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その胸のざわつきを、フジファブリック「赤黄色の金木犀」が代弁する。

亡き志村正彦は季節を大切にする男だった。彼はフジファブリックというバンドを結成し、メジャーデビューしてから立て続けに四枚のシングルを出した。その四枚はファンの間で「四季盤」と呼ばれる。春夏秋冬をモチーフとして曲が作られているからだ。今回取り上げるのはそんな四季盤の三作目、秋をモチーフとした「赤黄色の金木犀」だ。
「秋」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。我々凡人はおそらく紅葉、秋刀魚、コオロギなどを挙げてしまうだろう。

しかし志村正彦は金木犀で秋を表現しようと考えた。その時点で彼はやはり普通とは違っていた。

金木犀の花はその強烈な匂いで有名だ。毎年九月の終わり頃になるとどこからか漂ってくる香り。

不安を掻き立てるようなその香りを、誰もが一度は嗅いだことがあるはずだ。

匂いは記憶を呼び起こす。嗅覚ほど記憶と密接に結びついている感覚はない。もちろん視覚や聴覚がきっかけとなって蘇る思い出もある。

しかし懐かしい匂いを嗅いだ時に蘇る思い出は、それらよりもずっと色鮮やかで生々しい。

金木犀の香りは秋の記憶を呼び起こす。一年前この香りを嗅いでいた頃は何をしていたっけ、その前の年の今頃は何をしていたんだろう、と過去へ遡っていく。

そんな思索を志村正彦はこう綴った。

フジファブリックの「赤黄色の金木犀」



もしも過ぎ去りしあなたに
全て伝えられるのならば
それは叶えられないとしても
心の中準備をしていた


金木犀の香りに触発されて記憶を辿るうちに、思い出す人がいたのだろう。会わなくなって久しい人と、もしまた会ったら何を話すか。

昔のことを思い出していると、そんなどうでもいいことを考えてしまう。そしてサビへ続く。

短い歌詞に込められた感情の揺らぎ

赤黄色の金木犀の香りがしてたまらなくなって
何故か無駄に胸が騒いでしまう帰り道


過去の自分の姿が蘇り、その言動を懐かしく思ったり、恥ずかしく思ったりする。そんな気分の浮き沈みが、少ない言葉で見事に表現されている。

「胸が騒いでしまう帰り道」を経験しても、我々凡人はすぐにそれを忘れてしまう。次々に生まれては消える感情を留めておけない。

しかし志村正彦はそんな些細な情緒も見逃さなかった。感情の揺らぎを切り取って歌詞にした。そのおかげで我々は、忘れかけていた胸のざわつきを思い出すことができる。

そしておそらく志村正彦自身も、この曲を聴いて何かを思い出していたのだろう。

志村正彦の天才的なセンスを感じる「赤黄色の金木犀」

胸のざわつきは、歌詞だけでなく音によっても表現されている。最も印象的なのはサビに入る直前のコード(=和音)だ。なんとも不安定で複雑な響きをしている。

これはAm7(♭5)というコードであり、次なるA♭というコードに着地するための足掛かりとして機能している。あえて一度緊張を走らせた後にそれを緩和して、聴く人を惹きつける。

緊張と緩和は音楽に欠かせない要素であり、あらゆる曲に取り入れられているが、m7(♭5)をこんなにもうまく使った曲は他に類を見ない。

不安を掻き立てるようなm7(♭5)の響きと、同じく不安を煽るような金木犀の香りを結びつけたところに、志村正彦の天才的なセンスを感じる。



TEXT:安部孝晴


2000年、志村正彦を中心に結成。2009年、志村が急逝し、2011年夏より山内総一郎(Vo/Gt.)、金澤ダイスケ(Key)、加藤慎一(Ba)の新体制で本格始動。 叙情性と普遍性と変態性が見事に一体化した、シーン屈指の個性派ロックバンド。 「銀河」、「茜色の夕日」、「若者のすべて」などの代表曲···

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