幻想的なMVの映像美、そのなかで際立つ”火”の存在
MVは池田一真さんが映像作家として手掛けられており、他にもCreepy Nutsの『スポットライト』や『2way nice guy』のMVを制作しています。それらMVは激しい踊りや動きが印象的で、そうした作品を「動」のエネルギーとして捉えるならば、『Mirage』は「静」の映像美が際立っているように思います。
「Mirage」という言葉は「蜃気楼」という意味で、それを形にするかのような「金魚の泳ぎ・着物のはためき・提灯の装飾・紫煙のくゆらし」など、存在が幻であるかのような幻想的なカットにより”幻の世界”を構築しているようです。
“煙草”を例として挙げるのならば、『2way nice guy』では一気に煙を吐き出していたのに対し、『Mirage』ではしっとり煙が漂う様子が丁寧に映し出されていました。
そうした日本特有の滑らかで美しい動きが散りばめられる中で、相反するような「力強い雨」の描写が特徴的でした。
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明かりの灯ったmidnight
エゴと欲と未練が行き交う
雨にぼやけた視界
ネオンがなぞる濡れた輪郭
Until morningまだ醒めないで
時が引き裂く
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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歌詞を考察していくと、冒頭はまだ「夜になりたて」である雰囲気が伝わってきます。
「ネオンがなぞる濡れた輪郭」というフレーズから、まだネオンが点灯しており、どこかのお店の営業時間内であることがうかがえますね。
そして「雨にぼやけた視界」ということで、先ほど言及したMVの「力強い雨」のシーンも併せると、小雨程度ではなく酷い雨が降り続いていることが分かります。
そんな中で「Until morningまだ醒めないで」と祈る一節が際立ちます。
この祈りから、夢の中、もしくは夢心地の中にいる感覚であることが伝わってきました。
TVアニメ「よふかしのうた Season2」のOPテーマということで、やはり「夜」を題材に歌詞を書いているようですね。
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呆れた顔でgoodnight
追いつけたと思えばmirage
あの日のままで触れたい
とっくに脱ぎ捨ててた品格
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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「呆れた顔でgoodnight」とは誰に言っているのでしょうか。
Creepy Nuts『眠れ』では、家庭という親密な空間が舞台となってました。
しかし、続く「追いつけたと思えばmirage」という歌詞から、本楽曲は「蜃気楼」や「幻影」のモチーフ部分が強く押し出され、どこの空間?どんな相手?といったように、実在性が曖昧であるように思えます。
そして「あの日のままで触れたい とっくに脱ぎ捨ててた品格」から、あの日の自分になるには内面を表出させなければならず、そのために品格を脱ぎ捨てた”覚悟”を感じさせます。
同時に、今の自分では触れることも許されない、という絶望感もひしひしと伝わってきました。

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あっという間に起こる間違い yeah
夜は短く…
ガス切れのライターが照らす
いきさつ
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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ここで「ガス切れの”ライター”」というワードに注目したいと思います。
先ほど『2way nice guy』と『Mirage』での”煙草”の描写を比較しましたが、改めてMVを確認してみると、煙草そのもの以上に”火”の存在が象徴的に描かれているように感じました。
ライターのガスが切れていた時、火を付けようと何度も試みるかもしれません。
そうした無力感や焦燥感を覚える中で、何かを信じて無尽蔵に挑戦する痛々しさが描かれているようです。
「触れたい何か」を繋ぎとめようと必死に努力しているのに、実際はその”火種”というエネルギーが残っておらず、もどかしさだけが浮かび上がってくる感覚に陥ります。
それは決して特別な感情ではなく、誰もが苦悩しながら抱える問題だと考えます。
その不完全さを享受して終わらせるのではなく、最後はきちんと「燃焼させたい」という想いを持っていることが伝わってきました。
鼻歌で抑え込んだ諦め。HIPHOPの表現者として選んだ道

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ちょっと待ってや Huh…
俺にゃ家庭があって生活があってやな…
放っとかんて uh-huh
俺が嘘つく前にとっくに跨ってら
la di la di la la…
今日も鼻歌混じり開いたカギ穴
本当勝手やな
確か20年前もこんな始まり方
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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次はとても印象的な「ちょっと待ってや 俺にゃ家庭があって生活があってやな」という”嘘”から始まる場面です。
すでに相手に主導権を握られ、自分にはこの状況を変化させる力が無いという、なすすべのない情景が浮かび上がってきます。
一種の”諦め”を歌っているようですが、このような言い訳を並べることで、「自分には責任が無い」と言っているようにも聞こえますね。
その後には、「la di la di la la…」という鼻歌。
R-指定さんは、普段から日常の中で”一定のリズム感”を非常に大切にされており、この場面でも、”焦る気持ち”や”崩された心”を意識的に鼻歌で抑え込んでいる印象があります。
つまりは、自分に決定権の無い状況から「回避したい」という気持ちが鼻歌に現れているようです。
そして、「開いたカギ穴」という歌詞からは、非常にプライベートな空間が開いてしまっている無防備な様子が現れています。
本来「カギ穴」とは、大切な空間を守る存在であるはずなのに、どうしてか開いてしまっている。
それは、自分の隠したい部分が露わになってしまっているということでしょうか。
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あぁ選ばなきゃ大事な日向
甘美な暗闇かどっちか
「もっと書いて...」
「もっと歌って...」
欲張って笑う
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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続いて登場するのは「あぁ選ばなきゃ大事な日向 甘美な暗闇かどっちか」という、まさに人生の岐路とも言えるような問いです。
ここでは「日向」と「暗闇」という正反対の選択肢が提示され、大きな分岐点に位置していることが分かります。
もしかしたら、Creepy Nuts自身がこれまでのキャリアの中で、直面してきた葛藤や苦悩を映し出した一節なのかもしれませんね。
この構図は、HIPHOPにおける「オーバーグラウンド」と「アンダーグラウンド」の2軸とも重なって見えます。
表舞台でスポットライトを浴びる”日向”の道か、それともB-BOYとしての美学や信念を貫く”暗闇”の道か。
実際、Creepy Nutsはメジャーで大成功を収めながらも、”王道”と言われるHIOHOPのストリートの感覚とは一線を画した特殊なスタンスで、「自分たちだけの個性」を模索してきたように思います。
彼らの活動を見てみると、「日向か暗闇か」という二択に縛られること無く、自分たちだけの道を巧みに切り拓いてきたことが分かります。
日本語ラップという枠を超え、世界を相手に活躍しながらも、地に足の着いた言葉を届け続ける彼らの姿勢には、選択肢の先を見据えるかのような意志が感じられます。
そして続く、「もっと書いて...」「もっと歌って...」という声は、その道の先にある”渇望”を表しているように感じられます。
これは、R-指定さんの内面から沸き起こる衝動の言葉か。
それとも、リスナーから熱望されてきた言葉なのか。
どちらにしても、その声は彼らを突き動かすエネルギーの根源であり、道を歩き続けるための確固たる”理由”なのではないでしょうか。

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お前の計画通り溶けていく明日 wo
どうでもいいや wo
この通り
もう止まんねーや… ha ha ha
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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そうした声を経て、歌詞では「お前の計画通り溶けていく明日」という一節が登場します。
まるで、自分の意志や行動とは無関係に進んでしまう現実への虚無感や、どこか投げやりな感情が滲むように感じられました。
さらに、「どうでもいいや」「この通り もう止まんねーや…」と続くフレーズからは、”諦め”や”達観”といった心情が連想されます。
単なる絶望よりは軽く、しかし再起するまでには時間を要するようなもので、そんな皮肉混じりの嘲笑にも思える表現です。
自分たちらしさを追求して進んできた道だったはずなのに、いつの間にか誰かの「計画通り」だった。
そんな恐怖に直面してしまい、コントロール不可な現状を嘆いている可能性があります。
そして、最後に入る「ha ha ha」という笑い声は、まさにその心情を映し出しているのかもしれません。
現代は「多様性」や「自己表現」が蔓延する一方で、本当の意味で「自由になる」ことが難しい時代のように感じます。
過去のラジオでR-指定さんが『Dr.フランケンシュタイン』の楽曲について語った際、「子どもの頃は個性を潰され集団で生きることを強いられたこと」、そして「大人になれば今度は個性を出さなければ認められない」という理不尽さに憤っていたことが印象に残っています。
この「ha ha ha」には、そんな矛盾した時代への違和感や空虚さが滲んでおり、”混沌とした空気感”を切り取った一節でもあります。
Creepy Nutsのこうした視点に、共感を覚えるリスナーも少なくないのではないでしょうか。
寓話的モチーフで展開される内傷。責任を背負えるようになった成長

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血がのぼったら始まっちゃう
共食いしてるChupacabra blah blah...
日が昇ったら灰になっちゃう
棺桶にフタしてDracula la la...
血がのぼったら始まっちゃう
共食いしてるChupacabra blah blah...
日が昇ったら灰になっちゃう
棺桶にフタして…
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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『Dr.フランケンシュタイン』に続き、チュパカブラやドラキュラなどファンタジーな存在が出てきました。
チュパカブラでは”共食い”、ドラキュラでは”灰になる”。
どちらの描写にも「死」や「滅び」といった要素が色濃く表れています。
こうした描写は単なるホラー的な記号ではなく、”自己矛盾”や”崩壊”といった内面的表現のアプローチのように感じました。
たとえば、「チュパカブラの共食い」は仲間や同類での足の引っ張り合いです。
自分たちで自分たちを喰い尽くしてしまうような、音楽業界の過剰な競争構造の比喩として読み取ることができます。
また、「ドラキュラの灰になる」は、”日が昇る=現実や世間の目に晒される”ことにより、自分の本質が脆く壊されてしまうのだと解釈しました。
表舞台に立とうとすればするほど、どうしても他者の視線や期待を意識してしまい、本来持っていた個性が失われてしまう可能性を示唆しているように感じました。
いずれも、表現者として「個性」を武器に活動することで直面してきた「葛藤」や「苦悩」を、寓話的に面白く描いたパートなのかもしれませんね。
そして注目したいのは、「血が昇ったら」と「日が昇ったら」というフレーズで巧みに韻を踏んでいる点です。
それぞれの意味が全く異なるのに、自然な流れで響く言語感覚の鋭さが滲み、言葉選びの才能が光る一節です。
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たとえお前がまだ途中でもhaha
その手を振り解いて「またな」
いや、もう会わない「サヨナラ」
最後にこいつを書き上げたら
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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ここでの「たとえお前がまだ途中でも その手を振り解いて「またな」」「いや、もう会わない サヨナラ」という歌詞からは、これまでとは一線を画す”強い意思”や”決別の覚悟”が窺えます。
今までは「相手に主導権を握られ、この状況を変化させる力が無い」という、虚無感や諦念のような心情が描かれていました。
しかし、自らの意志で関係を断ち切り、前に進もうとする能動的な姿勢が表れています。
「まだ途中でも」という言葉には、相手の未練を感じつつも、それでも「サヨナラ」と離れることを選んだ、精神的な自立や変化を恐れない力強さを感じさせてくれます。
続く「最後にこいつを書き上げたら」という歌詞からも、これまで放棄してきた”自分自身の役割”や”責任にきちんと向き合う覚悟”が表れているようです。
これまでの葛藤の中で、ようやく自分の物語を綴り始めた。
それは、表現者として新たなフェーズへと踏み出す宣言であり、ここから自分の物語が本格的に始まっていく、そんな一節であると感じました。
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そしてまた お前の中
ペンを突き立てる柔肌
戻るただ 平凡なパパ
隠す首筋の歯形yeah yeah
≪Mirage 歌詞より抜粋≫
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「リリックを書く」という行為は、自分の生き様を言葉にすることです。
最も印象的な「ペンを突き立てる柔肌」という一節には、創作行為そのものが暴力的で本能的なものという感覚が込められているように思います。
「音楽表現」とは単なる自己表現には留まらず、誰かの心に言葉を刻みつけることが出来てしまいます。
この「柔肌に突き立てる」という言葉は、そんな危険性を持つ要素を丁寧に表しているようですね。
一方、表現者としての視点から一転して「戻るただ 平凡なパパ 隠す首筋の歯形」という表現に切り替わります。
非常に乖離したその描写からは、”世界的なアーティスト”と”平凡なパパ”は「表裏一体」であり、その両極の存在の共存が伝わってくるようです。
「ペンを突き立てる」「首筋の歯形」と痛々しいイメージが続きますが、どちらも完全に拭い去ることが出来ない刻印のようにも受け取れます。
それは一見”呪い”のようにも見えますが、純粋に「消えないでいてほしい」と切に願っているような、そんな切実な感情が滲んでいるように感じられました。
幻想的であるが現実からはかけ離れすぎない「蜃気楼」

本楽曲『Mirage』はラテン色が濃い音楽となっていますが、MVでは「和」を基調とした要素で完成されています。
その中で2人のアンニュイな雰囲気がやけにマッチし、色気と品性が共存する、美しくも妖艶な映像が繰り広げられていました。
音楽と映像美、それぞれが異なる要素を持ちながらも絶妙にかみ合い、交差することで「現実と幻想の狭間」を表現しています。
まさに『Mirage』というタイトルにふさわしい、儚くも心を奪われるような世界観が構築された一作でした。
日本三連覇のラッパー「R-指定」と、世界一のDJ「DJ 松永」による、HIP HOPユニット。 2017年Sony Musicよりメジャーデビューし、2020年8月に最新作「かつて天才だった俺たちへ」をリリース。 同年11月には武道館2Daysを開催し、チケットは即完売となった。 また、音楽のみならずCMやバラ···
