遊助は、応援してくださる人たちがあって生まれた存在
──ベスト盤のタイトルにも「あの・・あっとゆー間だったんですけど。」と記したように、遊助さんにとってこの10年間は、あっと言う間に過ぎ去った日々だったのでしょうか?遊助:ここまでいろんなことをやってきたせいかあっと言う間という気持ちと、一個一個思い返すと「もう10年も経つんだ」という気持ちと、そこは半々です。
──シングル盤だって、この10年の間に26枚も発売。ここまでコンスタントにリリースし続けてきたことが、遊助さんが時代の中で泳ぎ続けてきたことの証明だなとも感じています。
遊助:そこに関しては、気がついたら…という感じかなぁ。
──10年という日々の中、自分の伝えたい想いや、表現してゆくスタイルにいろんな変化も現れています?
遊助: 基本的には変わってないです。自分の音楽制作へ向かうスタンスも、楽曲制作の仕方も変わってはいないけど、都度の作品ごとに出し方をちょいちょい変えてきた面はあるなとは思います。
──その時々の気持ちを作品に投影してきた形だ。
遊助:そうですね。自分の場合、音楽以外の活動もあるように、この想いはこのチャンネルで出したほうがいいと判断することもあれば、この葛藤はシングルの中に投影しようと思い、歌詞にぶつけたり。あと、前作がこうだったから、今回はこっちの方向性でなど、つねに点ではなく線としていろんな物事を考えては繋ぎ続けています。
──音楽/役者/バラエティなど、いろんな遊助(上地雄輔)さんの想いが一人の人間の中で絡み合っては、繋がり続けていますもんね。
遊助:そうなんです。いろんな感情の揺れが、いろんな形を通して出ているとは自分でも感じていますからね。
──改めてベスト盤『遊助BEST 2009-2019 〜あの・・あっとゆー間だったんですけど。〜』を聞いて感じたのが、つねに遊助さんは、大切にしたい人や大事にしてくれる人へ想いを届けてゆくという姿勢でした。
遊助:遊助は、応援してくださる人たちがあって生まれた存在。自分で歌のオーディションを受けにいって歌い手になったわけでもなく、歌に自信があったから始めたわけでもない。もちろん、デビューのチャンスをいただいたときには「やってやるぞ!!」という気持ちはありましたけど。その舞台に上げてくれたのは、上地雄輔のことを応援してくれるファンたちや、身近な仲間やスタッフたち。
もともとデビュー曲の『ひまわり』自体が、いろんな人たちへの感謝の想いを届けようということで作った歌。これを形にして発売しようなんて、当時は1mmも思っていなかったこと。でも、いろんな人たちからの「作品にして欲しい」という声の後押しがあって遊助としてのデビューに繋がれば、気づいたら、こうやって10年も月日が経っていた。僕自身は、まさにそういう感覚なんですよ。
むしろ、気がついたらステージに立って歌っている自分でいたからこそ、そのぶん「誰よりも汗をかいて想いを伝えなきゃ」という気持ちでずっと走り続けているような。今の遊助を作ってくださったのは、間違いなく上地雄輔を応援してくださる人たちだからこそ、その想いへ全力で応えなきゃという想いのもと、今へ至っています。
聞いた人たちが身近に感じる物語を書いている歌が多い
──遊助さん、身近な人たちへの感謝の想いもけっこう歌にしていません?遊助:身近な人たちへ向けてではなく、聞いた人たちが身近に感じる物語を書いている歌が多いということなんですよ。見えない先のことを書くよりも、痒いんだけど手が届きそうで届かない、そんな想いを歌詞に落とし込むというか。「曲を書きたいな」と思うと、そういう気持ちに引っ張られてしまう自分がいる。そこも、この10年間変わっていないスタイルです。
──そうだったんですね。
遊助:遊助の歌は、「聞く人ありき」のもの。自分の言いたいことを歌にするよりも、聞いた人たちが自分に置き換えて気持ちを動かしてくれる。そういう曲たちを僕は書きたいんです。『ひまわり』は、上地雄輔が応援してくれる人たちへの感謝の気持ちを届けたくて生まれていますけど。それ以降は、聞いた人の物語に、その人の日常になる歌を作り続けてきたし、その想いは、今も変わらずに持ち続けていることなんです。
──自分のプライベートな感情が歌詞に出てしまうことは、どうなんですか?
遊助:あまりないです。むしろ、そうならないように気をつけています。というのも、僕自身が音楽のみならず、役者やバラエティの世界でも活動をしていれば、むしろ、音楽以外の印象で遊助を捉える人たちが多いと思います。
──いわゆる、上地雄輔としての印象ですよね。
遊助:そうです。恋愛の歌一つを取っても、上地雄輔はこんな恋愛をしてたんだと直接自分と結びつけて聞かれてしまうことも多いからこそ、極力そことの距離を遠ざけると言いますか。その歌を聞いたときに、「あっ、この気持ち、俺が大好きなA子ちゃんに向けているのと一緒だ」とか、女の子だったら、「この歌に出てくる子、それってわたしじゃない?」と思えるくらい、聞いた人たちの気持ちや日常に当てはまる歌に僕はしていきたい。
だからこそ、自分の生活に結びつくことは歌詞に落とし込まないようにしています。
そうは言っても、自分で歌詞を書いているように何処かしら上地雄輔と繋がっている部分はあるんですけど。極力、近づけないようにとは心がけています。
「どういう第二章を迎えるのかが大事だな」ということ
──でも、自分のことを赤裸々に歌った『History』シリーズも出していますよね。遊助:『History』シリーズは、まさに自分自身の物語を書いています。普通、アーティストさんって自分のことを物語として書くことが多いのに、自分だけそれを書かないのはなんか損だなと思ったことがきっかけなんですけど。
先の話にも重なることですが、その内容が出会いや別れであれ、恋愛のエピソードであれ、そもそも上地雄輔という印象が強いあまり、どの曲を歌っても「これ上地雄輔のことでしょ」と結びつけられてしまうのに抵抗があったし、そうなったら自分の歌い手としての人生は短命に終わるなと感じたことから、いろんな人たちの人生の物語に重なる曲たちを書くようになったんですけど。
やっぱし、そのスタイルで曲制作をしていると20曲に1曲は…10曲に1曲かな?…その頻度はどうであれ、たまに自分の体験も書きたくなるんですよね。そこで生まれたのが『History』シリーズでした。
──このシリーズ、どれも超リアルですからね。
遊助:自分の物語を書くというのは、自分がやってきたことを書けば良いわけだからめちゃくちゃ簡単で、書く速度も早いです。しかも『History』シリーズを書くときって、それまでに溜まっていたものを全部一気に吐き出すようなものだから、書き終えたときはとてもすっきりした気分にもなれますからね。
──今回、『History』曲ばかりを集めた『History』盤も制作しています(初回生産限定盤Bへ収録)。そちらには、新曲として『History Ⅶ』を入れました。ここには、10周年を迎えたからこそ出てきた想いを記しましたよね。
遊助:10周年という振り返るきっかけを得たことで出てきた想いですからね。今回、10周年を祝ってもらえることから、こうやって10年間を振り返る取材の機会も、以前に発売した曲たちを聞く機会も増えました。そのうえで感じたのが、「どういう第二章を迎えるかが大事」ということ。
そこへ向けての想いも『History Ⅶ』には書いています。10年という数字を通していろいろ聞かれることが増えたことによって、次へのステップをどう踏み出してゆくか。その期待も、自分の中で高まっていますからね。