気だるい空気感が魅力の「Lemon」カップリング曲
米津玄師が2018年にリリースした『クランベリーとパンケーキ』は、ドラマ『アンナチュラル』の主題歌『Lemon』のカップリング曲として『Paper Flower』と共に収録された楽曲です。
二日酔いのときの状態を表現するために制作され、独特なリズムで中毒性のあるメロディと、気だるげな歌唱が特徴。
ほかの楽曲と比べると世間的な知名度はそれほど高くないものの、多くのファンが「最も好きな曲」として挙げるほど根強い人気があります。
どのような気持ちが綴られているのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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不意に見かけたブロンズの女神の お臍に煙草擦り付けて笑う
思い返せば馬鹿げている 大体そんな毎日
その日限りの甘い夜を抜け
今じゃ彷徨う惨めなストーリーライター
誰かわたしと踊りましょう なんてその気もないのに
≪クランベリーとパンケーキ 歌詞より抜粋≫
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シーンは夜通し飲んだ後、自宅のアパートで二日酔いの状態で目覚めた遅い朝。
昨晩、もしくは過去のことを思い返しているようです。
「不意に見かけたブロンズの女神」は、飲み明かす夜に道端で見つけた、女神を象ったブロンズ像のことかもしれません。
その神聖なモチーフの「お臍に煙草擦り付けて笑う」様子は、あからさまに不敬な態度を表しています。
酔うことで現実逃避しているときに、美しいものや崇められているものを穢したいという衝動に駆られるほど、ストレスを感じているのでしょう。
朝を迎えて冷静になると、自分の行動が「馬鹿げている」ことに気づきます。
時には「その日限りの甘い夜」に身を任せ、現実から目を逸らそうともします。
しかし「今じゃ彷徨う惨めなストーリーライター」とあるため、誰かに身を委ねることもできず孤独に生きている様子がイメージできるでしょう。
「誰かわたしと踊りましょう」と歌ってみても本当はそんな気もなく、本心とは違うことが平気で言えるようになった自分の惨めさを皮肉っているようです。
“クランベリー”と“パンケーキ”の解釈とは

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ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
クランベリーのジャムでも作ろうね
パンケーキと一緒に食べようね ほら丁寧に切り分けて
ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
全部頬張って隠してしまえ
やがて熱さにも耐えかねて
嗚呼きみは吐き出した
≪クランベリーとパンケーキ 歌詞より抜粋≫
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「ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドン」の陽気なリズムも、冒頭の歌詞の気だるげな様子をふまえると、物悲しい雰囲気が漂っているように感じます。
英語で表記すると「hippy hippy shake」「dang ding dang ding dong」となり、それぞれ「お尻を揺らす」「鐘を鳴らす・扉をノックする」という意味です。
朝になって日常に戻ろうと身体を動かしてみるものの、扉を叩くように二日酔いで頭が痛んでいる様子を表していると解釈できるでしょう。
そうしたなかで、主人公は「クランベリーのジャム」を作ろうとしています。
クランベリーには抗菌効果や抗酸化作用があり、「心痛を慰める」という花言葉を持っています。
生では酸味が強く食べられないため、甘く煮てジャムにし、荒んだ心身を癒そうとしているのかもしれません。
そのジャムと一緒に食べる「パンケーキ」は、続く部分で「全部頬張って隠してしまえ」とあることから、良いイメージのものではないと考えられます。
米津玄師のほかの楽曲とも照らし合わせると、パンケーキは膨らんだ自意識を象徴しているのではないでしょうか。
本人のインタビューではお酒を“逆眼鏡”と表現し、過敏になる神経を麻痺させて、目標に焦点を当てられるようにするものと捉えています。
酔いが覚めてお酒の力を失った主人公は、お酒の代わりに日常のなかで膨らんだ自意識を、周囲からの甘い慰めと共に頬張って、ないものとしようとしているようです。
しかし、「やがて熱さにも耐えかねて」吐き出してしまいます。
「熱さにも」とあることから、ジャムの甘さにも我慢ならなかったのでしょう。
吐き出した「きみ」は、おそらく酔った状態の自分自身のこと。
自分のなかに残る酔いから覚めないままの自分には、吐き出したくなるほど気持ち悪いものに感じてしまったのだと思われます。
誰もがきっと抱えている矛盾した心情が表現されていて、痛々しくありながらも気持ちを代弁してくれたようで、心が軽くなるようにも感じます。
きみみたいに微睡んでいたい

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戯れ哀れハメ外すあまり 足滑らせて砂を噛むばかり
憶えちゃいない痣だらけ 大体そんな毎日
廃墟だらけのメルヘン市街じゃ マセガキ達が隠れてキスする
涙交じりの恋になりませんように
≪クランベリーとパンケーキ 歌詞より抜粋≫
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ハメを外して飲んだせいで「足滑らせて砂を噛むばかり」の夜。
「砂を噛む」という表現は文字通りの意味だけでなく、無味乾燥でつまらないことを指す慣用句としての側面もあります。
お酒を飲んで浮かれているように見えても、結果的に失敗ばかりでその日々に喜びを感じられていないことを意味していると解釈できます。
そうして身体も心も「憶えちゃいない痣だらけ」になっていることに気づきます。
明るさと翳りが入り交じる「廃墟だらけのメルヘン市街」を歩いてみると、「マセガキ達が隠れてキス」しているのを見つけました。
「マセガキ達」という表現から、夜の空気に流されて大人のように振る舞う若者達を見下していることが読み取れるでしょう。
一方で、「涙交じりの恋になりませんように」と彼らの行く末を案じているようでもあり、悪になりきれず、自分と同じような失敗をしてほしくない主人公の人の良さが伝わってきます。
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ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
ランドリーまで歩いてこうね
汚れたシーツを洗おうね ほら丁寧に取り分けて
ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
もう一度浮かれた祈りの方へ
≪クランベリーとパンケーキ 歌詞より抜粋≫
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「汚れたシーツ」は、吐き出したクランベリーのせいで汚れたものと考えてみましょう。
飲み込めず吐き出してしまった周囲からの慰めを、洗い流して日常に戻ろうとしている様子と捉えることができます。
また「浮かれた祈り」とは、酔ったときにだけ素直に出せる本心とも受け取れそうです。
本当は他人の優しさや愛を素直に受け入れられるようになりたい、と願っているのではないでしょうか。
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微睡んでいたい きみみたいに この宇宙が 終わるまで
微睡んでいたい きみと一緒に この世界が 終わるまで
≪クランベリーとパンケーキ 歌詞より抜粋≫
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酔っ払っているときのように、何も難しく考えず心地よいまま「微睡んでいたい」。
そうしていれば命尽きるまで何にも悩まされずにいられるのに、という切実な願望がこの部分に込められているように感じます。
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こんな馬鹿な歌ですいません
嗚呼毎度ありがたし
≪クランベリーとパンケーキ 歌詞より抜粋≫
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自虐を込めつつも、「こんな馬鹿な歌」でも聴いてくれる人がいることへの感謝が綴られているのも、この楽曲の魅力でしょう。
酔わなくてはやっていられない現実のなかでも、リスナーを想いながら音楽を通して気持ちを発信している米津玄師というアーティストの心を垣間見るような歌詞ですね。
「クランベリーとパンケーキ」は自分自身と向き合うための歌
米津玄師の『クランベリーとパンケーキ』は、お酒を好む人もそうでない人も共感できる人の心の複雑さが表現された楽曲です。失敗しながらも自分にとっての拠り所を見つけて何とか日々を暮らす主人公の姿は、踏ん張って生きる現代人にとって、きっと憂鬱な時間を乗り切る小さな力になるでしょう。
お酒を飲みながら、または朝に微睡みながら聴いてみてはいかがでしょうか。
