“かんかん”と鳴り響く鐘の由来は?
日本の唱歌の中には、のどかで温かい風情を感じる楽曲が数多くあり、長きにわたり人々の心を楽しませてきました。
1932年に「新訂尋常小学唱歌」に掲載されて浸透した『牧場の朝』は、文部省唱歌として知られ、2006年には「日本の歌百選」にも選定された日本を代表する楽曲です。
作曲は、東京音楽学校の教授でバリトン歌手の船橋栄吉が務めました。
作詞者は長年不詳とされてきたものの、現在は、朝日新聞の記者で名随筆家としても知られた「杉村楚人冠」が自身のエッセイを元に詩を書き起こしたものとされています。
穏やかで明るい曲調が愛され、様々な駅メロディにも使用されています。
どのような情景を描いた楽曲なのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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ただ一面に 立ちこめた
牧場の朝の 霧の海
ポプラ並木の うっすりと
黒い底から 勇ましく
鐘が鳴る鳴る かんかんと
≪牧場の朝 歌詞より抜粋≫
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牧場で働く人々の朝は早く、まだ太陽が出ていないこの時間に辺りは「霧の海」となっています。
牧場の防風林としての役割を持っているポプラ並木が存在感を放ち、その木々の間に生じた影は「暗い底」に見えたようです。
この楽曲で特に有名なフレーズといえば、続く部分にある「鐘が鳴る鳴る かんかんと」です。
1907年、福島県の日本最初の国営牧場である岩瀬牧場が、オランダから13頭のホルスタインを輸入した際に、友好の印として鐘が贈られました。
その鐘は昼食や休憩の合図として毎日数回鳴らされていたことから、この曲のモチーフとなった牧場は岩瀬牧場ではないかといわれています。
広大な牧場に響き渡る勇ましい鐘の音は、当時の人々にとって生活の一部となっていたことでしょう。
そして鐘の音を聴く度に、遠い海の向こうにある国や、そこで生きる人々との目に見えない絆に思いを馳せる人もいたのかもしれませんね。
霧の中で動き始める羊たち
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もう起出した 小舎小舎の
あたりに高い 人の声
霧に包まれ あちこちに
動く羊の 幾群の
鈴が鳴る鳴る りんりんと
≪牧場の朝 歌詞より抜粋≫
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仕事が始まる合図の鐘の音を聞き、働く人々や動物たちが行動を始めます。
人や動物の声が聞こえてくると、牧場が「起出した」という感じがしたのでしょう。
とはいえ辺りはまだ暗く、晴れないままの霧も相まってかろうじて人々が動いているのが分かる程度で、その中から「高い人の声」が聞こえてきます。
また、「小舎小舎」から少し離れた場所では「羊の幾群」が動いているのが見えます。
白い霧の向こうで歩き回る羊たちの姿や、時折聞こえる鳴き声がイメージできるでしょう。
羊たちが動くと、それぞれが身に着けた所在を知らせる鈴の音が「りんりん」と鳴り響きます。
「幾群」とあるため、広大な牧場で暮らす多くの羊たちがそこにいると思われます。
霧に包まれてはっきりと形は見えないものの、あちらこちらで鳴る愛らしい鈴の音で羊たちの姿を感じられる風景です。
あかい光に満たされる牧場の朝
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今さし昇る 日の影に
夢からさめた 森や山
あかい光に 染められた
遠い野末に 牧童の
笛が鳴る鳴る ぴいぴいと
≪牧場の朝 歌詞より抜粋≫
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ついに日の出を迎え、牧場に暖かな太陽の光が差し込みます。
周囲に見える「森や山」に徐々に光が当たっていく風景は、「夢からさめた」ように見えます。
「あかい光」という表現が太陽の生命力や情熱的な温もりを感じさせ、早朝の空気の冷たさが温まっていく様子が読み取れますね。
そして、遠くに見える野のはずれに、家畜の世話をする「牧童の笛」の音が「ぴいぴい」と響き渡ります。
周囲に広がった羊の群れを集めているのかもしれません。
この笛の音が聞こえると、人々には家畜たちの動きが伝わったことでしょう。
こうして、いよいよ本格的に牧場の朝が始まったという印象を受けます。
歌詞全体を振り返ってみると、歌詞の中に用いられた色が黒・白・赤と徐々に明るさを増していくのがわかります。
色によって時間の経過を見事に表現しているのが分かると、より一層この歌詞が魅力的に感じられますね。
そして、鐘・鈴・笛が広大な敷地によく響く音を感じさせ、壮大で牧歌的な牧場の情景を際立たせています。
実際の牧場の光景を知らない人でも、不思議と鮮明にイメージできるほど、繊細な描写に引き込まれます。
歌詞を解釈すると日本の魅力が見えてくる
童謡『牧場の朝』は、タイトルの通り牧場の早朝の静けさや、日の出とともに見られる賑わいが垣間見える楽曲です。歌詞に用いられる言葉はシンプルですが、その分どの世代の人にも伝わりやすく、自然の美しさが感じられるでしょう。
『牧場の朝』から、古き良き日本の童謡の魅力を改めて感じ取ってくださいね。