生活の中に訪れた突然の別れ
『サボテンの花』は財津和夫率いるバンド・チューリップの楽曲として1975年に発表されました。財津自身によるセルフカバー・バージョンが、1993年に江口洋介や福山雅治が出演し大ヒットしたドラマ『ひとつ屋根の下』の主題歌として起用されたこともあり、発表から50年近くが経った現在に至るまで大きな人気を誇っています。
多くの人から愛される要因とは何なのか?
その歌詞の内容を考察することで、読み解いていきます。
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ほんの小さな出来事に
愛は傷ついて
君は部屋をとびだした
真冬の空の下に
編みかけていた手袋と
洗いかけの洗濯物
シャボンの泡がゆれていた
君の香りがゆれてた
≪サボテンの花 歌詞より抜粋≫
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歌詞の冒頭では、主人公の元に訪れた「別れ」が描かれます。
真冬のある日、「ほんの小さな出来事」をきっかけとして、主人公の恋人である「君」は部屋を飛び出していってしまいます。
部屋には「編みかけの手袋」や、まだ「洗いかけの洗濯物」があると描かれる様子から、その別れが突然のものであったことがわかります。
主人公と「君」の2人は、生活を共にしていたのでしょう。
しかし、些細なことがきっかけとなり、2人の間にすれ違いが起こった結果、「君」は主人公の元から離れてしまったのです。
どれだけ親密な人間関係であったとしても、ちょっとしたことをきっかけにその関係に亀裂が入ってしまう、というのは多くの人が共感できることではないでしょうか。
「君」への向き合い方を後悔する主人公
続くフレーズでは「別れ」に対する主人公の思いが描かれます。
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たえまなくふりそそぐ
この雪のように
君を愛せばよかった
窓にふりそそぐ
この雪のように
二人の愛は流れた
≪サボテンの花 歌詞より抜粋≫
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主人公は「たえまなくふりそそぐ」雪を見ながら、その雪のように「君」のことを愛せばよかったのだと後悔をします。
そして、「君」との関係が終わってしまったことを窓の外をふりそそぐ雪と重ね合わせて「二人の愛は流れた」と感じています。
ここで注目したいのは「雪」というキーワード。
「雪」がふっている描写は、2人の関係が終わったのが「真冬」であることを伝えています。
同時に、「君」への愛と、終わってしまった「君」との関係性という2つの比喩として用いられていることで、そのもう戻ることのできない過去に対する主人公の後悔がより強く感じられるのではないでしょうか。
主人公に訪れた変化と、終わりを知らせる「サボテンの花」
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思い出つまった
この部屋を
僕もでてゆこう
ドアにかぎをおろした時
なぜか涙がこぼれた
君が育てたサボテンは
小さな花をつくった
春はもうすぐ そこまで
≪サボテンの花 歌詞より抜粋≫
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2番の歌詞では、主人公が「君」と生活した部屋を出ていく決心をしたことが描かれます。
ドアの鍵を閉めたとき、涙をこぼす主人公。
ここにはまだ失恋から立ち直れていない心情が伺えます。
主人公がそのことを「なぜか」と描写していますが、主人公自身「君」との恋に対して未練のようなものがあることに気づいていないのかもしれません。
そんな中で、「君」が育てていたサボテンが「小さな花」を咲かせます。
その様子に主人公は、もうすぐ冬が終わり春が訪れることを感じとります。
雪がふりそそぐ「真冬」に起こった別れを経て、もうすぐ春がやってくる。
そのことを感じたとき、主人公ははじめて「恋は今終わった」と気持ちに整理をつけられたのです。
冬が終わるまでに
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この長い冬が終わるまでに
何かをみつけて生きよう
何かを信じて生きてゆこう
≪サボテンの花 歌詞より抜粋≫
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失恋を受け入れた主人公は、未来に向けて気持ちを新たにします。
これからの人生を生きていくため、あるいは新しい恋人に出会うために、信じられる「何か」を探すことに決めたのです。
そして、それを「長い冬が終わるまで」に見つけようと決心しています。
小さく咲いた「サボテンの花」から時間の変化を感じた主人公は、ようやく「君」との別れを受け入れ失恋から立ち直り、新たに信じられる「何か」を手にしようと思うことができたのです。
冒頭で「君」は、「ほんの小さな出来事」をきっかけにして「愛に傷ついて」しまったことが描かれていました。
その別れを経験した主人公が立ち直るきっかけもまた、「サボテンの花が咲く」というとても小さな出来事だったのです。
小さな出来事を通して描かれる「愛」
『サボテンの花』には、発表から約50年が経った今でも色褪せることのない魅力があります。どんなに小さな出来事も、恋人が別れるきっかけとなることもあれば、別れから立ち直るきっかけにもなる。
時間は絶えず流れていて、どんなに辛いことがあってもその「冬」はいつか終わり、「春」が必ずやってくる。
こうした普遍的で誰もが共感できるメッセージが、主人公と「君」、そしてサボテンの花の変化を丁寧に描いた歌詞によって伝えられていることこそが、この楽曲が長く愛されている理由なのではないでしょうか。