謎に満ちたヨルシカが歌う意味とは
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夜に浮かんでいた
海月のような月が爆ぜた
バス停の背を覗けば
あの夏の君が頭にいる
だけ
≪ただ君に晴れ 歌詞より抜粋≫
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思わずノスタルジックな思いを馳せてしまうこのフレーズは、ヨルシカがリリースした『負け犬にアンコールはいらない』に収録されている一曲『ただ君に晴れ』の冒頭の歌詞だ。
ヨルシカは、コンポーザーであるn-bunaとボーカルのsuisで構成される二人組ロックバンド。
ボーカロイドプロデューサーとしても活動しているn-bunaが歌詞を含めて、ヨルシカの楽曲制作を担っている。
また、ヨルシカは活動する中で顔出しをしないことで独自の世界観を確固たるものにしたといえるだろう。
suisの歌声と、n-bunaの作る歌詞と音という「音楽」として最低限の要素で構成されているからこそ、歌詞が持つありのままの意味を考え、純粋に楽しむことができることがヨルシカの大きな魅力の一つだろう。
顔を表に出さないことで、純粋に音楽の要素だけを発表するヨルシカ。
物語の語り手としてのヨルシカ、という在り方だからこそ、聴く者を没入させるストーリーを描くことができるのだろう。
今回は『ただ君に晴れ』の歌詞に触れ、ヨルシカがこの曲で描いた物語を紐解いていく。
大人になりきれないまま大人になってしまった人へ
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鳥居 乾いた雲 夏の匂いが頬を撫でる
大人になるまでほら、背伸びしたままで
遊び疲れたらバス停裏で空でも見よう
じきに夏が暮れても
きっときっと覚えてるから
≪ただ君に晴れ 歌詞より抜粋≫
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もう何も知らない子供のままではいられないけれど、何もかもを認めて飲み込めるような大人にはまだなれない。
子供と大人の狭間にいる「僕」は、いつか来る「君」との別れに思いを馳せる。夏が終わっても僕らの人生は続いていく。
僕らの道がもう一度交わることはないかもしれないけれど、忘れない夏の1ページが確かに存在したことを予感させる。
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追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く
口に出せないなら僕は一人だ
それでいいからもう諦めてる
だけ
≪ただ君に晴れ 歌詞より抜粋≫
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大人になる速度、というものはもしかすると人によって異なるのかもしれない。
それでも時間はどんな人にも平等に積み重なっていくものだ。
大人になったら、薄れていくと思っていた記憶は時間が経っても薄れてはくれなくて、むしろ時間が経てば経つほど、離れ難くなっていくこともあるだろう。
思い出は時間と共に美化されてしまうこともあるかもしれない。
そう分かっていても、『あの夏の君が頭にいる』と歌わずにはいられないこの曲は、子供から大人になっていく間のモラトリアムに囚われ続けている大人に向けたメッセージのように感じる。
思い出は重い荷物?それでも…
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夏日 乾いた雲 山桜桃梅 錆びた標識
記憶の中はいつも夏の匂いがする
写真なんて紙切れだ
思い出なんてただの塵だ
それがわからないから、口を噤んだまま
絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ
≪ただ君に晴れ 歌詞より抜粋≫
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思い出の中に刻まれているワンシーンが鮮やかに思い出せるけれど、現像した写真は時間と共に色褪せていく。
そんな情景を連想させる歌詞は、「僕」が「君」との思い出を手放せないまま大人になってしまった時間の厚みを感じさせる。
今を生きる「僕」は、輝かしい思い出を抱えたまま未来に向かって行かなくてはならない。
思い出がどんどん重たい荷物になっていくのを分かっていながら手放すことができない。
「僕」の不器用な感情に共感できる人も多いだろう。
誰もが、経年変化していく思い出の風化の速度についていけるわけではない。
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俯いたまま大人になった
君が思うまま手を叩け
陽の落ちる坂道を上って
僕らの影は
追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く
口に出せなくても僕ら一つだ
それでいいだろ、もう
君の想い出を噛み締めてるだけ
≪ただ君に晴れ 歌詞より抜粋≫
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思い出、というものは持っている本人でないとその大切さ、かけがえなさを理解することができない。
どんどん重たくなっていく思い出を、これからも背負い続けることを覚悟したような言葉で締め括られる『ただ君に晴れ』からは、どこまでも不器用で実直な「僕」が、諦めずに「君」を大切にし続けていく、という純なラブストーリーが思い浮かぶ。
大人になったら、悲しい思い出も薄れていくなんて、そんなふうに器用に生きられる人はもしかしたら一握りなのかもしれない。
大人になっても、大人になりきる必要はない。
ちょっと無理をしてでも、思い出を大切に噛み締めていくことを選んだ「僕」の思いに共感できる人が多いからこそ、ヨルシカの音楽は純粋なメッセージとして多くの人の耳に届くのだろう。
TEXT DĀ