ジャニーズの功労者
今やジャニーズは芸能界でも非常に名のある事務所として知られていますが、当時はまだまだ知名度もなく、売れているアイドルもいませんでした。そんななか爆発的に売れたのが田原俊彦、近藤真彦、野村義男の3人、いわゆる「たのきんトリオ」です。
今のジャニーズ事務所の権威は彼らの努力によって作られたといっても決して過言ではありません。
今回は、その中でもアイドル界屈指の名曲でもある田原俊彦の代表曲「ハッとして!Good(グー)」について見ていきたいと思います。
当時のアイドルソングといえば「アイドル歌謡」と呼ばれるとおり、歌謡曲をキャッチーに若者向けにアレンジしたような曲がスタンダードでした。
そのあとそれぞれの個性やファン層を鑑みて曲の方向性も決まっていくので、最初の数曲はとりわけ安定の「アイドル歌謡」であることが多かったのです。
郷ひろみのデビュー曲「男の子女の子」も、のちに「ジャパーン!」とジャケットをはためかせるキャラクターになることなど想像できないような、いわゆるアイドルソングでした。
このころのソロアイドルの最初の数曲は、男女問わずまさに「アイドル」という曲で、その中から、本人にハマった設定や曲調のエッセンスを抽出し、徐々に方向性が決まっていきます。
しかし田原俊彦はデビュー曲で洋楽のカバーである「哀愁でいと」、そして2曲目は、それまで誰もチャレンジしたことがないであろうビックバンドともスイングとも言える曲調の楽曲でした。
それが、「ハッとして!Good」です。
当時の「トシちゃん」の人気ぶり
イントロからその曲調に「おっ?」と思わされます。普通のアイドルソングとはちょっと違うぞ、と。
まるで昔のミュージカル映画が始まったかのような別世界に引き込まれていきます。
作曲の宮下智という方は、アメリカのピアノ・コンテストで数々の賞を受賞し、同じくアメリカの音楽学校を主席で卒業しているというというエリート。
日本の歌謡曲の延長線上では考えられない曲風は、そんな人の手によって作られました。
陽気なブラスが鳴り響くイントロからグッと人の心を掴み、アウトロに至るまで完璧な世界観が表現されています。
そして、この世界観の中に入ってくるのが、田原の調子っぱずれな歌です。
彼はジャニーズの礎を築いたアイドルでしたが、歌はというと格別上手くはなかったのです。
それまでのアイドルというのはあくまで歌謡曲がベースなので、歌唱力の高さも現代の比ではありませんでした。
そんな中で、田原のそれにそぐわない舌ったらずな甘い歌声。しかも、この練りに練られた完成度の高い楽曲で。
そんな彼の歌を、ここでは敬意を表して「へたっぴ」と表現したいと思います。
そんな彼の楽曲の歌詞がこちら。
パステルに染まった 高原のTelephone Box
電話をかける君と 偶然バッタリ出会ったよ
ハッとして グッときて
パッと目覚める 恋だから
フッとした瞬間の 君は天使さ
少女漫画などで見かけるような、ロマンチックな一目惚れのシチュエーションを歌っています。
しかし、ハッとしてグッときてパッと目覚めるだとか、タイトルがハッとしてGoodだとか。
思わずギャグかよ…と突っ込みたくなります。
君と出会う Sweet Situation
きらめく高原で 僕は今 さわやかな
君だけのプリンスになると 決めたのさ
「君だけのプリンスになる」なんて、さすがにこの時代でも口にする人はいないであろう歯の浮くような言葉です。
それでも彼は当時の女性ファンにとってはまさに王子様でした。
先述どおりの「へたっぴ」な歌声で「君は天使さ」なんて言ってるにも関わらずです。
今考えると、ちょっと笑ってしまいますよね。
しかしこの歌詞と歌声こそ、日本人離れしたこの楽曲を違和感なく聴くことができるミソなのです。
歌詞×歌手×曲のバランスが最高
前の節でこの楽曲のクオリティについては述べた通りで、いわゆる「昭和歌謡」という枠に収まらぬ名作曲であることはお分かりいただけたと思います。これをもし、歌唱力の高い歌手が歌ったらどうなったでしょうか?
曲に合わせたカタカナまみれの歌詞になっていたらどうだったでしょうか?
おそらく完璧に近づけば近づくほど、日本人の耳から遠い音楽になってしまい、まだ歌謡曲びいきのあったこの時代に馴染むことは難しかったはずです。
完璧にカッコいい楽曲に対して、ありえない王子様ソングな歌詞と、「へたっぴ」な歌声。
その絶妙なバランスが、遠く離れた国の音楽に日本風の味付けをし、親しみを感じさせることができたのです。
では、歌唱力の低い人なら誰でもよかったのでしょうか?
それはもちろんNOです。下手くそと「へたっぴ」は違うからです。
「へたっぴ」は朗らかで、爽やかで、歌は下手でも味があり、垢抜けていないことだと私は考えます。
さらに田原はリズム感が良く、ダンスも非常にハイレベルでした。
歌ってみないと気付きにくいですが、かなりリズムをとるのが難しい曲にもかかわらず、激しいダンスをしながら陽気に歌いこなしています。
もともとこの曲は、歌詞にもある「Sweet Situation」というタイトルだったのですが、ジャニー喜多川氏が「ハッとして グッときて」のフレーズを気に入ったためにこのタイトルになったとのことです。
「ハッとしてGood」のほうが、よりこの曲に香るちょっとヘッポコな空気をうまく表しているのではないでしょうか。
歌手は歌唱力では測れない
この曲のみならず、田原の楽曲にはカントリー・ミュージック、ロック、ジャズなど、さまざまなジャンルの音楽がエンターテイメントのようにちりばめられています。それはまるで遊園地のアトラクションさながらに、さまざまな切り口から私たちを楽しませてくれます。
田原俊彦の楽曲の方向性がこんなに異色で多彩だったのは、歌唱力によって見出されたアイドルではなかったからこそ、キャラクターやインパクトで勝負したせいもあったのかもしれません。
それが結果的に功を奏し、田原の味のある歌声やリズム感の良さ、ダンスの巧さを引き立たせることになりました。
田原のこの路線の曲は何曲も続きましたが、パフォーマンスで観客を楽しませるスタイルは今に至るまで変わっていません。
この時期はまだ男性アイドルがステージを丸ごと使って踊って歌うスタイルはほぼ存在していないことを考えると、まさに田原の楽曲こそが、ジャニーズをはじめとするのちの男性アイドルの基盤になったのではないでしょうか。
また、同時に田原のエンターテイナーとしての基盤にもなったといえるでしょう。
「恵まれた楽曲」×「田原の個性」との化学反応が、音楽が豊かにするのは歌唱力の高さだけではないことを証明してくれたのではないでしょうか。
今でもプリンスを貫く「トシちゃん」
今でも、ほぼ毎年CDをリリースしていて、全国ツアーも行っている「トシちゃん」。あれから40年近く経ち50代も後半に差し掛かった彼は、今では(残念ながら)歌唱力もすっかり上達し、昔の調子っぱずれな様子は全く感じられません。
ジャニーズからの独立や、メディアから「干され」たりなど、彼にとってこの40年間は決して平坦な道ではなかったはず。
しかし、変わらぬキレのある全力ダンスをほぼ全曲にわたって披露してするコンサートは、年々ファンを感動させています。
「へたっぴさ」が良かった昔から、「本物のエンターテイナー」へと見事に進化を遂げたのです。
その「始まり」ではないかと思うこの曲、是非聴いてみてください。
きっと、「ハッとして、グッと」来るはずですよ。
TEXT:サニー