「STARTLINE」は自分の軸とマッチした曲
──3月3日にリリースされる5枚目のアルバム「l(エル)」ですが、タイトルの「l(エル)」は、スタートラインをビジュアルで表現している、という意味もあるそうですね。
大原櫻子:スタートラインの白線を表現していて。だからあえて小文字にしたんです。あとはこういうご時世で、1曲目の「STARTLINE」の歌詞の内容もそうなんですけれど、1人の人が凛と立って前を見つめている姿が重なった、ということもありました。
さらに今、私自身が日常で感じたり、大事にしていることは何だろうな?と思った時に、それこそlife(人生や生活)だったり。そしてlive(ライブ)ができなくなってしまったからliveもあって、それからlove(愛)も大切なものですから。いろいろな単語を考えてみると、頭文字がl(エル)だな、と思ったんです。
──今、話題になった1曲目の「STARTLINE」はBOAT RACE 2021 TVCMのイメージソングで、はじまりにふさわしい力強い曲です。歌うにあたって、特に今回意識されたのはどんなことですか?
大原櫻子:この曲はいしわたり淳治さんが歌詞を書いてくださったのですが、初めて見た時に「この曲は私自身がすごく背中を押される曲だし、今、世の中に発信したら、いろいろな人たちに刺さる歌詞じゃないかな」と感じました。
いろいろな出来事がある世の中だから、どうしてもネガティブな空気感になるけれど、「STARTLINE」を聴くと頑張って前に歩くというより、気持ちを改められる感じがとてもあって。ただの応援歌ではなくて、スカっとするような歌詞ですし、すごくいいな、と思いました。
──<まだ私にしか 見えない未来を 今は誰かが 笑っても 譲れない>というフレーズは、ブレない意思を感じさせます。
大原櫻子:歌詞の内容も本当に力強くて、頼もしい主人公だなと思いましたし、私自身にもつながるというか、すごく似ているな、と。とても共感できて、歌いやすい歌詞でした。
──主人公の性格を細かく意識するところが、大原さんならではですね。
大原櫻子:人に書いていただいている作品だと、いろいろなテンションがありますし、一人称が「僕」だったり「私」だったりによって変わってくるので、いつも主人公を自分の中で想像して歌っています。
──役者としての活動も多い分、主人公のディティールをすごく掘り下げて考えている感じがします。
大原櫻子:それはすごく考えますね。そしてどの曲を歌っていても、まったく違った雰囲気であっても、「どれもサクちゃん自身がちゃんと歌ってるんだ」と思ってもらえるようにしています。
──そういえば1月末のInstagramで「お芝居が終わり、歌活動モードに入ったんだけれど、わたし誰?って感覚になってる」と書かれていました。歌活動と演技活動は近いようでいて、やはりモードが違うんですね。
大原櫻子:「あれ? 私は何の仕事をしているんだっけ?」とたまに思う時があるんです。この間まで52公演舞台(「両国花錦闘士」)をやっていて、別の人間をずっと生きていたので、「大原櫻子って、歌うよね?」みたいな(笑)。すごく客観的に自分のこと見てしまって、不思議な感覚でした。
普段は自然に身を任せていれば大丈夫になるんですけれど、この間はちょっと自分の家で「あれ?」とびっくりしました。「人の前で歌っている感覚は、どういうものだったかな?」と考えてしまって。今は大丈夫なんですけれど、その時は変えたくても、なかなかギアチェンジできなかったんです。
──なるほど。他人の人生を52回も生きているというのは、想像以上に体と心に影響するんですね。
大原櫻子:はい。24時間ずっとそのことを考えているので。
──そして1曲目の「STARTLINE」は胸を熱くする爽快なナンバーで、冒頭からリスナーをアルバムの世界に引き込んでいってくれます。
大原櫻子:「私らしさ」というのはまだ分からないですけれど、でもすごく自分の軸とマッチしている曲なので。最初にそういう曲があると、お客さんをアルバムの世界観に導きやすいのかな、と思います。
同い年の才能あふれる人と作る幸せ
──今の「自分の軸とマッチしている」というお話を聞いて、10曲目に収録されている「透ケルトン」もそうかな、と感じました。歌詞に<透けて透け透けて 取り込んでいく全て ああなんて透明なんでしょう 私だけの色に染まれ>とあり、大原さんのイメージそのままだな、と。この曲は4人組バンド緑黄色社会の長屋晴子さんが作詞作曲をされたそうで。
大原櫻子:長屋晴子ちゃんは同い歳なんです。
──そうだったんですね!
大原櫻子:すごい才能の持ち主なんですよ。アルバムの候補曲はいくつかあったのですが、「透ケルトン」を聴いた瞬間に「絶対に入れたい!」と感じて。この主人公はしっかりとした人物で、ちょっとだけ気が強い感じですけれど、確かに「STARTLINE」に近い人格だな、と勝手に思いました。
そして何より晴子ちゃんの選ぶ言葉のセンスがとても好き。冒頭の<サイズ違いの服じゃまだ お下がりの道しるべじゃまだ 行けないの 遠くへなんて>などもすごく好きですし。サビが<透けて透けて透けて>というのも、ああ、新しいな、と思って。彼女の才能にほれこみました。晴子ちゃんには、直接お会いしたんですよ。
──長屋さんと直接お話してみて、いかがでしたか?
大原櫻子:こうやって才能あふれる同い年の方と一緒に作品を作れるのは本当に幸せだし、すごく刺激的です。やはり世代が一緒だと、感じることが似ていたりもするので。だから私もこんなに「透ケルトン」を愛せたし。長屋晴子ちゃんとの出会いが大きかったですね。
──ちなみに何か共通点はありましたか?
大原櫻子:すごくありました。友人関係とか。「どういう考え方をしている友だちが多いか?」といった話をした時にも、とても似ていたし。自分の考え方とか、何が恐いとか、何を不安に感じているか、というのも似ていましたね。
──ちなみに友だちはどんな人が多いのでしょう?
大原櫻子:自分を引っ張っていってくれる人が、周りに多いです。
──あれ? ご自身が引っ張っていくタイプかと思っていました。
大原櫻子:いえいえ、そうじゃないんです。仕事でテキパキやっているので、友人にはでろーんとしたくなっちゃうんだと思います(笑)。似てるのかなぁと勝手に感じてます。
──逆に安心します。友だちには素の自分が出せている、ということですよね。
大原櫻子:はい。友だちの前だと、へにゃへにゃです(笑)。
──役者として他の人の人生を引き受ける一方で、歌手として自分の人生を軸に表現する。側面が違うことをご自身の中でちゃんと混在させることができているのは、まさにこの主人公そのものだなあ、と。
大原櫻子:どの歌もそうですけれど、自分の中にあるどの引き出しを開けるか、なので。でもこの曲は本当に私のことを思って書いてくれたのかな、と思いました。
──「透ケルトン」の1曲前に収録されている、青春のキラキラを閉じ込めたようなナンバー「だってこのままじゃ」の作詞も長屋さんですね。
大原櫻子:「透ケルトン」の後に、「だってこのままじゃ」をもらったんですけれど、「もし次にやるならこういう曲をやりたい」と、いろいろなオーダーをしちゃったんです。その中で「歌が好きだから、『歌が好きだ!』みたいな、『ライブが楽しい』と思える曲を歌いたい」と言って。
──「だってこのままじゃ」は、大原さんのリクエストで完成した、と。この主人公は思いを打ち明けようかどうか悩みながら一歩踏み出そうとする、かわいい感じの男の子です。
大原櫻子:かわいいですよね。晴ちゃんのキュートな部分がすごく出ていて。「透ケルトン」はすごくスタイリッシュでかっこよかったけれど、またちょっと違う側面を見れた感じがします。
──作曲は緑黄色社会の小林壱誓(ギター)さんなんですね。
大原櫻子:そうです。壱誓さんにはまだお会いしたことがなくて。いつかメンバーの皆さんとお会いしたいです。
──この主人公はどんなイメージで歌いましたか?
大原櫻子:どうしてもグイグイいけないような子だったので、それを意識して。でも客観的にこの人物を見たときにすごくかわいい男の子だから、かわいさというのも大事に歌いたいと思っていました。
──MVのコメントで、「ギターを持ってロックを歌っている大原さんが好き」と書いてあって、ファンの方にとっても待望だったんだなと感じました。
大原櫻子:しかもエレキというのも新鮮だったんじゃないか、と思います。女子バンドを率いてやっているのも初めてでしたし。ビジュアルも女性の強さ、みたいな感じでやっています。
生きているだけでいい、と伝えたい
──そして7曲目、温かい気持ちがにじみ出ている優しいナンバー「チューリップ」は大原さんの初単独作詞作曲曲で、アルバムの核になっています。この曲はどういった背景で制作されたのでしょうか?
大原櫻子:去年この曲を作ろう、と思わせてくれた身近な友人がいて。その友だちに「生きてるだけでいいんだよ」ということを伝えたくなって書いた曲です。そしてこういうご時世になって、働き過ぎる日本人に向けても届けたいメッセージだし。
チューリップの花言葉は「愛と誠実さ」だったんですけれど、それもこの曲自体にすごくフィットするし、その友人の生まれた月の花がチューリップだったんです。
──そこもつながっているんですね。
大原櫻子:疲れた人に向けて「ちょっと立ち止まって、1回深呼吸しよう」みたいな。去年のご時世、焦りといったようなものを、皆さん感じていたんじゃないかな、と。それを一瞬でいやせる曲を作りたい、と思いました。
──<気にしてなかった 伸びた爪>とか、フレーズがリアルですごくいいなあ、と思いました。
大原櫻子:私は自粛期間で「こんなに働いていたんだ」ということを実感したんですよ。それを気づけたからこそ「こういう時間は大事だな」と分かったんです。
──去年は立ち止まらなければ、気がつかなかったことがいっぱいありましたよね。
大原櫻子:いっぱいあると思います。そういう意味では、ポジティブなことも去年はあったんじゃないか、と。
──気づくことができて一番良かったことは何でしょう?
大原櫻子:先ほどお話したように、去年の年末から今年の1月まで舞台をやらせていただいたんです。今まではお客さんが、「サクちゃん!」とか「よーっ!」とか、「よかったよ、ありがとう!」と言えたのが、今は声を発することができないじゃないですか。それでこれまで以上に拍手をくださったんですよね。その時に、この拍手はどれだけありがたいものなのか、ということがすごく分かって。
今は配信等が多いから、お客さんの目の前でパフォーマンスができる喜びというのを、改めて感じました。
──自粛期間はいったん立ち止まって不安だったところもあったと思うのですが、そういう時は、自分の気持ちをどうやって変化させていきましたか?
大原櫻子:どうにもならないから、とにかく自分のやるべきことをやっていれば、新たな波は来るな、と実感しました。とにかく自分のやるべきことを見つけて、できることをやっていく。それは何でもいいと思うんですよ。「本を読む」や「部屋をすごくきれいにする」とか。そういう身の回りのことをやっていったら、自然と波が来ましたね。それで焦りというのがなくなりました。自分にできることは、こんなにたくさんあるんだな、と。
できることというのは、人にじゃなくて、自分を磨いていくこと。それだけですごく忙しいじゃない?と思うんです。
──そうですよね。
大原櫻子:私は4月に本を1日1冊くらいのペースで読んでいました。そうしたら5月くらいから、「家で収録してテレビで放送させてください」みたいなお仕事をいただいたり、あと舞台が今年も続く予定だったので、他に何も入れてなかったんです。でも、それこそこのアルバムのレコーディングだったり、別のまだ発表されてないお仕事などもあり、すごく充実していました。
──自分を磨く期間だとスパッと割り切って、貪欲に吸収する。そうすると自然とまわっていくんですね。
大原櫻子:それで「暇だなあ」と感じてしまうと、逆にネガティブになるな、と思って。もしかすると、自分自身を奮い立たせてたところはあったかもしれないけれど、自然とやるべきことは、たくさんあるんだな、と気づきました。
──「チューリップ」に関連して伺いたいのですが、大原さんは花に対してどんな思いを持っていますか?
大原櫻子:「花ってすごいな」と思うのが、すごく生命力があるじゃないですか。疲れて家に帰った時、嫌なことがあった時に、花を見てるだけで元気をもらえることがあって。花は、ただ咲いてるんですよ。ただ咲いていて、ただ生きてるだけで、こんなにも人は元気になる。
生きているといろいろなことがあって、考えなきゃいけないこともあるけれど、ただ生きているだけで私は幸せだよ、というメッセージが「チューリップ」という曲には入っています。こういうご時世になって落ち込んでいる人はたくさんいると思うんですけれど、この曲を通して「何もしなくていいんだよ」というのを伝えたいですね。
──「チューリップ」が完成した時はいかがでしたか?
大原櫻子:正直まだ不安です。やはりファンの方がどういうふうに受け取るのかすごく気になりますし。ここまで自分だけで考えて自分の言葉を発信したのが初めてなので、どういう感想を持たれるのかは楽しみであり、不安ですね。