過去曲『フラッシュバックアンビエンス』のアンサーソング?
ロック調の楽曲が持ち味の人気ボカロP・Eightが2014年にリリースした22作目の『とても素敵な六月でした』は、2021年に自身初のミリオンを達成した人気曲です。
夏の爽やかさと切なさを感じるメロディに初音ミクの無機質な歌声が絶妙にマッチしていて、毎年6月になると聴きたくなるというファンが多いようです。
実はスマッシュヒットとなった9作目の『フラッシュバックアンビエンス』の歌詞のフレーズや世界観と重なる部分が多く、この2曲には繋がりがあると考えられています。
『フラッシュバックアンビエンス』はある女性に近づき結婚詐欺を働こうとした男性が本当に恋をしたものの、気づいた時にはすでに自身の当初の思惑がバレていて女性を深く傷つけて失ってしまうという内容です。
一方の『とても素敵な六月でした』は、この男性の嘘を知った女性の気持ちを綴っていると思われます。
難解な歌詞にどのような意味が込められているのか、詳しく考察していきましょう。
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潰された私の体躯は酷く脆い固形と化して
音ひとつしない市街地で忌々しい不祥を呪うのさ
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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「潰された私の体躯」という言葉は、悲しみの果てに自死を選んだ主人公が文字通り何かに潰されてしまったことを表していると思われます。
心がボロボロになっていた彼女の命は尽きようとしていて、その身体は今や「酷く脆い固形と化して」しまいました。
「不祥」は不吉や不幸という意味があり、ここでは不幸な出来事を知らせる救急車のサイレンを示しているのでしょう。
閑静な住宅街で響くサイレンを聞きながら、彼女は彼との関係に思いを馳せているようです。
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道徳の向う側であなたは吠えている
淡泊な言葉の裏側が透けているよ
真昼の無彩色を不穏な色にして
本当に馬鹿な嘘つき
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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自身を騙す目的で近づいてきた彼は「道徳の向う側」にいる人間です。
いつからか彼の「淡泊な言葉の裏側」にある思惑が透けて見えるようになりました。
白や黒など色相を持たない「無彩色」は無機質なイメージがありますが、「真昼」の明るさと合わさると存在感があって引き立つものです。
もしかしたら彼女の人生が華やかさとは無縁だったために、自身のことを無彩色のように地味な存在だと思って生きてきたのかもしれません。
そんな中で彼と出会い、目の前が真昼のように明るく感じられたのでしょう。
しかし事実を知った彼女の目には全てが「不穏な色」に映ってしまうようになりました。
上手に隠し通してくれれば気づくこともなかったのにと、詰めの甘い彼を「本当に馬鹿な嘘つき」と称しています。
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薫る夏風に誘われて霞む死神も泣いていた
始まりの合図が轟いて咽ぶ飛行機雲
閉塞と千の世迷言で回る膿んだ世界が終る前に
夢の中さえもずっと、焼きつけたいの
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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「薫る夏風に誘われて」と美しい表現で6月の風景が描かれています。
「死神も泣いていた」のは、彼女の境遇を知って同情したからかもしれません。
見上げた飛行機雲が「咽ぶ」ように見えるのも、彼女自身の心が悲しみに暮れているからだと思われます。
彼女の世界は「閉塞と千の世迷言」で回っていて、自由や誠実さとは無縁です。
死を持って世界を終わらせる前に願うのは、私という存在を彼の「夢の中さえもずっと」焼きつけること。
そうして自身の罪に苦しみ続ければいいっています。
傷つき枯れる蓮華の花
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草臥れた回転木馬、見たくもない欺瞞の産物
仕組まれた惨劇の丘に咲いた蓮華は枯れるのだろう
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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この部分の歌詞では「回転木馬」のフレーズが印象的です。
MVでブランコが繰り返し描写されている点と絡めると、英語の「What one loses on the swings one gains on the roundabouts.(ブランコでの損は回転木馬で取り返す)」ということわざが思い起こされます。
このことわざは「一方で損をしても他方で取り戻せる」という意味があり、プラスマイナスがなくなるということです。
そう考えると回転木馬は良いことの象徴のように思えますが、ここでは「草臥れた」とあります。
これは彼との結婚という喜びによってこれまでの人生で負った損が帳消しになったと思っていたのに、それが「欺瞞の産物」だったと知った今では、もはや何の利益ももたらしてくれない現状を表現しているのではないでしょうか。
全ては「仕組まれた惨劇」で、その中で心に咲いた愛の花はきっと近いうちに枯れるでしょう。
ちなみに「蓮華」の花言葉は「心が和らぐ・あなたと一緒なら苦痛が和らぐ」なので、彼女の想いを表現するのにぴったりの花と言えますね。
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私を穿っていく醜い透明
灰色の心が無数に悲鳴を上げるの
背徳の白い息も次第に白銀が
覆い隠してしまうよ
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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目には見えずとも醜い彼の思惑が、彼女の心を深く傷つけます。
「灰色の心が無数に悲鳴を上げるの」という歌詞が痛々しく感じられるでしょう。
「背徳の白い息」という言葉は、彼が息を吐くように語った嘘のことと解釈できます。
英語では罪のない嘘のことを「White lie」と表現するように、彼が罪の意識なく彼女を騙していたことが窺えます。
「白銀」が何を示すのかは定かではありませんが、時が経って冬になり雪が全てを覆うようにいつか彼の罪はなかったもののようにされてしまうことを示していると解釈しました。
いずれは雪解けして露見するとしても、その頃にはきっと忘れられているでしょう。
だから彼の罪が放っておかれることがないように、彼女は行動したということが理解できます。
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湿る街角に飛び散った抉る感覚を放つのさ
吠える迷子犬を葬って黒煙の立つ空に
問い掛けと千の綺麗事で回る膿んだ世界の終りなんて
呆気の無いくらいでいいと、吐き捨てたいの
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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「湿る街角に飛び散った抉る感覚を放つ」というフレーズは、雨が降る街に彼女の身体が飛散する様子を表していると考えられるでしょう。
その光景は彼の目に焼きついて、いつまでも心を抉り続けるはずです。
「吠える迷子犬」は打ちのめされて不安と怒りに駆られる、彼女自身のことかもしれません。
きっとそんな感情を抱えたままでは余計に苦しいから、火葬して黒煙が立ち上らせるように自らの感情を葬ることにしたのでしょう。
彼女は自身の人生を「問い掛けと千の綺麗事で回る膿んだ世界」と表現しています。
そして、そんなどうしようもない人生の終わりは「呆気の無いくらいでいい」とも思っています。
「吐き捨てたいの」という言葉によって、彼にもたらされた悲しみに殺されたのではなく自分から誇り高く決断したのだと思いたい気持ちが伝わってくるようです。
タイトルが示す意味の解釈とは
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喚く踏切が遮って、これで全て終りなんだろう
さよならの合図が轟いて溶ける飛行機雲
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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「喚く踏切」という描写から、彼女が電車への飛び込み自殺を選んだことが分かります。
それが「さよならの合図」とあるため、「始まりの合図」も踏切の音のことだったと解釈できそうです。
電車が近づく知らせは彼女の復讐の始まりを意味し、同時に彼との別れが来たことを示します。
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がなる現世の境界で愚かなあなたは泣いていた
薫る夏風に誘われて、悲しくなどないさ
天国も地獄も無いのなら
こんな泥塗れの現実を誰が裁けるの
透過、「また会いましょう」
≪とても素敵な六月でした 歌詞より抜粋≫
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「がなる現世の境界」のフレーズは、救急車のサイレンの音や目撃した人の悲鳴など、周囲の喧騒によって彼女の意識がかろうじて繋ぎ止められていることを想像させます。
彼女は人々の中に「愚かなあなた」が泣いている姿を見つけました。
6月の風景に刻まれた彼女の死という決断は、彼女自身が抱えていた悲しみを忘れさせたため、一度は愛した人が悲しんでいるのを見てももう何も感じません。
彼女はこの世に「天国も地獄も無いのならこんな泥濡れの現実を誰が裁けるの」と問いかけます。
まだ実害の出ていない今の状態では誰も彼を裁いてはくれないから、私が自らあなたを裁くのだと伝えているようです。
そして、自身の最期が彼の日常の中で何度もフラッシュバックすることを思いながら「また会いましょう」と告げます。
どうかと願うのではなく「透過」という言葉が使われているのは、その言葉の裏にある本当の気持ちに気づいてほしいという思いのためと考察しました。
本当の気持ちとはタイトルの「とても素敵な六月でした」という言葉に示されているように思えます。
これは彼と出会ったことで、最悪な日々になったことを皮肉っているのでしょう。
とはいえ彼と出会ったからこそ人を愛する感情を知り、暗い人生に光が差したと思える瞬間を得たという意味で、本気で「とても素敵な六月」と感じる気持ちもあったのではないでしょうか。
そう考えると死を選んだのも、自分を忘れないでほしいという愛ゆえの行動だったのかもしれませんね。
どちらにしても悲しすぎる結末が心に迫ります。
憂鬱な六月が素敵に変わる名曲
Eightの『とても素敵な六月でした』は、悲しくつらい出来事を題材に人の心の奥底にある深い感情を巧みに描いた楽曲です。複雑な歌詞は日本語の美しさを感じさせ、切ない世界観で6月の情緒を際立たせています。
気分が落ち込みやすい6月をきっととても素敵な季節に変えてくれますよ。