかし、こうも解釈できます。二人は最後に別れの挨拶をするために待ち合わせたけれども、ジョニイはそれを拒んだ。女性はジョニイのその心情を汲んで「私のことは気にせずに幸せになって」という思いから、ジョニイに後悔を残させないために「元気よく出て行ったよ」と伝えてほしいのかもしれません。どちらも間違いではないですし、まだほかにも解釈の可能性があると思います。感情がここまででまだ何も見えないからこそ、たったメロディ一つだけで男女のストーリーを連想させてくれます。

――――
今度のバスで行く
西でも東でも
気がつけばさびしげな町ね
この町は
――――
この部分は先ほどのフレーズと比べて、よりいっそう哀愁漂うメロディーになっており、初めて感情を想像できる「さびしげ」という言葉が出てきます。
2番の「元の踊り子でまた稼げるわ」という歌詞から、華やかな仕事をしていた主人公は、おそらく元は栄えた街に住んでいたのではないかと想像できます。

しかしジョニイとの暮らしを選びこの町に来ました。ジョニイとの恋が終わった今、もうこの町に意味などありません。そう思って町を見てみたら、今までは輝いて見えていた町は実はひなびた場所で、むしろさびしげな町にすら見える。私はそうとらえましたが、「よく見ればたいした町じゃないな」と考えることでその場所への未練を断とうとしているのかもしれません。

考え方はさまざまですが、「さびしげな町」という表現ひとつで、ジョニイと愛し合っていたころとそうでない今とで町の見え方が変わっているのは事実です。この町から離れ「西でも東でも」行く、そのあてのない旅はジョニイとの別れが招いたことも事実です。しかしそんなフレーズを、髙橋真梨子は芯の通った声で力強く歌うのです。まるで別離への決意の強さを表すかのように。

――――
ジョニイが来たなら伝えてよ
二時間待ってたと
サイは投げられた もう出かけるわ
わたしはわたしの道を行く
友だちならそこのところ
うまく伝えて
――――

「二時間待ってた」けれど、「私は私の道を行く」。この頼もしい歌詞の裏に、住み慣れた街を見下ろすさびしげな女性のまなざしがある。男女が別れるときというのは、人それぞれです。すがったり、反発したり、拒否したり、何も言わずに受け入れたり。しかし別れ方がどうだったとしても、恋人はもう恋人ではないし、そのあとは誰もみなまた一人で生きていかねばなりません。

さびしさや意地や切なさ、いろいろな感情がある中でもまた生活をしていなければいけない。そんな弱くなりそうなときだから「ジョニイがいてもいなくても私は私である」と、自分を奮い立たせているように感じるのです。伝言は、自身を奮い立たせるためのせいいっぱいの言葉で、でもそんな強がりが言えるひとは強いと思うのです。私はこの曲を聴くと背筋をしゃんと伸ばさせてくれて、辛いことがあっても自分を自分でいさせてくれるのです。


あなたには、どんな曲に聴こえましたか?

人の気持ちを完璧に言葉で表すことが不可能であるように、その様子を歌った歌にもまた完璧な解釈というものは存在しません。しかしその中でも、受け取る人それぞれの考え方やバックグラウンドによって、この曲はより色々な解釈をさせてくれます。「ジョニイへの伝言」は、歌は自由でありながら、同時にたった一人のためのものだということを教えてくれる曲でもあると言えるのではないでしょうか。


それが、40年以上経った今聴いても色褪せない曲である所以かもしれませんね。
私にとってのこの曲はタイトルの通りです。

あなたには、どんな曲に聴こえましたか?

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