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LAMP IN TERREN が歌う、愛の傍らで得た幸せな孤独。

今、あなたの手の中にある「愛」はどんな形をしているだろうか。裏表がなく、順風満帆か。それとも全ては裏表一体で波乱万丈も全て豊かさだと、穏やかに胸を痛められるか。愛に正解はないが、一人のボーカリストの孤独が生んだ愛は限りなく正しく強い。

Water Lilyには表と裏の顔がある。


睡蓮の花の美しさをご存知だろうか。古代エジプトでは「太陽のシンボル」として扱われていた。それは睡蓮が日の出と共に咲き、日没と共に身を閉じる凛とした美しさそのものがあるからだ。

そして、その美しさの裏に隠された呼び名があるのが、「ナイルの花嫁」だ。

ギリシャ神話では、英雄ヘラクレスに捨てたられた妖精が惨めさのあまりナイル川に身を投げてしまう。そして川の睡蓮に変身し、睡蓮を折ろうとする者を水中へ引きずり込んだという話があるのだ。この話から「滅亡」という隠れ花言葉を持つ。

清純な心、信頼、純情…清らかで暗さなど微塵も感じさせない花言葉を持つ睡蓮。この睡蓮から連想されるのは、美しい愛だ。太陽を愛するゆえに、太陽と共にある姿。その裏側では確実に滅亡が寄り添う。

この滅亡という言葉は、ギリシャ神話から考えると惨めさから生まれ名付けられたと思うのだ。悲しみと孤独は人を闇へと引き込むものだから。

この睡蓮と同じ名前を持つ歌がある。LAMP IN TERRENの『Water Lily』だ。この歌には、深い孤独が歌われる。

でも、どうしてだろう。孤独を知ったからこそ愛は強く美しくなるのだ。そう最後に思わざるを得ないLAMP IN TERRENの『Water Lily』が持つ、幸せな孤独を考えたい。

Vo.Gt松本が活動休止中に感じた孤独

Water Lily


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孤独は君がくれたものだよ
冷めた手からそう聴こえた気がした
その熱に触れているのに
なぜか嬉しくて笑ってしまう
≪Water Lily 歌詞より抜粋≫
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この『Water Lily』を語る前にまず、この歌が生まれるきっかけになったであろう出来事に触れておきたい。

LAMP IN TERRENは男性4人組のロックバンド。2015年にメジャーデビューを果たして順調に駆け抜けてきたが、2018年4月21日に行われたワンマン公演をもって一時的に活動を休止。

理由は、Vo.Gtである松本大が声帯ポリープの切除手術を受けるためだ。

彼の復帰とバンドの活動開始はその約4ヶ月後の8月19日。日比谷野外音楽堂でのワンマンライブだったわけだが、そのワンマンライブ「ARCH」の会場限定シングルとして『Water Lily』がリリースされたのだ。

この出来事を踏まえて聴く『Water lily』は、恐ろしいほどに孤独に満ちて素晴らしく愛に溢れた曲となる。

その中で見つけた欲求と熱


「孤独は君がくれたものだよ」誰かの言葉から歌は始まる。この誰かとは、声帯ポリープによって歌う事を奪われ喪失感の渦の中にいた松本の心の声だ。この一言が何故、聴こえたのか。それは続く「冷めた手からそう聴こえた気がした」から読み取れる。

「冷めた手」は、術前術後に感じていた”歌えない””もしかしたら歌えなくなるかもしれない”という心の不安を表わしている。そんな状況の中で、行き着く思考は”このまま忘れ去られてしまうのか”という事だ。

しかし「忘れ去られてしまう」という思考は、いつも誰かが居てくれたからこそ湧き出るものだ。初めから誰も自分を必要としていないと思っていたならば、こんな不安に駆られることはない。

だから「その熱に触れているのに、何故か嬉しくて笑ってしまう」のだ。「その熱」というのは”歌いたい!”という、彼の激しい欲求だ。喪失感は、諦めを超えて「何も無い」という感情を生み出す。

実際、松本自身がインタビューで活動休止期間の心境を“歌えないと何にもやる事がない人生なんだなという事を実感した”と語っている。その「無」の状態で感じた「熱」は「ちゃんと自分には“歌いたい”という気持ちがあるから大丈夫だ」と、自身を奮い立たせる原動力。

そして、自分には絶対に歌が必要であり、回復を待っていてくれているメンバー、そしてファンがいる事を実感し嬉しく思う気持ちを表現している。

孤独を超えた先に咲く睡蓮は太陽のシンボルだ。


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寂しさはきっと愛しいもの
繰り返しながら埋めていくよ
滲むその目に映った僕を
君の中に見付けたんだ

その心の全てを見ても
僕らがひとつになることはない
そでも今 傍にいたいよ
いつか離れる日など遠ざけて
≪Water Lily 歌詞より抜粋≫
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孤独というのは、悲しく寂しい。しかし、孤独は今までずっと誰かが傍に居てくれたからこその感情。それはとても愛おしく幸福な事だ。「今は」傍に居ない誰かを、以前にも増して必要だと感じ大切に想えるのだから。

そしてその力は、誰かや自分に対する疑心や不安、喪失感を振り払う清純な心を生みだす。

松本が孤独の中で自分を勇気付けるために想像するのは、まさに全てのネガティブな思考を振り払った先にある復帰ワンマンそのステージだ。そして、そのステージから見えるファンの期待と喜びで作られた景色だ。その景色を作る一人一人の目に映る自分を見つけた感動は計り知れない。

その景色を想える強さ、それは幸福感の中にいる時に想うそれとは違う。幸福感しか知らなければ、その幸福はずっと続く事が前提となる。しかしその幸福がある日、無くなると知ってしまった後に想う幸福は「いつまでも続かない」事が前提になるのだ。

歌えない間の自分から離れていく人、ずっと信じて待っていてくれる人。様々な人がいるだろう。それを受け入れる強さを孤独の中から見つけ出したのだ。だから「僕らはひとつになることはない」「それでも今、傍にいたいよ」「いつか離れる日など遠ざけて」と歌は進んでいく。

幸福は永遠では無いし、永遠など何にも存在しないのだ。それは、無くして初めて心から実感するしかない。そう実感した後、心に根付くのは無くす事を恐れずに無くすならば願望を実現しようとする勇気だ。

まるで、この松本の経験と心情は『Water Lily』、睡蓮のようだ。そして無事に復帰を果たしバンドが再び歩み出した今、彼らの心に咲いている睡蓮は「太陽のシンボル」であるはずだ。

TEXT 後藤 かなこ

2006年、長崎県で中学校2年生の中原と大屋が結成したバンドに同級生の松本が誘われる形で参加。その後、進学の都合で大屋と当時のドラムが脱退。2011年、地元の友人だった川口が加入して3ピース編成となる。 2012年、バンド名を「LAMP IN TERREN」に。ラテン語の「terra(星、大地)」を捩った造···

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