ドラマや映画の主題歌で脚光を浴びる米津玄師の隠れた名曲
米津玄師といえば、今や多くのドラマや映画、アニメの主題歌を手がけて大ヒットを連発し、日本を代表するアーティストとして国内外でファンを獲得しています。2009年から「ハチ」名義でボカロPとして活動し、2013年に米津玄師名義でメジャーデビューを果たした彼の楽曲には、タイアップがついていないながらも、リスナーから注目を集める隠れた名曲が存在します。
2014年に発売されたメジャー1作目、通算2枚目となるアルバム『YANKEE』に収録された『メランコリーキッチン』もそのひとつです。
暗さと明るさが入り交じるような、クセになるリズムとメロディが特徴的で、独特な世界観に引き込まれます。
YouTube上でMVが存在しない彼の楽曲のなかでは最多の再生回数を誇り、多くのファンに長く支持されています。
どのような情景を歌っているのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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あなたの横顔や髪の色が
静かな机に並んで見えた
少し薄味のポテトの中
塩っけ多すぎたパスタの中
あなたがそばにいない夜の底で
嫌ってほど自分の小ささを見た
下らない諍いや涙の中
おどけて笑ったその顔の中
≪メランコリーキッチン 歌詞より抜粋≫
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主人公は独りきり、食卓に座っています。
隣の席には誰もいませんが、「あなたの横顔や髪の色が 静かな机に並んで見えた」というフレーズから、いつもはある人が一緒に並んで食事をしていたことがうかがえます。
それはおそらく主人公の恋人で、二人は同棲中のカップルなのでしょう。
隣にいる姿が鮮明に目に浮かぶほど、一緒に食事をする光景が当たり前になっていたようです。
しかし、主人公は今一人で「少し薄味のポテト」と「塩っけ多すぎたパスタ」を食べています。
どちらも塩加減がうまくいっていないことから、普段は主に恋人が料理を作ってくれていたのでしょう。
自分でもやってみますがおいしくできず、いつものおいしい食事を思い出します。
独りきりの夜、「嫌ってほど自分の小ささを見た」という表現が切ないですね。
決して常に順風満帆だったわけではなく「下らない諍いや涙」で関係がぎくしゃくしたこともありました。
それでも、おどけて笑ってくれる彼女のおかげで仲良くやってこれたことを痛感している様子が垣間見えます。
“メランコリーキッチン”に漂う孤独感

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誰もいないキッチン 靡かないカーテン
いえない いえないな
独りでいいやなんて
話そう声を出して 明るい未来について
間違えて凍えてもそばにいれるように
≪メランコリーキッチン 歌詞より抜粋≫
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食卓から顔を上げると、普段は人の気配がするはずのそこには「誰もいないキッチン」が広がっています。
自分が動かなければカーテンもなびきません。
そういう何気ない光景の違いに気づくと、孤独感に襲われます。
もしかしたら、主人公は彼女と大きな喧嘩をして「独りでいいや」と思ったり、言ったりしたのかもしれません。
しかし、いざ独りになってみると、その寂しさがどれほどつらいものかにようやく気づきました。
もし前からわかっていたら、そんなことは「いえないな」と反省しています。
そばにいるのが当たり前になってくると、愛情や気持ちを率直に伝えることが少なくなることがあるでしょう。
主人公は彼女との「明るい未来」を想像していたのに伝えられていなかったことを悔み、「話そう声を出して」と決心します。
そうすれば、また今回のように間違えて孤独に凍えることがあったとしても、そばにいられるはずです。
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笑って 笑って 笑って そうやって
きっと魔法にかかったように世界は作り変わって
この部屋に立ちこめた救えない憂鬱を
おいしそうによく噛んであなたはのみ込んだ
それにどれだけ救われたことか 多分あなたは知らないな
明日会えたらそのときは 素直になれたらいいな
≪メランコリーキッチン 歌詞より抜粋≫
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喧嘩をする度に、彼女の笑顔や笑い声が魔法のように雰囲気を一瞬で変えてしまいます。
おいしそうに食事をするその姿は、「この部屋に立ちこめた救えない憂鬱」さえものみ込んでくれるかのようでした。
「それにどれだけ救われたことか 多分あなたは知らないな」という言葉で、彼女がいつも自然に振る舞って二人の関係をよくしていたことが想像できます。
とはいえ、主人公は「明日会えたらそのときは 素直になれたらいいな」と思っていて、自ら彼女を迎えに行くことはしないようです。
彼女の大切さや偉大さを自覚していながらも行動できず、成り行きに任せようとしているところに主人公の不器用さが表れていますね。
“憂鬱な台所”を意味するタイトル「メランコリーキッチン」には、憂鬱を取り除いてくれる彼女のいないキッチンで寂しく過ごす、主人公のリアルな姿が映し出されているように感じます。
甘いお菓子に隠した本当の気持ち

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あなたの頬や鼻筋が今
静かな机に並んで見えた
部屋に残してった甘いチェリーボンボン
無理して焼き上げたタルトタタン
≪メランコリーキッチン 歌詞より抜粋≫
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また思い出す彼女の姿。
彼女が「部屋に残してった甘いチェリーボンボン」は、洋酒に漬け込んだサクランボをチョコレートでコーティングしたお菓子です。
これは出ていった彼女の、甘い愛情の裏に隠された本心を意味しているのかもしれません。
主人公が彼女の笑顔に救われている間、彼女自身はつらさを隠していたのではないでしょうか。
主人公が「無理して焼き上げたタルトタタン」は、リンゴを型に敷き詰めてから生地を被せて逆さまに焼き、ひっくり返して食べるスイーツです。
これは、主人公がこれまで胸の内に秘めていた、甘酸っぱい想いを表に出そうとしている様子を表していると考えられます。
「無理して焼き上げた」とあるように努力が求められますが、努力しようと思えるほど、彼女を大切な存在と見ていることが伝わってくるでしょう。
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張りつめたキッチン 電池の切れたタイマー
いえない いえないな
嫌いになったよなんて
話そう声を出して 二人の思いについて
恥ずかしがらないであなたに言えるように
≪メランコリーキッチン 歌詞より抜粋≫
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使う人がいないために「電池の切れたタイマー」は、彼女が帰って来ない時間の長さを示しているようです。
独りで過ごす時間が長くなればなるほど、キッチンの空気は張りつめていきます。
彼女に対する想いに向き合ってみると、冗談でも「嫌いになったよ」なんて言えるはずがありません。
だから「二人の思いについて」声に出して話し合いたいと思っています。
これからは「恥ずかしがらないであなたに言えるように」、その時間が必要だと感じているようです。
ただ待っているだけだった主人公の変化が感じられます。
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笑って 笑って 笑って そうやって
やっと自由に許すようになれた世界を持って
作り上げた食事のその一口目を掬って
嬉しそうに息を吹いて僕に差し出したんだ
それにどれだけ救われたことか もしもあなたが知ってても
明日会えたらそのときは 言葉にできたらいいな
≪メランコリーキッチン 歌詞より抜粋≫
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彼女と笑い合えた日々があったからこそ、喧嘩した相手のことも不器用にしか振る舞えない自分のことも「やっと自由に許すようになれた」と振り返ります。
そして、彼女は「作り上げた食事のその一口目を掬って 嬉しそうに息を吹いて僕に差し出し」てくれました。
手ずから食べさせてくれる共有の行為は、主人公にとって、自分を認めてくれる新しい世界に引き入れてもらったような感覚だったのではないでしょうか。
それによって「救われた」と感じるのは当然のことでしょう。
この自分の気持ちに彼女が気づいているとしても、直接言葉にして伝えたいと思っています。
しかし、最後まで「明日会えたら」という不確かな仮定の言葉が残っています。
ハッピーエンドでは終わらない、もどかしく切ない雰囲気を醸し出し、二人の恋の行方が気になりますね。
甘さと苦さを含んだ味わい深い逸品
米津玄師の『メランコリーキッチン』は、キッチンという家庭的で温かい日常をイメージさせる空間を舞台に、不器用な愛を抱える青年の想いが綴られた楽曲です。いつも見ている風景の違いから相手の大切さに気づく様子や、明日会えたら素直に気持ちを伝えたい、とぼんやり考えているところがリアルに捉えられています。
何気ない情景を米津玄師らしい視点で切り取った歌詞に、ぜひ注目して聴いてください。