「Dec.」で描かれる「エンヴィーベイビー」の過去
高いストーリー性を感じる世界観と中毒性の高い音楽で常に注目を集める大人気ボカロP・Kanaria。2024年4月26日に前作からおよそ10ヶ月ぶりとなる新曲『Dec.(ディセンバー)』をリリースし、早くも大きな話題を集めています。
Kanaria作品でおなじみのイラストレーター・LAMによって描かれたMVを見ると、青い背景が印象的です。
青い背景といえば、『KING』の過去のストーリーを描いていると考察された『QUEEN』との関連を感じさせます。
また、主人公の目尻の上がった赤い目や肩にかかるストレートの銀髪、斜めに被った帽子といった要素は『エンヴィーベイビー』の主人公と類似しています。
つまり、この主人公はQUEEN(のちのKING)に恋をしていた宮廷道化師と同一人物だと解釈できそうです。
今回は『エンヴィーベイビー』の過去の世界軸という観点で『Dec.』の歌詞を考察していきましょう。
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I Just Very Fall In Love
それは映画のようなRナンバー
心まで奪ってって My Darling
I Just Very Fall In Love
これは雨が止まないディセンバー
命すら奪ってくれ My Baby
≪Dec. 歌詞より抜粋≫
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繰り返される「I Just Very Fall In Love」は「私はただ恋に落ちる」という意味です。
おそらく主人公はQUEENの少女と出会い、恋に落ちたのでしょう。
「Rナンバー」とはニューコム社製航空機の通称で、「革新的」を意味する「Radical(ラジカル)」の頭文字であるRが航空機の型番に使用されていることから、このような俗称が生まれました。
「それは映画のようなRナンバー」は、彼にとって恋に落ちた衝撃が映画のように革新的な出来事だったことを示していると思われます。
この言葉選びと軍服を思わせる服装をしていることから、主人公は空軍に所属する軍人だったと考察できます。
軍人として規律正しく生きてきた彼に突如起きた、「雨が止まないディセンバー(12月)」の恋。
あまりにのめり込んでしまい、自分の心のみならず彼女になら命を奪われたっていいとさえ思っているようです。
12という数字はトランプのQUEENとも重なり、ますます関連性を裏づけています。
軍人から愛のジョーカーへの転身
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塗り替わった 灰の空路
君笑った 愛をどうぞ
巡り廻る バッドエンド
君はどうか 感じてほしい
≪Dec. 歌詞より抜粋≫
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「塗り替わった灰の空路」という表現は、おそらく戦争で優勢だったはずの自国が劣勢に追い込まれるようになったことを指していると考えられます。
彼は軍人として戦争の最前線におり、愛する人の笑顔を思い出しながら懸命に戦っているのかもしれません。
しかし自分の想いが彼女に届くとも思えないので、心の隅でいっそ共に「バッドエンド」まで堕ちることを願ってもいるのでしょう。
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行き詰った 空の退路
なら それはなんだ これは内緒
捨て去れば ただの回路
「まあ それもそっか」 愛のジョーカー
ああ 夜が明けるから
君の曖昧が痛い
≪Dec. 歌詞より抜粋≫
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「行き詰った空の退路」は彼の行き場のない恋のことを示していると解釈できます。
彼は彼女に告白して振られたか、もしくは別の男性に恋していることに気づいたのでしょう。
恋の終わりをはっきりと感じた今、枯れるしかなくなった恋心はこれから何になるのでしょうか?
捨て去ってしまえば何の意味もない「ただの回路」です。
だから彼は心は泣いても顔では笑顔を作れるように、「愛のジョーカー」として自分の純粋な愛に対して道化を演じるようになったのでしょう。
さらにジョーカーはトランプの最高の切り札としての役割もあるため、いつか彼女が愛する男を陥れることもすでに企んでいたのかもしれません。
これが彼が宮廷道化師となって彼女に近づいた理由だと考察できますね。
「夜が明ける」というフレーズは、戦争が終盤を迎えていることや彼の新しい道が開かれたことを表現していると読み取れます。
この先、彼は彼女を傷つけるために彼女が愛する王を失脚させるつもりです。
それなのに自分を愛してもいない彼女が曖昧な態度で優しくするから、つらい胸の痛みを感じているようです。
恋が散った私は枯れ逝くラベンダー
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I Just Very Fall In Love
それは映画のようにリメンバー
心まで奪ってって My Darling
I Just Very Fall In Love
雨が泣いて止まないディセンバー
命すら奪ってくれ My Baby
≪Dec. 歌詞より抜粋≫
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心に残る映画のシーンが繰り返し思い出されるように、恋心が何度もぶり返します。
ここまでの過程を知ると、「心まで奪ってって My Darling」は彼女はすでに心を丸ごと奪っていってしまったと歌っているようにも聞こえてきます。
「雨が泣いて止まないディセンバー」と表現が変わっていることも、涙が心の雨として降り続いている様子を想像させるでしょう。
彼女が自分の命を奪ってくれるなら彼女を傷つけなくて済むのにと、葛藤を抱えていることが伝わってきます。
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ああ まだ 心に残る1セント、ダラー
病みつきになるの
欲しいの 寂しいの
ああ まだ 鮮明に残る一瞬のバラード
寂しくはないの きっと
≪Dec. 歌詞より抜粋≫
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「1セント」は「ダラー(ドル)」の100分の1の価値しかない硬貨です。
彼女が返してくれたのはそんな些細な親切だったにも関わらず、それが彼の心に深く刻まれ「病みつき」になってしまったのでしょう。
「欲しいの 寂しいの」という言葉や自分の身体を抱きしめるようなポーズから、彼の切に愛を求める気持ちが感じ取れます。
彼女との思い出は「鮮明に残る一瞬のバラード」のように、彼を感傷的な気持ちにさせるようです。
しかしその小さな思い出があれば「寂しくはないの きっと」と歌っていて、必死に自分の境遇に耐えようとしている切ない想いが垣間見えます。
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私今日に枯れ逝くラベンダー
これは雨が止まないディセンバー
≪Dec. 歌詞より抜粋≫
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ラベンダーの花言葉は「あなたを待っています」「幸せが来る」「期待」「許し合う愛」など、恋愛を思わせる言葉が多く含まれます。
しかしここでは自分を「枯れ逝くラベンダー」と例えているため、こうした温かい感情や愛情を望めないことへの嘆きが表現されているのでしょう。
『エンヴィーベイビー』で過去を意味する右目を隠していたのは、この苦しい過去の恋心に目を伏せて道化を演じ切るためだったと解釈できます。
しかし笑顔で振る舞う道化師の心には、未だに雨が降り続いているのかもしれません。
ちなみに「December」の単語でタイトルに表記されていない部分を抜き出すと、出てくる言葉は「ember(残り火)」。
もはや彼女に対する熱い感情は残り火さえも消えてしまい、灰となった愛に囚われていることを感じさせます。
楽曲同士のリンクで広がる世界を楽しもう!
Kanaria feat.GUMIの『Dec.』は、宮廷道化師となる前の主人公の姿と恋心を描いた楽曲と考察できました。「アイシテル」の言葉の裏にこのような背景があったと考えると、『エンヴィーベイビー』の歌詞への見方がさらに深まるでしょう。
楽曲そのものの魅力や過去曲との関連にも注目しながら、留まることを知らず広がり続けるKanariaワールドを探索していきましょう!