冬に公開された夏の歌「夜明けと蛍」
『夜明けと蛍』は、ボカロP「n-buna(ナブナ)」によるオリジナル楽曲です。2014年11月と冬に公開されならがも、n-bunaの十八番である「夏」をテーマとした楽曲として公開され、時季外れの夏ソングに多くのボカロファン達が興味を惹かれた楽曲となりました。
しかしそんな季節外れのテーマの楽曲の歌詞を考察して見たその時、見えてきたのは『冬』の季節にも見合う「明けの蛍」と、ある「物語」だったのです。
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したいことが見つけられないから
急いだ振り 俯くまま
転んだ後に笑われてるのも
気づかない振りをするのだ
≪夜明けと蛍 歌詞より抜粋≫
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まず初めに見て欲しいのは1番Bメロの歌詞です。
ここでは「したいことが見つけられない」と主人公の現状を歌っています。
続く歌詞からは、そんな自身への焦りや、それ故の挫折と思われる歌詞、さらには周囲からの辛い評価が綴られています。
しかし、それに気づかない振りをして主人公は進もうとしています。
なぜそうまでして、したいことを見つけたいのか。
その理由は、1番の始まりの歌詞から汲み取ることができます。
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淡い月に見とれてしまうから
暗い足元も見えずに
転んだことに気がつけないまま
遠い夜の星が滲む
≪夜明けと蛍 歌詞より抜粋≫
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「淡い月に見とれてしまう」それが主人公がしたいことを見つけたい理由だと思われます。
ですが、どれだけ見惚れても「月」を手にすることはできません。
結局、見惚れた先で主人公は転んでしまいます。
「星が滲む」というのは、その拍子にこぼれた涙を表しているのでしょう。
ではこの「月」とはなんなのでしょうか。次はそこに迫ってみましょう。
「月」は主人公の「夢」の象徴
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胸が痛いから下を向くたびに
君がまた遠くを征くんだ
夢を見たい僕らを汚せ
さらば 昨日夜に咲く火の花
≪夜明けと蛍 歌詞より抜粋≫
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2番サビから主人公には、見たい「夢」がある事が推測できます。
しかしそんな自分を汚せとも歌っており「さらば」と今まで過ごして来た日々に別れを告げるような歌詞になっています。
まるで「夢を見る」ことをやめたがっているかのようです。
さらにさかのぼり、今度は1番のサビを見てみましょう。
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形のない歌で朝を描いたまま
浅い浅い夏の向こうに
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い空 明けの蛍
≪夜明けと蛍 歌詞より抜粋≫
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注目は先頭の歌詞です。この部分から、主人公が歌を作る人である事がわかります。
しかし「形のない歌」や「描いたまま」という歌詞が続く事から、その歌はまだ作り終える事ができていない事が想像できます。
すると、1番で歌われていた「したいことが見つけられない」の意味が変わって見えてきませんか。
主人公は歌を作る人物。しかしどんな歌を作りたいのかがわからず、自分がその歌で「したいこと」がわからない。
その為、悩み、焦りを感じているように見えませんか。
「淡い月」はそんな主人公の歌を作る最初のきっかけや「夢」そのものの象徴なのでしょう。
暗い闇の中でも輝き続けるその姿に憧れ歌い始めたもの、歌いたいものが見つからず歌えないでいる自分に焦っている、というのが今の主人公の本当の姿なのかもしれません。
しかし、そんな主人公の前に「君」という人物が現れます。
この人物は何者なのか。続いてはそこに迫ってみましょう。
歌の先で見つけた「夜明けと蛍」の姿とは
最初の登場した1番のサビ「冷たくない君の手のひら」という歌詞からは「君」の暖かな人柄がみえてきます。
さらに2番サビでは「夢を見たい 僕ら」と綴られていることから「君」もまた主人公同様に夢追い人である事が推測できます。
けれど歩みを止める主人公とは逆に、遠くにいる姿も歌われており、主人公とは違う現状にいる人物のようです。
さらに1番のサビには「君」の正体に関して、次のような歌詞が。
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冷たくない君の手のひらが見えた
淡い空 明けの蛍
≪夜明けと蛍 歌詞より抜粋≫
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注目は後半の歌詞。「淡い空」とは文字通り夜明けの事でしょう。
続く「明けの蛍」とは、そんな空の中に見えた蛍という事でしょうか。
蛍は朝方に光るものではありません。となると、この「蛍」は本来とは違うものをさした言葉だと思われます。
「夜明けの空」に見えるものと言えば太陽と月が出てきますが、実はそれ以外にもある星が存在しています。それは「金星」です。
「明けの明星」とも呼ばれ、特によく見えるのは夏頃からと、蛍が光る時期と被っていますね。
また、金星は月の傍で輝いている星でもあります。主人公にとって己の夢の象徴である「月」の傍で輝く夏の「金星」。
それは正しく「明けの蛍」と比喩できないでしょうか。
同時に、主人公と真逆で「夢」に近いところにいる「君」の姿とも被るものがあります。
つまり、この「蛍」とは「君」の事を指しているのではないでしょうか。
さらに続く大サビでは主人公はこう歌っています。
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朝が来ないままで息が出来たなら
遠い遠い夏の向こうへ
冷たくない君の手のひらが見えた
淡い朝焼けの夜空
夏がこないままの街を今
あぁ 藍の色 夜明けと蛍
≪夜明けと蛍 歌詞より抜粋≫
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「夏の向こうへ」という歌詞から、主人公がようやく「夢」への一歩を踏み出すことができた事が想像できます。
1番では抽象的だった夜明けへの表現も「朝焼けの夜空」とわかりやすいものになり、主人公の心の変化が現れているように感じられます。
その先で見えたのは「君」の姿。これは主人公が再び自分の足で、夢へと進む事を決めたからこそ、先に行った「君」の姿がまた見えてきたという事なのでしょう。
それは苦悩という長く暗い夜にようやく光明が差し込んだ。正しく「夜明け」と呼ぶべき光景です。
そうして最後にいきついた歌詞は「夜明けと蛍」。この楽曲は、主人公が探し続けてきた「歌」の姿、そのものだったのです。
TEXT 勝哉エイミカ