現代社会の象徴を取り入れた歌詞
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深夜東京の6畳半夢を見てた
灯りの灯らない蛍光灯
明日には消えてる電脳城に
開幕戦打ち上げて
いなくなんないよね
≪春を告げる 歌詞より抜粋≫
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「深夜東京の6畳半」という歌詞が印象的な歌い出しで、幕を開ける『春を告げる』。
まさにインターネット世代の雰囲気を象徴するような「深夜」という舞台設定が、楽曲の世界観を演出しています。
そんなワンルームで主人公が「夢」を見ている場面から物語はスタート。
「灯りの灯らない蛍光灯」という表現からは、主人公が経済的な苦しさから電気代の支払いを滞らせているという一人暮らしの若者ならではの生活状況を表現しているのでしょう。
さらに、そんな状況を改善する気力もなく、部屋で一人悩み続けている精神的な弱さも演出していると考えられますね。
続いて登場する「電脳城」というキーワード。
電脳というのは、コンピューターやバーチャルなものを指す単語。
現実世界ではなくデバイスの中、あるいはネット上に作り上げた自分だけの憩いの場のような意味でしょうか。
しかしそんな大切な場所でさえ、虚しくも「消えて」いってしまいます。
「孤独」の描写に思わず共感
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ここには誰もいない
ここには誰もいないから
ここに救いはないよ
早く行っておいで
難しい話はやめよう
≪春を告げる 歌詞より抜粋≫
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続く一節で描かれるのは圧倒的な孤独の実感。
「ここには誰もいない」という事実が、幾度となく主人公の脳裏にフラッシュバック。
主人公に「ここに救いはない」という結論を導かせるに至ります。
他に誰もいない都会のワンルーム。
深夜に一人ぼっちとなれば間違いなく「孤独」を感じてしまうでしょう。
そしてそれは、多くの悩みを抱えた若者が、毎晩のように経験している「深夜」の様子とも重なって聞こえてくるのかもしれません。
様々な不安や憂鬱を抱えた感情を理解してくれるような歌詞が、夜らしいクールなサウンドに載せられて聴き手の元へと届けられます。
「早く行っておいで」というセリフは、誰に向けられたものなのでしょうか。
孤独を感じている主人公が夢の中に映し出す「もう一人の自分」に向けて放った言葉のようにも感じられます。
あるいは、誰か主人公の周りを取り巻く他者に向けられた言葉であるかもしれませんね。
大人になるってどういうこと?
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とりあえず上がって酒でも飲んでさ
いつも誰にでも いうことを
繰り返してる
完璧な演出と 完璧な人生を
幼少期の面影は 誰も知らないんだ
誰もがマイノリティなタイムトラベ
ラー
≪春を告げる 歌詞より抜粋≫
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続く一節では、孤独であった主人公が相手を見つけて関わる様子が描かれています。
「とりあえず上がって酒でも飲んで」という表現からは、ちょっぴりオトナな雰囲気を感じますね。
現実というものがだんだんと見え始め若者ならではの悩みと大人ゆえの苦しさが、ごちゃまぜになって襲いかかってくるような感覚。
大人と青年の狭間で揺れ動く20代をターゲットに据えた歌詞が、楽曲のテーマをより明確にしています。
酔いが回って、自分の思い描く「完璧な人生」を語る主人公。
自分が思い描いているものに手が届きそうで届かない。
そんな若者ならではのもどかしい距離感が、歌詞にうまく表現されています。
あらゆる現実に向き合って、成長した自分の姿に「幼少期の面影」は残っていません。
それが大人になるということ。
子供の頃思い描いていた自分と同じ年齢になった時、その理想があまりにも遠く離れた場所にあるものだったと悟ることもあるでしょう。
そんな「人生」の姿を緻密に描き切った、圧倒的な描写の鮮やかさ。
『春を告げる』の歌詞に宿る世界観の秘密は、そんなところにあるのかもしれませんね。